第7話 お嬢様はスイーツハンター
一週間後、私は馬車に揺られてキャニング家のお屋敷に出向いていた。
「レイナお嬢様、奥様も仰られていましたが、公爵家のご令嬢としてくれぐれも恥の無いようにご振舞いくださいませ」
「わかっているわクラリス。私だってそんなに馬鹿な真似はしないわよ」
まったく、お母様もクラリスも心配性だわ。私だって前世の記憶が戻っててからこの三週間、堅苦しい行儀のお勉強をしてきたのだ。早くも貴族のご令嬢たる振舞いを
「それならよろしいのですが。私は使用人の間にて待機しております」
「はいはーい。それじゃあ行ってくるわね!」
私はクラリスに元気よく手を振って馬車を降りた。
「ようこそレイナ様、我がキャニング家息女エライザの誕生日パーティーへ。わざわざのご
挨拶する貴族はお父様と同じくらいの年齢だ。彼がキャニング子爵で間違いないでしょう。横に並ぶキャニング夫人も続いて挨拶する。
「私の十三の記念すべき日に、かの
「いえいえ、こちらこそ招きいただき大変光栄ですわエライザ様。本日はお誕生日おめでとうございます」
本日の主役たるエライザ嬢の挨拶に、私も公爵令嬢らしくドレスの裾を軽く持ち上げて
この娘がエライザね。いかにも貴族染みた豪奢なドレスに、気位の高そうな顔立ち。おそらく普段は威張っているのでしょう。あまり仲良くなれそうにはないかな。
写真の無いこの世界、実際に会うまで顔が分からないのは少し不便だ。
「本当は息子とこの子の妹がいるのですが、息子は寄宿学校、次女の方は…、その…少し気分が優れないようでして、お顔を出さない無礼をお許しください」
「いえいえ、気にすることはありませんわ。お大事になさってください」
申し訳なさそうに話すキャニング子爵に対して、私は寛大に返答する。
あちらからすれば派閥内の点数がかかっているのでしょうけれど、今日の私は採点官ではないわ。ここにいない息子さんや、妹さんはどうでもいいのだ。
もっと言えば、目の前にいる
「レイナ様はお噂で聞いている以上に温和な方ですのね」
恐らく、私が前世の記憶が戻る前のレイナの噂を聞いていたのだろうエライザが驚く。
私は変わったのだ。金髪縦ロールのわがまま悪役令嬢レイナはもういないわ。髪型はそのままだけど、中身は小市民よ。
「私もわがままを言うことはやめましたの」
「いえそっちではなく、なんでもトラウト家のご子息としきりに勝負するほど好戦的なお方だとか……。根も葉もない噂ですわね」
――そっちかい!
困ったことに結構事実だわ。
☆☆☆☆☆
甘くて美味しい。まろやかで美味しい。酸味が効いて美味しい。
当初の予定通り他の来場者への挨拶もそこそこに、私はスイーツとの闘いのロードを
「あっ、これも美味しそうね!」
キャニング家がこの日の為に雇った菓子職人は、本当にいい仕事をしているわね。手が止まらない。
とうに公爵家令嬢のレディとしての振舞いなど忘れ去っている私だけど、わがままもしくは血気盛んという噂のたっている公爵令嬢に話しかけてくるものなど誰もいない。見えている地雷を踏みたくないのは皆一緒なのだ。私だってそうだ。
「次はーっと……。――っ!」
――な、なんてこと!?
あまりにも食べ過ぎて、まだ会は
まだ出てくるといいのだけど。聞いてみようかしら。
「ちょっと給仕の方、お菓子はこれで終わりかしら?」
「こ、これはレイナ・レンドーン公爵令嬢様。当家の菓子職人が鋭意調理しておりますので、お待ちいただければと……」
「そう。ありがとう」
緊張しきりの給仕の方に私はにこやかに返す。
調理中ということは、まだまだ食べることができるということね!
そうね。待っている間、少し散歩でもしていようかしら?
☆☆☆☆☆
キャニング子爵邸。グッドウィン王国の大貴族たるレンドーン公爵邸に比べたら当然見劣りするけれども、そこは貴族の邸宅。前世の普通の一軒家よりもはるかに大きく敷地も広い。
そんなキャニング邸の裏手に私は来ていた。
何故裏手か。答えは簡単、人がいないからよ。
最初に中庭に行ったけれど、のんびりとお話しをされる貴族のご令嬢の皆さまがいて、どうにもくつろげないと思い戦略的撤退をした。
貴族の礼儀作法や振舞いにはだいぶ慣れてきたけど、前世でアニメやゲームの話題をひたすらしていた私はまだあのお上品な雑談の世界には溶け込めない。
――もしかして今世の私ってお友達いない……?
え? いるわよね? ディランとルークと……、クラリスはお姉様みたいなものだし使用人だし違うか……。
――男の子しかいない!
このままじゃ男子にちやほやされていると思い込んでいる、勘違い系女子みたいになっちゃうじゃない!
ああ、このままじゃ変な噂もついているし、学園生活のボッチは必定。約束された敗北。前世にだって、少ないけれどオタ話するお友達はいたのに……。
それにお友達がいれば、私がバッドエンドを迎える際にかばってくれるかもしれないわ!
マギキンのレイナには取り巻き達がいたが、取り巻きや派閥なんてものはいらない。私は信頼しあえる対等のお友達が欲しいのだ。
「ギブミー女の子のお友達ーー!!」
私の魂の叫びがキャニング邸の裏庭にこだました。だって、お友達欲しいじゃない?
「ひゃああぁぁああ!」
「ひゃああぁぁああ!」
物陰から可愛らしい驚きの声が聞こえたので、私も思わず変な声で驚いてしまう。見ればバレーボールくらいの丸い球を持った地味目な女の子が、しりもちをついて倒れている。
えっ、もしかしなくても私の魂の叫び声をこの子に聞かれていた?
それって公爵令嬢的にまずくない?
こんな裏手にいるという事は使用人の子かしら?
とりあえず何もなかったという
「あなた大丈夫? さあ、この手につかまって起き上がって」
「あ、ありがとうございます……」
聞き取れるか取れないかくらいの、か細い声だ。
女の子の服は所々油のようなもので汚れている。何か作業をしていたのだろう。
私は釣り目がちな目に力を入れて女の子を説得する。
「いい? ここで聞いたことは忘れてくださると助かるわ」
「は、はいっ……! その特徴的な髪型。もしかして、あなたはレイナ・レンドーン様ですか?」
女の子は、怯えと興味が半分ずつといった表情で尋ねてくる。
特徴的な髪型……。私のドリルも天下に轟いたりね。
実はというとこのいかにも悪役令嬢な髪型は、前世の記憶を思い出してからすぐにでもやめたかったのだけれど、クラリスの強い反対で却下されてしまった。
「そうよ、私はレイナ・レンドーンです。よくご存じね」
「は、はい。レイナ様には一度お会いしたかったのです。……申し遅れました、私はこのキャニング家の次女――」
「――この家の次女、ですって? 病気で寝込んでいるというあの?」
てっきり使用人だと思っていた目の前の少女の言葉に、私は思わず被せて聞き返してしまう。
キャニング子爵によると次女は病気で寝込んでいると言っていた。それがなぜ晴れのパーティーの日に、ここでこんな油まみれの格好でいるのかしら?
「……ああ、私は病気で寝込んでいるということになっているのですね……」
そうつぶやく次女ちゃんの目は悲しげだ。
「私はそう聞いたわ」
「レイナ様、少し私に付き合っていただけませんか? そうしたら先ほど聞いた言葉は忘れますから……」
「……ええ、いいわよ」
この子、このレイナ・レンドーンを脅すとはなかなかやりますわね。
私は悲しげな目をした少女に手を引かれて、裏庭を奥へと進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます