第9話 エイミーにとっての光
前書き
今回はエイミー視点です。
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「エイミー、いい加減そのくだらない物をいじるのはやめなさい」
キャニング子爵家次女の私――エイミー・キャニングはほとんど毎日、お父様やお母様からこう言われる。“くだらない物”なんて言うのはやめてほしい。
「こんなことなら、お前を王宮の式典になんて連れて行くのではなかった……」
お父様はため息交じりにそうつぶやく。
私が魔導機に出会ったのは二年前。お兄様、お姉様と一緒に、お父様に王宮の式典に連れて行ってもらった時だ。初めて魔導機を見た時、体中に電撃が走った気分だった。”これだ”と思った。
その日以来、私の心のほとんどは魔導機に注がれた。信じてもらえないかもしれないけれど、私もそれまでは貴族の令嬢らしい振舞いをしていたのだ。
大陸から資料を取り寄せ研究。出入りの商人に頼んでの部品の調達。あっという間に私の部屋は魔導機関連の物で埋め尽くされた。
「エイミー、あんたまた変な物買ったのね。おかしな子」
変な物じゃない。これは魔導機のコア、それなりの
☆☆☆☆☆
魔導機趣味は家族から理解されない。そう考えた私は、私にも優しい庭師の協力で使ってない納屋を秘密基地にすることにした。
納屋の秘密基地。ここだけが私の安息地だ。お父様にはすぐに気付かれたようだが、諦められたのかじきに何も言われなくなった。
「どうしてみんな理解してくれないのかしら……」
家族の中で唯一理解してくれた兄は、昨年から寄宿学校生活で家を離れて生活していた。私の味方をしてくれる使用人もごくわずかだ。
「そういえば来週は――」
そういえば来週はお姉様の誕生パーティーと言っていたのを思い出した。ドレスも何も準備していない。最低限貴族としての振舞いをしなければまた怒られてしまう……。私は準備をするために、屋敷へと急いで戻った。
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「あっ、お父様……」
「エイミーか、また隠れて何かしていたのか?」
屋敷に戻ると、お父様と鉢合わせした。
丁度良かった、明日のことを聞いておこう。
「お父様、来週のパーティーは――」
「来週のパーティーはでなくていいぞ。お前も出る気はないだろう?」
――え?
パーティーには出るつもりだった。別に私は貴族としての役割を放棄したいわけではないのだ。
ただみんなが芸術や乗馬といった趣味に興じるように、趣味として魔導機を楽しみたいだけなのだ。「出る気はないだろう?」の言外に「出るな」という言葉が隠れていて嫌だ……。
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パーティー当日。私は自室で簡単に昼食を済ませると、足早に納屋へと向かっていた。お呼ばれしていないパーティーにのこのこ出向くほど私は馬鹿ではない。せめて研究でもして有意義な時間を過ごしたい。
「――のお友達――!!」
「ひゃああぁぁああ!」
「ひゃああぁぁああ!」
突然聞こえてきた大声に、思わず私はしりもちをついてしまう。招待客かしら? こんな裏手に何の用が?
「あなた大丈夫? さあ、この手につかまって起き上がって」
そう言って、手を差し出してくれた少女の顔を見て私は驚いた。すごい美少女だったからだ。そしてその顔をよく見てまた驚いた。間違いない。この子はレイナ・レンドーンだ。
この気品ある顔立ち、特徴的な髪型。噂で聞いていた通りだ。姉が自慢していたからレイナ・レンドーン様がいらっしゃることは知っていた。
でもまさか――、こんな――!
「……もしかして、あなたはレイナ・レンドーン様ですか?」
「そうよ。私はレイナ・レンドーンです。よくご存じね」
やっぱりそうだった。こんな偶然あるだろうか。あの噂のレイナ・レンドーン様と出会えるなんて。
「は、はい。レイナ様には一度お会いしたかったのです。……申し遅れました、私はこのキャニング家の次女――」
「――この家の次女ですって!? 病気で寝込んでいるというあの?」
寝込んでいる? 寝込んでいるって何? そうか、私はいないものとして扱われているんだ……。もうすべてがどうでもよくなる。こういう時は魔導機だ。
先ほど私を助け起こす時、「ここで聞いたことは忘れてくださると助かるわ」とレイナ様はおっしゃった。正直聞いていなかったのだが、ここは利用させてもらおう。私はちょっとした嘘をついてレイナ様を脅し、納屋に連れだった。王国一と言われる魔力、見せてもらいたい。
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話を聞く限り、レイナ様は魔導機のことにあまりお詳しくないようだった。私は実験と説明を兼ねて、レイナ様に改造コアへと魔力を流し込んでもらうことにした。
「次は魔力測定の時のように、コアに魔力を込めてみてください」
「やってみるわね」
レイナ様が魔力を流し込み始めると同時に、コアは動作を始める。
――すごい。私みたいな半端な魔力では動かなかったコアが、動いている。
「そうです、そのまま。ああすごい!」
すごい、すごい! このコアを積んだ魔導機は、現行機と比べて理論上倍の火力と倍のスピードを得られるはずだ。だけど要求魔力が桁違い……。でもレイナ様なら動かせる。そして想像以上の出力だ!
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「でも、これって誰が発明したのかしら……」
私に想像以上の結果をもたらした実験が終わった後、レイナ様がそうポツリとつぶやかれた。魔導機に興味を持っていただけた。お教えしないと!
「魔導機は大陸の――」
魔導機の事ならすらすらと口から溢れ出る。歴史、現在の魔導機の扱い、これからの発展性、なんでもこいだ。
「――それである国のレポートによれば――あっ! す、すみません! 私喋り過ぎていますよね……」
私はレイナ様の表情がフリーズしているのを見て、ハッと気がついた。また喋り過ぎてしまった。これはひかれた。間違いない。またおかしな子だって思われる……。怯える私に帰ってきたのは意外な返事だった。
「好きなんでしょう? 魔導機のこと。それなら何言われようが好きでいいじゃない」
「正直魔導機のことなんて興味ない、むしろ邪魔とさえ思っているからさっきのあなたの話はよく分からなかったわ。でも、好きという気持ちは伝わってきた」
認めてくれた。しかもあの名高いレイナ・レンドーン様が! それだけで私の心に光が差した気がした。そして続く言葉はさらに信じられないものであった。
「ねえ、私の話聞いていたんでしょう? 私と友達になってよ」
話というのは先ほどの裏庭での叫びの事だろう。実際は何と言っていたかよくわからなかったが、レイナ様はレイナ様で強者の孤高を味わっていたのかもしれない。でも美人で素敵、才能の溢れるレイナ様と私じゃ釣り合わない。
「で、でもレイナ様、私なんかじゃつり合いが……」
「こら、自分を卑下するんじゃないの。あなたは素敵よ?」
そうニッコリとほほ笑む少女は、私にとって光そのものだった。
「レイナ様……! はい、私でよろしければお友達になってください!」
「ええ、もちろんよ!」
今日は私の人生最良の日だ。でも私のエイミーという名前を聞いて少し悩んでいらっしゃったのは、どうしてだろう?
「それにしても魔導機っていろんな部品でできているのねえ。これは何かしら?」
レイナ様の声に目を向けると、レイナ様がある魔導機のパーツを手に取られていた。あれは先日解体した魔導機の武器の出力部だ。リミッターがついていないから、もしレイナ様の魔力が反応したら危ない。
――ズドオン!
響き渡る轟音。舞い上がる黒煙。私が制止するよりも早く、レイナ様が手に取ったパーツは敏感に魔力を読み取り、私の家の裏庭を吹き飛ばしていた。
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「どうしたのだ! 一体何があったんだ!?」
「お、お父様……」
「エイミー、お前の仕業か! お前は本当にろくでもないやつだな!」
激しい音に屋敷中の人が集まってきた。
――終わった。
今の私はだれがどう見ても、公爵令嬢爆殺未遂事件の犯人だろう。お父様が私を叱るのも無理はない。
「も、申し訳あ――」
「申し訳ありませんキャニング子爵。これは私がやりました」
――え?
「レ、レイナ様?」
「私がお友達のエイミーの制止を聞かずに、うかつな行動をした結果です」
レイナ様は私をかばう様に前に出ると、側付きのメイドさんに修繕を手配させ、たちまちあの頑固なお父様を説き伏せてしまわれた。
「よし、解散! さあエイミー、帰りの馬車の支度ができるまでもう少しお話しましょう」
「――はいレイナ様!」
一生ついていくお人を見つけた。お会いしたのは今日なのに、私はそう確信していた。
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「いらっしゃいエイミー!」
「お招きいただきありがとうございます、レイナ様」
あれからは、レイナ様にお呼ばれされてたびたびレンドーン邸を訪れるようになった。
「もう、対等の関係だから様はやめってねって言ったでしょう?」
「これは貴族の礼儀としての敬称です。レイナ様だって殿下にはそういう感じでしょう?」
「まあ、それはそうだけど……」
レイナ様を呼び捨てにするなんてとんでもない。そんなこと私の魂が拒否反応を示す。
「ところでエイミー、それは新しいお洋服かしら?」
「はいレイナ様。……おかしいですか?」
「そんなことない、とっても可愛いわ」
レイナ様とお友達になってから、それまでおざなりだった服飾やメイクの勉強を始めた。彼女の隣にいる為にはもっと美しく、かしこく、気高くならねば。そうじゃないと、レイナ様に対して失礼だ。
もちろん魔導機趣味もやめてはいない。あの日以来、お父様は私の趣味に口を挟まなくなった。私も「てぃーぴーおー」を考えるようにしている。レイナ様が教えてくれた言葉だが、時と場所をわきまえるという意味だそうだ。おかげで私の人間関係は改善しつつある。
「エイミー、今日はお菓子でもつくりましょうか?」
「はい、レイナ様!」
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