第11話 乙女ゲーマーの血が騒いだ結果

 響くライナス様の悲鳴。珍しく動揺して私を羽交い絞めにしようとするクラリス。ライナス様の悲鳴を聞いて集まる使用人達。


 ラステラ邸は喧騒けんそうの渦に叩き込まれた。いえ、他人事っぽい表現ね。


 ライナス邸は私によって喧騒の渦に叩き込まれた――。


 ――そして今。クラリスからの報告を受けたお父様によって、私は謹慎を命じられている。


「……あの、クラリス?」

「なんでしょうか、レイナお嬢様」

「もしかしなくても私って明日以降も謹慎なのかしら?」


 西部諸侯会議は一週間にわたって開催される。最悪の場合一週間この部屋に缶詰めだ。


「判断されるのは旦那様です。おこされた暴挙の内容も考えれば、その可能性はあるかと」

「ですよねー。あはは……」


 もう乾いた笑いしか出ない。考えるより先に身体が動くとはこのことね。

 私の体に流れる乙女ゲーマーの血が騒いでしまったの……?


 いずれにせよ、軽率な行動によりもたらされたのは謹慎とデッドエンドへの第一歩だ。

 なんとかこの部屋を抜け出し、ライナスとの関係を改善する必要があるでしょう。私の安寧の悪役令嬢生活、そしてスローライフを目指すために!



 ☆☆☆☆☆



「おはようございますお父様!」

「おはようレイナ。少しは頭を冷やしたかい?」

「はい、それはもちろんでございますわお父様。それで今日はライナス様に謝罪に行こうかと……」

「それは難しいだろうね。ライナス殿は随分と怯えていたようだし……。それにレイナ、初対面の人間に掴みかかったという君の謹慎を解くつもりはないよ?」


 ですわよねー。これから一週間、この部屋で死刑宣告を待つ身のように過ごさねばならないのね……。


「それじゃあ僕は会議に行くからね。クラリス、後はよろしく頼んだよ」

「かしこまりました、旦那様」


 行ってしまわれた……。

 でもお父様も、昨日の私の暴挙の弁明で方々動き回られているのだろう。


 大事な会議の初日から、レンドーン家に大きなダメージを与えてしまった。冷静になった今、あらためてとんでもない事をしでかしたと思う。


「さあ、お嬢様はお勉強をしましょう」



 ☆☆☆☆☆



 開始から三日目の夕方。レオナルド叔父様が訪ねてこられた。


「やあレイナ。元気にしているかい? いや、元気は余っているだろうね」

「はい、叔父様。このたびの私の暴挙、猛省しております」

「いやいや、君を責めるために来たんじゃないんだよ。若いころは喧嘩の一つや二つするもんさ。兄上だってそうだった」

「お父様が?」


 意外ね。温厚という言葉が服を着て歩いているようなお父様が喧嘩をなんて。


「ああ、君と同じくらいの時にね。同じように貴族の子弟と喧嘩して、あわや大問題さ」

「それで、どうなったのですか?」

「雨降って地固まるというやつかな? 今では盟友の一人だよ」


 相容れない相手、対立する二人、闘いの中で目覚める友情……なんて少年漫画的な!


 良い話だけど、私の場合には当てはまりそうにないわね。そういった私の考えを察してか、叔父様は話を続けられる。


「僕が言いたいのはね、失敗を挽回することが重要だと思うんだ。それは人間関係でもね。最初は相容れないと思った相手程に後々仲良くなるものだよ」


 ――そうだわ!

 叔父様が言いたいのは少年漫画の論理じゃない。少女漫画の論理だ!


 嫌い嫌いも好きのうち。むしろ私が俺様系キャラになることでライナス様を攻略しなさいと、そうおっしゃりたいのですね叔父様!


「叔父様、大変参考になりました! ありがとうございます!」

「あはは、可愛い姪御めいごの力になれて嬉しいよ。それじゃあ頑張るんだよ」


 今日を入れて残り五日。五日で私の評価を挽回するんだ!



 ☆☆☆☆☆



「はぁー……」


 三日目の晩餐会の時間。私はお部屋で寂しく食事。

 挽回するって言ってもどうしましょう。私はこの部屋から出られないんだけれど……。


 ――そうだわ!

 

 私の明晰な頭脳がピカーンと閃いた。


「クラリス、お手紙を届けてくれない?」


 そうよ、頼れる私のクラリスにお手紙を届けてもらえばいいじゃない! 謝罪をして敵意が無い事を示すの。これは名案だわ。


「お断りしますお嬢様」

「どうしてよクラリス。私のお願いを聞いてはくれないの?」

「おそらくライナス様宛てと思われますが。きっと受け取ってくれはしないでしょう」


 それもそうね……。お手紙作戦失敗。

 そう落ち込んでいたところ、コンコンとノックの音が聞こえた。


「こんな時間に誰か御用かしら? クラリス、出てちょうだい」


 かしこまりました、と部屋の入口に赴いたクラリスの後ろ姿は、わずかだけれど動揺が見える。あのクラリスが動揺する相手。一体誰かしら?


「お嬢様。お客様がお目通りをとのことです。お部屋にお通ししても構わないでしょうか?」

「構いませんわ。それより来客というのは一体誰な――」

「こ、こんばんはレイナ様。ライナス・ラステラです」


 ――ライナス様!?


 自分から出向いてこられるなんて完全に予想外だわ。まさか直接文句を? いえ、そういう雰囲気ではなさそうね。


「こんばんはライナス様。まずは私、あなたに謝らなければなりませんね」

「いえ、それはいいのです。レイナ様のご真意、気づかせていただきました」

「はい?」

「レイナ様はボクが貴族として気弱すぎるのを直すべきと仰りたかったのですよね?」

「はいい?」

「お願いしますレイナ様! 僕を立派な貴族の性格にしてほしいのです!」

「はいいいぃ!?」

「レイナ様はディラン殿下やルーク・トラウト様とお親しいと聞きます。そしてレイナ様自らも数々の武勇伝をお持ちになるという。会議の間だけでいいのです、どうかこのライナスに貴族としての心構えを伝授していただきたいのです」


 あの暴挙を都合よく解釈してくれたのはいいけど、いったいライナス様に何があったというの? というか武勇伝って何?


 ゲームならここで選択肢が出る場面ね。

 ライナス様の頼みを……『受ける』『受けない』、この場合この二つだわ。


 これ以上いらんことをするなと、クラリスが目で訴えてきている。

 だけど、このマイナスの状況からプラスに挽回するためには選べる選択肢は一つ!


「わかりましたわライナス様、このレイナ・レンドーンにお任せください。ライナス様をきっと力強い貴族の男に変えて見せますわ」

「……はい! よろしくお願いしますレイナ様!」


 こうして、私のライナス様指導は幕を開けた。

 私の隣で頭を抱えているクラリスのフォローは後でしておこう……。



 ☆☆☆☆☆



「いったいどういうを使ったんだい?」


 翌朝、つまり会議が始まって四日目の朝、私はお父様に尋ねられた。この場合のは例えね。


「私の何かがライナス様の琴線に触れたとしか……。でもこれで謹慎は免除ですわね?」

「ああ、そうだね。くれぐれも問題を起こさないように。いいね?」


 お父様は心配症だな~。この公爵令嬢たる私がそう何度も大騒ぎを起こす訳ないでしょうに。

 それにお父様は知らないけれど、本当の私の精神年齢は2X+10歳なのよ。そんなに心配しなくても大丈夫だわ。


 私は「ね!」とクラリスにアイコンタクトを送る。

 あっ、クラリスからは厳しめの視線が返された。



 ☆☆☆☆☆



「おはようございますライナス様。ではさっそく講義を始めたいと思います」

「はい。よろしくお願いしますレイナ様!」


 ウヒヒ、良いお返事ね。

 朝食を食べた私は、さっそくライナス様の部屋を訪れていた。時間は限られている。有効活用していきたいわ。


「まずは自分をと言うのはやめて、にしましょう」

、ですか……?」

「イメージの抜本的な改革です。まずは形から入りましょう」


 私の指導方針は「ゲームのライナス様のイメージに近づける」だ。

 今ライナス様自身が思い描いている強い貴族というのは、どうもマギキン作中のライナス様のイメージに近いみたいだわ。ならば未来を見据えて私に無害な形のライナス様づくりに活用したい。


「はい『オレがライナス・ラステラだ』」

「お、オレが……、ライナス・ラステラです。ああ、ラステラだ」


 うーん、どうにも道のりは遠いみたいですわね……。

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