第6話 お嬢様の憂鬱、お父様の心配

「こんにちはレイナ。今日はお庭を散歩しませんか?」


 あれからたびたび、というよりは毎日のようにディランは一人でレンドーン邸を訪れる。王子というのは意外と暇なのかしら?


 ルークは最近、魔法と料理の研究で自分の屋敷に籠っているようだわ。私のお料理男子育成計画はひとまず成功ということね。


「こんにちはディラン。今日はお料理の準備はどういたしましょう?」

「食べてきたのでおかまいなく。それより散歩しながらレイナのお話を聞かせてくれませんか?」


 私の作る珍しいご飯目当てかと思っていたらそうでもない。たまにお料理をねだられるけど、それは三回に一回程度だ。


 それよりも最近は私の話をしきりに聞いてくる。それはなぜか。勘の良い私には分かる……!


 ――きっと私の正体を怪しんでいるのだ!!


「ところでレイナはあのような料理をどこで知ったのですか?」

「ええ……、まあ……そこはインスピレーションというか、神が舞い降りたような?」


 ――嘘だ。


 女神はいらんことしかしてくれなかった。貰った物と言えば、貧乏クジの悪役令嬢の立場とバトル漫画でしか使えなさそうな魔法の才能だ。どちらも望んではいない。役に立ったお料理の知識は、前世からの持ち込みスキルよ。


「うわあ、すごいですね! レイナと結婚された方は幸せ――」


 無邪気な笑顔で称賛をおくるディランの言葉はよく聞き取れない。罪悪感ではない。警戒からだ。


 聡明そうめいなディランのことだ。私の中身が入れ替わっているのに気付いているのかもしれない。だから毎日のようにやってきては、私のことを色々と尋ねてくる。きっとそうに違いないわ!


 きっとこの爽やかな笑顔の裏に疑心が巡っているに違いない。マギキン破滅の予言の成就を防ぐためにも、警戒しておいて損はないでしょう。



 ☆☆☆☆☆



「はあ、これで今日のお稽古はすべて終了ね」

「お疲れ様でございますお嬢様」


 私はくたくたになりながら自室に帰り着く。私の日常はなにもディランと遊ぶだけではないわ。当然日々のお稽古やお勉強がある。


 お稽古は魔法だけではないわ。貴族子女たるもの、礼儀作法、食事のマナー、音楽、ダンス等々、多くの習い事がある。剣まで軽く練習させられたのはびっくりよ。


 あの女神から魔法の才能は授かったようだけれど他の才能は授からなかったようで、どれも公爵令嬢として恥ずかしくない程度にそれなりといった具合だ。


 この忙しい貴族令嬢の生活。前世のブラック企業勤めとあまり変わらなくない? 


 それでも私は謙虚にこういったお稽古をこなさなければ、いつビームで吹き飛ばされてデッドエンドを迎えるかもしれぬ悪役令嬢の身なのだ。どこに行っちゃったの、私の転生スローライフ……。


「それにしてもお稽古お稽古で気が滅入るわ。何か気晴らしでもないかしら……?」

「でしたら、他家のパーティーに出向かれるのはいかがでしょうか? ちょうど招待状もきていますし」


 クラリスはそう言いながら、一通の手紙を差し出した。


「パーティー!? どこの家のものかしら?」


 お茶会などを含むパーティーは貴族の戦いの場だ。教養、礼儀作法、良いシェフや使用人を雇っているかなど、あらゆる面が試される……というのは大人の世界の話だ。子女のパーティーなんて、せいぜい前世のお誕生日パーティーと同程度の話。


 もちろん礼儀作法には気を付けなければならないけれど、多少間違ったところで名門たるレンドーン家の子女に文句を言える人間なんてそうそういないわ。


 謙虚? 知らない言葉ですわね。気分転換に美味しいスイーツをたらふく食べてくれる!


「差出人はキャニング子爵家。長女エライザ様の十三歳のお誕生日祝いだそうです」

「キャニング……? 存じ上げない家名ね」

「レンドーン派閥傘下の小領主です。レイナ様に来ていただけるとは考えずに、礼儀上招待状を出されたのでしょう」


 クラリスはそう言いながら机の上に広げられた地図上の一点を指す。……なんて小さな所領。


「礼儀で出された招待状とはいえ、私に送られたもの。私が出席しても問題ないのよね?」

「当然でございますお嬢様。レイナ様がご出席とあればパーティーにはくが付くというもの。キャニング子爵もお喜びになられるでしょう」

「そうね。クラリス、出席で返事を出しておいて」

「かしこまりましたお嬢様」


 キャニングという家名はマギキンで聞いたことはない。特に私のバッドエンドに影響することはないでしょうね。私のパーティーデビューという息抜きにぴったりね。ウヒヒ、来週が楽しみだわ!



 ☆☆☆☆☆



「ええ!? レイナがキャニング家の誕生日パーティーにかい?」

「はい旦那様。レイナ様ご自身からそう申されました」


 私は娘の専属メイドであるクラリスからの報告に思わず聞き返す。

 レイナが、かなり格下の貴族のお茶会に出向くとは驚きだ。


 自分で言うのもなんだが、たった一人の子供という事もあり娘のレイナを甘やかしすぎて育ててしまったようだ。


 その結果レイナは、行儀見習いの娘たちが泣いて辞めさせてほしいと言うほどにわがまま放題に育ってしまった。


 …というのが二週間前のレイナの父である私――レスター・レンドーンの我が娘レイナ・レンドーンに対する認識。そう、のである。


 二週間前の記念すべきレイナ十歳の誕生日のあの日――いや魔力測定で信じられないほど素晴らしい結果を出したあの日以来、娘はどこか


 それまでのわがままは成りを潜めて使用人達に優しく接するのに始まり、それまで寄り付きもしなかった私の書庫で何かを熱心に調べ、ついには格下貴族の娘の誕生日パーティーに出向くという。


 驚くべき変わりようだが、良い変化だろう。きっと魔力測定で良い結果がでたのが、公爵令嬢としての責任感を芽生えさせたのだ。


 その変化の好転が影響してか、最近ではグッドウィン王家の第二王子ディラン殿下や、その近親で宮廷魔術師を務めるトラウト公爵家のご嫡男ルーク殿と親しくしているらしい。親としては今後が楽しみだ。


 “人のさが売りのレンドーン”とちまたにうたわれる我がレンドーン公爵家。実際、代々の当主の人柄の良さや堅実さ、篤実さで生き残ってきた家名であるという自負もある。


 自分で言うのもなんだが、私自身その人柄でこの国の財務をグッドウィン王からお預かりしているのだ。例え魔法の才能があっても、そのレンドーンの人の好さがなくなれば誰もついてくることはないだろう。


 ――ただ、少しだけ心配なことがある。


 魔法の素養が高い子供というのは、魔力測定よりも前にその才能を示唆するような現象を起こすことが多い。例えば物を空中に浮かせたり、扱いきれない魔力で発火現象を起こしてしまったりということだ。あのルーク・トラウト殿も、わずか三歳の時に部屋に氷柱を発生させたらしい。


 しかし我が娘レイナにはそういった兆候ちょうこうが一切なかった。私が気づかなかっただけか? いいや、違う――。


 幼き日よりレイナの側で過ごすクラリスが、そういった現象が一切無かったことを証言する。才能ある兆候どころか、レイナは貴族の子として生まれながらも魔法の力を一切と言っていいほど感じなかったと言うのだ。


 非常に珍しくて不思議なことだと私は思う。まるで、レイナがあの日突然神から祝福でも受けたような……。レイナはレンドーン公爵家の令嬢として、どうしてもエンゼリア王立魔法学院に入学したがっていた。神様がきっと娘の願いを叶えてくださったのだろう。


 もしもあの日、娘の魔力反応が微弱なものだったら、きっとレイナは私に泣きついていただろう。可愛い一人娘の生涯の頼み。私は彼女の望みを叶えるために、恐ろしい不正を働いていたかもしれない。いずれにせよ、いらぬ心配だったことは喜ばしい事だ。


 あと最近、娘が喜んだ際に「ウヒヒ」と奇妙な笑い声を上げることがある。あれはどこで覚えてしまったのだろうか?

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