第8話 次女ちゃんと秘密のご趣味

「……ここは私の秘密基地なんです」


 次女ちゃんに連れられた先は、裏庭の隅に立つ納屋なやだった。

 相手が相手なら「こんな人気ひとけの無い所に連れ込んで何する気!?」……と、なるような薄暗い納屋の中に入ると、中にあったのは庭の手入れ道具などではなく機械的な部品の数々だ。


「……こ、これは一体?」

「ここにあるのは魔導機まどうきのパーツですよ」

「……魔導機。これが全部」

「ええ全部です。私好きなんですよ、魔導機」


 先ほどの悲しげな表情はどこかへ行ったように、次女ちゃんは楽しそうに話す。


 魔導機――。


 このマギキンの世界に入り込んだ異物。それが私の魔導機に対する認識だ。そういえば私は、この魔導機というものがどういったものかはよく知らない。


 お父様に聞いてみたけれど、せいぜい貴族の見栄えや道楽的な物でかかるコストの割に実用的ではないもの、といった回答だった。流石は王国の財務を司るレンドーン家の当主。財務的な面から物事を捉えるわね。


「もしかして、あなたが手に抱えるそれも魔導機のパーツ?」

「はい! そうですレイナ様。これは魔導機のコアです。別名魔力機関まりょくきかん

「コア?」


 “魔力機関”という言葉から察するに、車のエンジンみたいなものでしょうか? ……このバレーボールが一体どうやってあの機械を動かすのかしら?


「はいレイナ様。それを私が改造したものです。失礼ですがレイナ様はあまり魔導機にお詳しくないみたいですね?」

「ええ。よく知りませんわ」

「ちょうど良かった。レイナ様にお願いしようと思っていたのは、これに魔力を込めてもらう事だったのです。これに手を置いてくれませんか?」

「こうかしら?」


 私はそう言って、次女ちゃんが机の上に置いたコアの上に右手を置く。金属のひんやりとした感触が手に伝わる。


「そうです。次は魔力測定の時のように、コアに魔力を込めてみてください」

「やってみるわね」


 魔力測定の時って、私は途中から前世の記憶が戻ったからよく覚えてないのよね。まあ“お庭の一画吹き飛ばしちゃった事件”の時と一緒でしょ。


「そうです、そのまま。ああすごい!」


 次女ちゃんが感嘆の声を上げるのに応じるように、コアはぎゅいんぎゅいんと音をたてて輝きだす。


「すごく光っているし音出ているけど大丈夫? 爆発しない!?」

「爆発なんてしませんよ。こうやって魔力をエネルギーに変換して魔導機の各パーツに伝えるんです」

「そうなんだ。すごいのね、この機械」

「すごいのはレイナ様です! 申し上げたように、このコアは私が改造しています。強力なパワーを発揮する反面、必要な魔力が大きいのです。私の魔力じゃ動かなかったほどに……」

「それで私に?」

「はい。でも聞いた通り、いや聞いていた以上の魔力をレイナ様からは感じます!」


 そう語る彼女の目はキラキラと輝いている。本当に魔導機が好きなのね。


「あっ、もういいですよ。ありがとうございました」


 私はそう言われたので、コアから手を放す。するとコアの光はだんだんと治まり、やがて稼働が止まる。こんな小さなものであの大きなロボットを動かしているのかと思うとビックリするわね


「でも、これって誰が発明したのかしら……」


 何度も言うけれど、こんなSFもどきマギキンにはなかった。

 ならばこの世界の誰かが発明したと考えるのが妥当でしょうね。


「魔導機は大陸の大ドルドゲルス帝国の技術者によって発明されました。具体的に誰の発案かと言われると、帝国は公表していないので不明です。大陸から地理的に離れた我が王国では魔導機はあまり評価されておらず、式典などの際に派手な魔法を扱うだけの存在という認識ですが、それは大きな誤りです。魔導機は革新的で実用的な兵器です。現に大ドルドゲルス帝国も当時はドルドゲルス王国を名乗る中堅国家でしたが、魔導機による武力を背景にセルダルプ、アノジーラ等を併合して、今では一大強国として列強の仲間入りを果たしています。具体的に魔導機によって戦場がどう変わったかと言いますと、まず魔導機に包まれることによって魔法使いの生存性が高まります。魔導機登場以前は不意の弓矢によって防御魔法が間に合わず、死亡する魔法使いが多かったです。かといって防御能力を向上させようと鎧を着ると魔法発動の妨げになる。魔導機ではこの問題の解決にコアを用いています。コアから各部に魔力を変換して伝達、魔導機の手持ち武器にて魔法に再変換させて放つことにより、発動を妨げるどころか効率化により威力の向上に成功しているんです。これは――」


 わーわー! 文字の、専門用語の洪水が私を襲う!

 おそらく私の発言の何かが彼女に火をつけたのだ。


「――それである国のレポートによれば――あっ! ……す、すみません! 私喋り過ぎていますよね……」


 それまで早口で長々とまくし立てていた次女ちゃんは、ハッと気づいたように謝りだす。


「え、あ、う……うん……」

「申し訳ありませんレイナ様……。またやっちゃった。またおかしいと思われる……」

「おかしい?」

「はい、家族からもそう言われるんです。部屋に籠って魔導機なんてくだらない物ばっかりいじっているのはおかしいって……。もっと貴族の令嬢らしい事をしなさいって……」


 そう彼女は目に涙を浮かべながら語る。その姿を見て私はハッと気がついた。


 ――この子は私と同じだ。


『――ちゃんってゲームの話になるとよく喋るよね』


 私が高校生の時に、それほど仲の良くないクラスメイトから言われた言葉だ。


 だって好きなんだからしょうがないじゃない。好きな物のことだったら二日でも三日でも喋りたおせる自信がある。理由はそれが好きだから。それ以外に理由なんてない。好きだから当然よ。


『――さん。ゲームなんて卒業してさ、もっと大人らしくすればいいのに』


 私が死ぬ数か月前、セクハラパワハラ禿上司から言われた言葉だ。


 卒業なんて勝手に決めないでほしい。私の好きな物を決めるのは私だ。きちんと仕事も果たしているし、言われる筋合いはない。


 目の前のこの子は家族にさえそう言われているのだ。今ここでこの子の気持ちがわかる私が突き放したら、この子は闇の底に落ちてしまう。


「いいじゃない」

「……え?」

「好きなんでしょう、魔導機のこと。それなら何言われようが好きでいいじゃない」

「レ、レイナ様……」

「正直魔導機のことなんて興味ない、むしろ邪魔とさえ思っているからさっきのあなたの話はよく分からなかったわ。でも、あなたの”好き”という気持ちは伝わってきた」


 この納屋のパーツ、自分で改造したというコア、そしてさっきの情熱的な語り。どれもこの子が魔導機を好きという溢れる熱意の表れよ。


「ねえ、私の話聞いていたんでしょう? 私と友達になってよ」

「で、でもレイナ様、私なんかじゃつり合いが……」

「こら、自分を卑下するんじゃないの。あなたは素敵よ?」

「レイナ様……! はい、私でよろしければお友達になってください!」

「ええ、もちろんよ!」


 やっと笑顔が戻ってくれた。そして私についに女の子のお友達ができた! このキャニング子爵家の……あれ?


「待って。もしかして私ってあなたの名前聞いてない……?」

「し、失礼しました! 私はエイミー、エイミー・キャニングです」

「そう、素敵な名前ね。よろしくねエイミー!」

「はい、レイナ様!」


 うんうん、一件落着。

 

 ――待って、


 待って待ってちょっと待ってウェイト。エイミーという名前のキャラ、確かマギキンにいたような気がする。


 ――あっ!


 レイナといつも一緒に行動している取り巻き、そのうち一人がエイミーという名前だったわ!

 確かもう一人はリオ。


 髪の色、瞳の色、たしかに同じ色だわ。間違いない。雰囲気は違うけれどこの子があのエイミーでしょう。なんでこんな格好を? 元々なかった魔導機というものが入り込むことによりキャラが変わった?


 でもこうしてレイナ・レンドーンと知り合った。恐るべきゲーム世界の修正力!


「あ、あのレイナ様? どうされましたか?」

「な、なんでもないわ。大丈夫よエイミー」


 でもこの子は私と対等のお友達になった。ゲームとは違う。

 大丈夫。バッドエンドは変えられるのよ、私!


「それにしても魔導機っていろんな部品でできているのねえ。これは何かしら?」


 私は壁に掛けてあった物の一つ、銃のようなものを手に取り扉の方に構えてみた。


「あ、危ないですレイナ様! それは魔導――」


 ――ズドオンッ!


「――機の武器の出力部でリミッターが付いていないから……」


 響き渡る轟音。舞い上がる黒煙。エイミーが制止してくれるよりも早く、私が手に取ったパーツは敏感に私の魔力を読み取り、キャニング邸の裏庭を吹き飛ばしていた。



 ☆☆☆☆☆



「どうしたのだ! 一体何があったんだ!?」

「お、お父様……」

「エイミー、お前の仕業か! お前は本当にろくでもないやつだな!」


 激しい音に屋敷中の人が集まってきた。

 しかしキャニング子爵。この状況を見て娘の無事を心配するよりも、娘を非難するとはね。


「も、申し訳あ――」

「申し訳ありませんキャニング子爵。これは私がやりました」

「レ、レイナ様?」

「私がお友達のエイミーの制止を聞かずに、うかつな行動をした結果です」


 私の罪の告白に、キャニング子爵はじめ群衆は騒めく。


「クラリス!」

「はい、クラリスはここにおりますお嬢様」


 私が呼ぶとすぐに、クラリスが群衆の中からスッと出てくる。


「私、他人様ひとさまのお庭を吹き飛ばしてしまいましたわ。帰ったらすぐにお庭の修繕業者の手配を。もちろん最高級のね」

「かしこりましたレイナお嬢様」

「キャニング子爵! お聞きの通り、お庭は私が責任をもって修繕させます。これでよろしいですね?」

「は、はい……!」


 よしよし。まあ私が破壊したのは事実だけどね。後でお母様やクラリスから叱られそうだわ。


「それと!」

「ま、まだなにか……?」

「私のお友達のエイミーの趣味をとやかく言わないよう。立派な熱意です! よろしいですね?」


 キャニング子爵は驚いた表情のまま何度も頷く。


 こういうのは勢いで押し切るのが大事だ。”私のお友達”をアピールすることにより、キャニング子爵家にとって利益があることを暗に示す。


「よし、解散! さあエイミー、帰りの馬車の支度ができるまでもう少しお話しましょう」

「――はいレイナ様!」


 こうして、私の初パーティーは終わり、私はとびっきりの笑顔で隣を歩く友人を得た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る