第10話 お嬢様ご乱心

 とある日の昼下がり、私はディランと談笑しながらティータイムを楽しんでいた。


「今度は他人の屋敷の庭を吹き飛ばしたそうですね、レイナ」

「殿下はお耳が早いことで、オホホ」


 手痛い話をされ、自分でもわざとらしいと思うお嬢様笑いで返してしまう。

 あの件はお母様とクラリスにも随分と怒られたわ。


「あまりやんちゃが過ぎると、良い婚姻相手が見つからなくなるかもしれませんよ。まあその時は――」


 お母様にもそう言われたなあ……。でも前世なら耳の痛い結婚の話だけれど、今の私は弱冠じゃっかん十歳! ノーダメージ!


 それよりも目下の問題は、エイミーのキャラが変わっていた件だ。

 そんな裏設定があったならともかく、あんなにマニアックなキャラじゃなかったはずよ。


 ゲームでのエイミーの役回りはというと、レイナと一緒に主人公のアリシアをいじめる典型的な取り巻きキャラだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 だいたいのキャラのルートでレイナと一緒に罰を受けて破滅したり、そうでなければ個別ルートに入ってしばらくするとフェードアウトするようなサブキャラだった。


 ルークも本来ならばレイナに勝負を挑む展開はなかったはずだわ。

 となると、まだ見ぬ二人の攻略キャラや、もう一人の取り巻きリオなんかも設定が改変されている可能性がある。そして、私の目の前にいるディランも。


「――ますか? 聞いていますかレイナ?」

「あ、ごめんなさい。少し考え事をしていましたわ」

「そうでしたか。珍しく真面目な顔をしていましたしね」


 珍しくとはどういう意味か、この爽やか王子様を問い詰めたい。


「えーっと、どういったお話でしたかしら?」

「なんでもありません。このグッドウィン王国の将来にかかわる程度の話です」

「そんな重要な話をここで!?」


 知らない間に歴史の立会人になったのかしら。

 きっと私の焼いたスコーンの美味しさが何かを動かしたのね!


「……たぶん考えていることは違いますからね。ところでレイナはレンドーン公爵に付き添って西部諸侯会議せいぶしょこうかいぎに行くそうですね」

「せいぶしょこうかいぎ?」


 何だそれは。私の人生で初めて聞く単語ですわね。まさか、意味不明な単語を出して反応を窺う尋問か何かかな?


「おかしいですね、私はレンドーン公爵からそう伺ったのですが……。まあどうせさっきみたいに聞いていなかっただけでしょう。側付きの方に確認してみては?」

「そうね。クラリス、私ってその何とか会議に出るってお父様から言われていたかしら?」


 まるでそんな記憶の無い私は、すぐ後ろに控えるクラリスに疑問を投げかける。


「はいお嬢様。ちょうど一週間前の夕食の際、旦那様がお話しされていました。お嬢様も確かに承諾されていたはずですが……?」


 一週間前の夕食――。


『レイナ、今度の西部諸侯会議には一緒に来てもらうよ。公爵家の人間として、こういった場は大切だからね。会議というのは――』


 わーい、今日もデザートが美味しいな~。


『――なんだ。わかったかい、レイナ?』

『え!? は、はい?』

『会議の夕食は、主催した家の威信をかけた食事が出るからね。期待していいと思うよ?』

『お食事!? はい、わかりましたお父様!』


 う~ん。聞いたような、聞いていないような。


「クラリスがそう言うということは、確かに聞いていたのでしょうね。とりあえずお食事は楽しみですわ。ウヒヒ」


 別に食道楽に目覚めたわけではない。料理をたしなむ者として、本物の美食を味わって研究するのはマナーでしょう。間違いない。断言。


「まあ、今度はお庭を吹き飛ばすという事態にならないように気を付けてくださいね」


 そう言ってディランはにっこりとほほ笑む。

 殿下、フラグを立てるのはおやめください……。



 ☆☆☆☆☆


 西部諸侯会議。このグッドウィン王国に封ぜられる諸侯のうち、西部に采地を持つものが年に一度集まって行われる。議題は、水問題、食料の取引、軍事、疫病の対策等多岐にわたる。というのは、ここへ来る途中馬車の中でお父様から聞いた話だ。


「ここが開催地のラステラ伯爵領ね」


 西部地域に大きな影響力を持つ我がレンドーン家だが、決してすべての家がレンドーン派閥に属するものではなく、この地を預かるラステラ伯爵もその一人である。


 まあ貴族の派閥争いなんて、一先ひとまず私には関係ないわ。私の運命に大きく関係するだろう人物は、そのラステラ伯爵の息子よ。


 ライナス・ラステラ。マギキンの攻略対象キャラの一人である。


 いわゆる俺様系のキャラクターで、主人公のアリシアにもぐいぐい来る。

 そんなライナスだが、実は芸術を愛する繊細な心も持ち合わせている。最初はライナスの事をムカつくやつと思っていたアリシアも、そのギャップにだんだんと惹かれていくのだ。


 アリシアに対する独占欲の強いライナス。グッドエンドならアリシアをレイナの凶行から守って二人は幸せに添い遂げる。レイナは追放される。


 バッドエンドなら、アリシアを守れず消えない傷をつけてしまったライナスはトラウマで絵を描けなくなってしまう。レイナはなんだかんだで死ぬ。


 ルークやエイミーの経緯から考えて、避けていても接触する運命にあるのでしょう。ならばこちらから接触し、私が人畜無害じんちくむがいな女であることを示すまで!


「やあレイナ、久しぶりだね」

「レオナルド叔父様!」


 馬車から降りた私に声をかけてきたのは、叔父のレオナルド・レンドーン様だった。

 私がレイナとなった魔力測定の日など、たびたびレンドーン邸にいらっしゃるので面識がある。


 叔父様は今世のお父様――レスター・レンドーン公爵の弟で、普段はレンドーン領内の一部であるサイス領を治めている。


 ちなみにマギキンではレスターがレイナに連座れんざして失領した後、このレオナルドが減封されたうえでレンドーン公爵領を継ぐことになる。もっとも、それはエピローグの数行で語られるだけだけど。


「やあレオナルド。元気そうでなにより」

「ええ。兄上もレイナもおかわりなく」


 お父様と叔父上がにこやかに握手を交わす。わずか数行ほどの設定の叔父上だけれど、レンドーン家の人間の例には漏れずに温厚な性格のようだ。貴族的な身内のギスギスを抱えていなくて本当によかったわ。


「レイナ、僕たちは会議の方針を話し合うけどレイナはどうする? 疲れただろうから部屋で休むかい?」

「いいえお父様。今年の主催者であるラステラ伯のご嫡男ちゃくなんは私と同い年とのこと。ご挨拶申し上げようと思いますわ」

「それは良い案だねレイナ。クラリス、レイナを頼んだよ」


 頼まれたクラリスは静かに頭を下げる。

 お父様は笑顔ながらも、娘のお淑やかさを信用してはおられない御様子……。


 まあいいわ。楽しい夕食の前に懸案事項を解消しましょう。



 ☆☆☆☆☆



 ラステラ伯邸へと赴き、ご嫡男ライナス様へとご挨拶したい旨を告げると、しばし待つように応接室へと通された。


 出されたお茶が中々に美味しい。良い茶葉を使っているのでしょうね。

 マギキンプレイ中私がライナスというキャラクターに感じたのは、その強引な性格に隠れた確かな教養だった。教養があり、自分に自信があるからこそ相手に強引にせまれる。


 ラステラ邸の調度品はどれも質素だが造りは確かな物だ。ライナスという人物がどう育ったか分かるようね。


 それにしても、ライナスの幼少の頃というのはマギキン作中で描かれてはいなかった。せいぜい「幼少期の頃より自信家で、実は絵画などの芸術作品が好き」という一文くらいだったわ。果たしてどういった幼少期なのか……。


 コンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。どうやらライナスのお出ましのようだわ。


「どうぞ」


 私の返事を待って、扉が開かれる。


「あ……、あの……、初めましてレイナ様。ライナスです」


 ――誰よ!?


 私が待っていたのは自信家の俺様系ライナス・ラステラ様だ。

 しかし目の前に現れたのは、名前が一緒の年下らしい気弱そうな少年だ。間違えたのかしら?


「名乗る時はちゃんと名乗りなさいな。私はレイナ・レンドーン、レンドーン公爵の長女です。年は十歳」

「は、はいぃ! ボクはライナス・ラステラ。ラステラ家の嫡男で、年はレイナ様と同じく十歳です」


 Oh……。まさかの本人確定。

 なんで? 幼少期の頃より自信家じゃなかったの?


「ライナス様、何をそんなに怯えてらっしゃるの? 同じ年だし気楽に接してくれても構いませんよ?」

「その……、レイナ様のご勘気をこうむると魔法で吹き飛ばされると聞いたので……」


 そりゃ二個もクレーターを作れば噂は広まるわよね……。


「……それは単なる噂ですわライナス様。それにしても栄えあるグッドウィン王国の貴族の子弟とあろうものが少しオドオドし過ぎではありませんか?」

「……うぅ。父上にもよく言われます……」


 なるほど。この性格は私にビビっているわけではなくて、普段からそうなのか。

 ウヒヒ。美少年がおどおどしている姿というのは、なんかこう、ぐっとくるものがあるわね。


「年も一緒だし、あの……、仲良くしてくれると嬉しいのですが……」


 モジモジとしながらそうおっしゃるライナス様。良い子だ。これはこれで良いものだ……なのだけど、ゲームでのライナスというキャラを知っている私はどうしても違和感を覚えてしまう。


 マギキンのライナスなら『オレがお前と仲良くしてやる。お前に拒否権はない。理由? お前、顔が良いからな』くらいは言ってのける。


「……あの、どうですか……?」

「あ、ええ――」


 モジモジ、オドオド。そういった形容が似合うライナス様は本当に良い子だ。

 だけど、違う。違う、違う、ちがう、チガウ――、


「――じゃない」

「え?」

「違うじゃない! もっとこうグイグイこないと!」

「うわああああ! 助けて!」

「お嬢様!? おやめくださいレイナお嬢様!」


 気がついたら私は、思わずライナス様の服の襟をつかんで揺さぶっていた。

 暴走する私、叫び助けを求めるライナス様、止めるクラリス。


 ――ああ、やってしまった。

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