第5話 負けず嫌いのルーク

 前書き

 今回はルーク視点です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺はルーク・トラウト。代々優秀な魔法使いを輩出するトラウト公爵家の中でも、一際ひときわ優秀な才能をもって生まれたと評されている。


 簡単に言えば魔法の天才だ。周囲の評判はそうだし、俺自身もそうであると自負している。そして才能に決して胡坐あぐらをかかず、魔法では誰にも負けないように幼き日より鍛錬と研究を重ねてきた。


 目下のライバルは、この国の第二王子であり従兄弟いとこでもあるディランだ。あいつは常に笑顔の涼しい顔で本当に何でもこなす。剣術、スポーツ、ダンス、美術、音楽、社交、そして魔法。どういったことでも高い水準でやってみせるのだ。


 俺と同世代で、魔法で張り合えるのはあいつくらいだろう。そう思っていた。レイナ・レンドーンの噂を聞くまでは――。


 使用人達の噂によると奴は十歳の魔力測定の日、同世代どころかこの国一番かもしれないほどの膨大な魔力量を示したらしい。


 ――そんな馬鹿な。


 この噂を耳にしたとき、俺はそう思った。通常強い魔力を生まれ持つものは、魔力の扱いが下手な子供時代になんらかの片鱗を無自覚に示す。例えば俺も、自らの部屋に氷柱を作り出してしまったことなど一度や二度ではすまない。


 俺をもしのぐ魔法の才能があると言うならば、そういった片鱗があるはずだ。しかし、レンドーン家の息女が強い魔法の才能の片鱗を示したことなど、聞いたことが無かった。


 それでも人の噂はやまない。気になった俺は、レイナ・レンドーンの魔力測定の現場に居合わせたという従兄弟のディランを訪ねた。


「ディラン! レイナ・レンドーンに凄まじい魔力の才能があるというのは本当なのか?」

「ええ、本当ですルーク。レイナ嬢は素晴らしい才能を示しました」

「な……、なん……だと……」

「僕はこの目で見ました。彼女の才能は間違いありせん」

「……わかった。それならば行くぞ!」

「え、行くってどこに? ――あっ、ちょっと引っ張らないでください」


 事実ならばはっきり勝負をつけなければならない。俺は魔法で負けない、負けるわけにはいかない。トラウト公爵家の者として、ルークという一人の男として!


 俺はディランを連れてレンドーン邸へと向かった。



 ☆☆☆☆☆



「これはディラン王子殿下とトラウト家のルーク様。本日は当家にどういった御用でございましょうか?」


 レンドーン家に到着すると、庭先で執事が出迎えた。レイナ・レンドーンと魔法の勝負に来た。そう執事に告げようとしたその時、庭園の異常が目に映った。


「おい、は何だ?」


 “あれ”とは、庭の一画をえぐる大きなクレーターだ。立派な庭園の中にあって、その一画だけが異質だった。


「あれは、そのう……」

「何だ? 歯切れが悪いな。やましいことか?」

「いえ、そのようなことはございません。あれは昨日レイナお嬢様が魔法、《火球》の練習で吹き飛ばされた跡でございます」

「……なん……、だと……。……まさか生身でか?」

「ええ。おっしゃる通り生身で、でございます」


 ありえない。魔導機を用いたのならわかる。あれは人の魔法を数倍にして放つことができる。それが生身で、しかも低位の魔法である《火球》であのクレーターを使ったというのだから信じられない。


 魔法の素養が高い傾向にある人間が二種類いる。王侯貴族と女性だ。貴族は貴族同士で結婚する。必然的にその子孫も魔法の才能に恵まれる。


 そして一般的に、男よりも女の方が魔法的素養を持つ人間が多い。そういった事情もあってか、このグッドウィン王国をはじめとした諸国は、女性の貴族当主相続を認めている。


 確かに奴はこの二つの条件を満たす。だがこれは異常な威力だ。決まった。奴は本物だ。


「おい、すぐにレイナ・レンドーンのところに案内してくれ」

「いや……、すぐにと申されましても……」

「僕からも頼みます。こうなった時のルークは止められないのです」

「殿下もそうおっしゃるのでしたら……。殿下たちをお嬢様の勉強部屋にご案内せよ」

「は、はいっ!」


 俺とディランは、やたら緊張しているメイドに先導されて奴の部屋へと向かう。やがて一つの扉の前で止まり、慌てたメイドがノックをせずにドアを開けて中の人物から注意を受ける。


 待ちきれない。俺の意を察したのか、ディランが横から入り話を進める。


「ええ。さあ、もう入っていいですよ」


 そうディランに促されて、俺も中へと入る。


「お初にお目にかかる。ルーク・トラウトだ」

「は、初めましてルーク様。わざわざお訪ねいただいて嬉しいですわ」

「レイナ・レンドーン……」


 こいつがレイナ・レンドーンか。呆けた顔。理性や才能をあまり感じさせない。本当にこいつがアレをやったのだろうか、少し心配になった。どうであれ、やるべきことは変わらない。


「レイナ・レンドーン、俺と勝負しろ!」

「――はいっ!? えっと……。何故私がルーク様と勝負を?」

「お前と俺で決着をつけねばならないからだ!」


 素っ頓狂な声を上げるレイナ・レンドーンを睨む俺。話が進まないと感じたのか、再びディランが割って入る。説明下手な俺を、たびたびディランはこうやって助けてくれる。ありがたいことだ。ディランの説明によって、どうやら相手も俺の趣旨を理解できたようだ。


「庭のクレーター、信じがたいがあれはお前の仕業のようだな。面白い! だから俺と魔法の勝負をしろ!」

「魔法の勝負、ですか……。生憎ですが、私は先生から魔法の行使を禁止されているので無理ですね」


 魔法を禁止? ふざけたやつだ。その教師は誰だと問うたら、レンドーンは名前を憶えていないのか悩み、侍女の助けを得てようやく「マッドン先生」と答えた。


 さすが王国の金庫番レンドーン公爵家、良い家庭教師を雇う。老マッドン。現役時代はその豊かな才能から“奇術師きじゅつし”マッドンと評され、数々の新機軸の魔法を開発している。


 その老マッドンなら数々の魔法使いを見てきているはずだ。この娘の異常さに気がついてストップをかけているのだろう。ならば従うほかない。


 だが、魔法以外でも勝負は受けてもらう。目の前にできた壁を越えなければ、ディランに等永遠に敵わぬからだ。


 そうすると最初は渋っていたレイナ・レンドーンだが、料理対決を要望してきた。何故俺がそんな使用人のような事をしなければならないのか疑問に思うが、料理は魔法につながるという。それならば俺が負けるわけにはいくまい。


「いいだろう、料理対決だ!」



 ☆☆☆☆☆



 料理。正直俺は料理なんてしたことがない。大半の貴族の子女はそうだろう。だが、レイナ・レンドーンは違うようだ。周囲のキッチンメイドも驚くほどにテキパキと作業を進めていく。


 俺も何か作らねば。ぱっと思いついたのが、母上が好むパイの包み焼きだった。あれは美味い。きっとあれなら勝負に勝てるだろう。



 ☆☆☆☆☆



「俺も出来たぞ。さあディラン、食え!」


 出来たパイの包み焼きはなんだか黒い。だが、味は美味いはずだ。


「どうしたディラン。さあ食え! そして俺の勝利を宣言しろ!」


 先ほどのレイナ・レンドーンの料理で腹が満たされたのか、ディランは中々手をつけようとしない。そんなディランを俺は急かす。


「うっ……。この勝負、レイナ嬢の勝ちです」


 ようやく俺の料理を口に運んだディランは、まさかの勝者の名を口にした。料理は魔法、そう奴は言っていた。俺が魔法の対決で負けただと。そんな馬鹿な……!?


「今日の所は負けを認めよう。だが必ずお前を超えてみせるぞ、レイナ・レンドーン! さあディラン、帰るぞ!」


 いかに相手の才が異常であろうと、魔法の対決に負けたままではいられない。このルーク・トラウトこそが魔法の頂点に立つのだ!


「俺に料理を教えろ!」


 帰宅すると厨房へと直行し、俺はそう宣言した。



 ☆☆☆☆☆



 。レイナ・レンドーンの言っていたことはどうやら本当のようだ。火の加減、水の使い方はそのまま魔法の制御に繋がるだろう。上等な食材を選び、調理するのは錬金術に通ずると言っていい。


「ここはどうするん……、ここはどうすればいいのですか?」

「ああ、ルーク様。ここはですね――」


 自宅の厨房で料理を学び、数日おきにレンドーン邸に勝負を挑みに行く日々は間違いなく俺を変えた。


 今まで話したことの無い使用人と会話し、教えを乞う毎日。部屋で一人魔法の研究をしているだけでは気が付かない、新しい気づきと発見を俺に教えてくれた。


「レイナ! 今日も俺と勝負しろ!」

「いいわよルーク! かかってきなさい」


 最初はわけの分からないやつだと思っていたレイナともすぐに打ち解けた。今では良きライバルで仲間だ。


「俺も出来たぜ!」


 今日の勝負、俺は初心に帰ってパイの包み焼だ。

 料理が上達して理解できる。最初のやつは食えた物じゃなかったな。ディランに悪いことをした。


 だが今日のは違う。我が家のシェフも自信を持っていいと太鼓判を押してくれた。


「今日の勝負……、ルークの勝ちです!」

「やったぜえええええ! 俺の勝ちだ!」


 果たして判定は、俺の勝ちだった。

 ついに勝った。あのレイナに!


 俺は飛び上がって喜ぶ。俺一人の勝利ではない。料理を教えてくれたトラウト家のみんなの勝利だ。


「おめでとうルーク」

「ああ、レイナ。ついに俺が勝ったぜ! それにしてもお前の言った通り本当に料理は魔法に繋がるんだな!」


 ああ、本当についに勝てた。俺の勝利に驚いた顔、俺の勝利を喜んでくれるお前の笑顔が見られて俺も嬉しいよ。


「ウヒヒ、私の発言の真意に気づいてくれて嬉しいわ。もっと感謝してもよろしくてよ?」

「ああ! 今日はたまたま勝てたが、お前のことは師匠と呼びたいくらいだぜ!」

「それはやめて……」


 レイナは謙遜するけれど、お前は本当に俺の師匠だ。魔法でも、人づきあいでもお前が俺を変えてくれた。お前と一緒にいると俺はもっともっと高い所を目指せそうだ。


「これで対決も終わりですね。レイナとお会いする理由がなくなるのが残念です……」


 ディランがそんなことを寂し気に言う。そうなのか? もうレイナとは気軽に会えないのか?


「ディランは何を言っているんですの? いつでも私の屋敷を訪ねてくだされば、お菓子くらい作りますわ」

「本当ですかレイナ!」

「このようなことで嘘はつきませんわ。私もお料理好きですし、毎日でもかまいませんよ?」

「毎日――!」


 レイナの言葉に笑顔を満開にするディラン。そういえばディラン、いつも笑顔のお前だけどお前のレイナに対する笑顔って少し違うよな? 従兄弟だから、生まれた時からお前を見ていた俺が言うんだ。間違いない。


 帰宅途中の馬車の中でディランにそう告げると、ディランはまた違った笑顔で答えた。


「ルークも表情が変わりましたよ?」

「そうだな。俺はレイナと出会って変わったな」

「……。ルークはしばらく魔法の研究に入るのですよね?」

「そうだが、それがどうかしたか?」


 俺はこの激闘の日々を魔法の進化に生かすべく、帰宅したらしばらく研究に集中するつもりだ。鉄は熱いうちに叩けとも言うからな。


「……。僕は言われたように、これからも毎日のようにレンドーン邸に、レイナに会いに行きますよ?」

「――? そうなのか。レイナによろしくな」

「……。まあ今はそういうことにしておきましょう。でも、渡しませんからね」


 そう言って笑うディランの笑顔もまた、見たことの無いものだった。“渡しませんからね”の意味は俺にはよくわからない。今はまだ――。

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