第4話 料理は魔法

「レイナ・レンドーン! また俺と勝負しろ!」


 白熱のお料理対決から三日後。お昼寝でもしたくなるような陽気な昼下がり、私の平穏をぶち壊す声がレンドーン家の屋敷に響き渡った。


「これはこれはディラン殿下にルーク様。本日はどういったご用件で?」

「用件などただ一つ! 俺と再び勝負しろレイナ・レンドーン!」

「はあ、勝負勝負と私もそれほど暇じゃありませんのよ」

「ごきげんようレイナ嬢。突然押しかけて申し訳ない。ルークの気が収まらないようで……」


 ご自身のクールな性格という設定を忘れたかのようなルーク様の挑戦。彼は思っていた以上に負けず嫌いな性格のようだ。私もそれを分かってルーク様を挑発する。


「仕方ありませんわね。またお料理対決でよろしくて?」

「ああ、望むところだ!」

「承知いたしました。それではディラン殿下はまた審査員をお願いいたします」

「うっ。……わかりましたレイナ嬢」



 ☆☆☆☆☆



「美味しい! レイナ嬢はデザートもお得意なのですね!」

「お口に合ったようで良かったですわ、ディラン殿下」


 今回私がお出ししたのはプリンだ。正確にはプリン・ア・ラ・モード。この世界で採れる種々のフルーツを盛りつけてあるわ。お料理大好きな私は当然お菓子も作れるのだった。


「俺も出来たぞ。さあ食えディラン!」

「こ、これは何ですかルーク?」

「パイの包み焼きだ。この前も同じ品だっただろう? まあ前回は火力の調整を少し失敗したがな……」


 お皿の上にあるのは、かろうじて食べ物と判別できるくらいの何かの塊だ。というか前回の消し炭みたいなアレはパイだったのね……。


「うっぷ……。この勝負、レイナ嬢の勝ちです」


 ルーク様の出された料理を、頑張って食べたディラン殿下が私の勝利を宣言した。まあ当然の結果よ。


「また負けてしまった……。クソ、今度は勝つ! おい、帰るぞディラン!」

「ちょっと待ってくださいルーク……」


 勝敗が決すると、捨て台詞を残してルーク様は帰ってしまわれた。青ざめた顔のディラン殿下を連れて……。


 勝者、私のプリン・ア・ラ・モード。

 敗者、ルーク様の何かの塊。

 犠牲者、ディラン殿下の胃。



 ☆☆☆☆☆



「レイナ・レンドーン! 俺と勝負しろ!」


 それからというものの、ルーク様はディラン殿下を伴って三日と空けずにレンドーン邸へと来訪された。用件はもちろん私とのお料理対決だ。


「来ましたねルーク様。今日も返り討ちにしてさしあげますわ」

「審査員は私じゃなくてもいいと思うんだけど……」

「だめだディラン。公平性をきす為にもお前じゃなきゃな」


 勝者、私のパンケーキ。

 敗者、ルーク様の奇妙な味のする何か。

 犠牲者、ディラン殿下の胃。


「またしても私の勝利のようですね」

「くそう! 覚えていやがれ!」

「それではレイナ嬢、失礼いたします」


 ルーク様の捨て台詞がだんだん三下さんしたの悪党みたいになってきて、私の中のクールなルーク様のイメージが崩れていく……。お料理大好きの私が、昨日今日料理を始めた十歳児おこさまに負けるわけがないわ。



 ☆☆☆☆☆



「レイナ・レンドーン! 今日こそは俺が勝つ!」

「もちろんこちらも負けるつもりはありませんわ」


 勝者、私のエッグベネディクト。

 敗者、ルーク様の異臭を放つパイのような何か。

 犠牲者、ディラン殿下の胃。


「今回もレイナ嬢の勝ちですね。美味しいお料理でした」

「ありがとうございます、殿下」

「くそおおお! また来るからな!」



 ☆☆☆☆☆



「俺と勝負だレイナ・レンドーン」


 勝者、私のグラタン。

 敗者、ルーク様のパイのようなもの。

 犠牲者、……なし?


「勝者はレイナ嬢ですね。でもルーク、今日は君の料理も食べられる味でしたよ!」

「まあ! すごいですわルーク様!」

「おい、お前らどういう意味だ?」



 ☆☆☆☆☆



「レイナ! 今日も俺と勝負しろ!」

「いいわよルーク! かかってきなさい」

「ルークもレイナも作り過ぎには注意してくださいね?」

「いいじゃないですかディラン。沢山作ったらみんなで食べればいいのだから」


 一体これが何度目のお料理対決かしら? 週に何度も顔を会わせる私たちは、自然とお互いにフランクな言葉遣いになっていた。


「さあできましたわ、ディラン」

「今日も美味しそうですねレイナ」


 今日私が作ったのは、ラザニアだ。香ばしいチーズの香りが食欲をそそる。


「俺も出来たぜ!」


 負けず嫌いな性格からか、それとも持って生まれたセンスがあるのか、ルークはその料理の腕をメキメキと上達させていた。


 今ではいくつかの品を、かなりのクオリティで仕上げることができる。私の目的であったルークのお料理男子化計画は達成されつつあると言っていいわね。


 今日作ったのは、初心に戻ってパイの包み焼きのようだ。対決当初にルークが作っていた消し炭のような料理では当然ない。こんがりとした焼け目のついた、美味しそうなパイだ。


「これは……! いただきますね」


 私としては毎回結構な量を食べるディランの体重が心配だけど、そこは二次元イケメン王子。日々の鍛錬によって無事消化されているようで太る気配はみじんもない。ぶくぶくと太ったディラン王子を見たアリシアがそっぽ向いたら嫌だわ。


「今日の勝負……、ルークの勝ちです!」

「やったぜえええええ! 俺の勝ちだ!」

「わ……、私の負け!?」


 少し悩んだように沈黙した後、ディランの出した答えはルークの勝利であった。クールなキャラどころか、貴族のマナーも忘れて飛び上がって喜ぶルーク。


 確かにルークの料理の腕は上がった。でも、私のラザニアに勝てるほどではないはずよ。


「ディラン、理由をお聞かせいただけるかしら?」

「ははは、レイナのお料理は今日も美味しかったですよ。しかし、ルークのあのパイはなのです」

? それってグッドウィン王家の味ってことでしょうか?」

「まあそういう事ですね。レイナは私とルークの母上が姉妹という事はご存じでしょう?」

「ええ。でも王妃様が厨房に立たれるということはないでしょう?」

「それは当然。しかし、母が実家から連れてこられたコックはいるのです」


 なるほど。貴族の婦人が食卓の準備を自ら行うことはないわ。それはコックやメイドの仕事だからだ。そしてそれは王家でも当然同じよ。


 ならば、私の前世で言うところのおふくろの味とはどういうものか?


 答えは簡単。代々家に仕えるコックに受け継がれたレシピがその家の味となるのだ。貴族が嫁入りする際、幾人かの使用人を伴って相手の家に入る。その中にコックさんもいるのよね。


 ディランとルークの母は姉妹。つまり同じレシピを受け継いだコックが、グッドウィン王家とトラウト公爵家で腕を振るっているのよ。


「レイナの珍しい料理は毎回私を楽しませてくれます。ですが今日のルークの包み焼きの味は、伝統の味をかなり再現していました。思わずルークに軍配ぐんぱいを上げてしまったのです。すみません」

「いえ、いいのです。ルークの努力があの料理を生んだのです。負けた私も恥ずべきことではないと思いますわ」


 お料理対決で負けたのはちょっと……いやだいぶ悔しいけれど、本来の目的であるルークのお料理男子化は達成された。私は試合に負けて勝負に勝ったのだ。


「おめでとうルーク」

「ああ、レイナ。ついに俺が勝ったぜ! それにしてもお前の言った通り本当に料理は魔法に繋がるんだな! 火の加減、水の使い方、食材を調理するタイミング、これを学べたことで俺の魔法は一段と進化しそうだ」

「ウヒヒ。私の発言の真意に気づいてくれて嬉しいわ。もっと感謝してもよろしくてよ?」

「ああ! 今日はたまたま勝てたが、お前のことは師匠と呼びたいくらいだぜ!」

「それはやめて……」


 ルークともだいぶ仲良くなれた気がする。もうビームで消し飛ばしてきたりはしないかな? いえ、恋は人を変える。まだ油断はできないわね。


「これで対決も終わりですね。レイナとお会いする理由がなくなるのが残念です……」


 ディランが寂しそうにそうつぶやいた。そんなに私のお料理のとりこにされたか。もし追放されたらコックとして生きていくのも悪くないかもしれない。


「ディランは何を言っているんですの? いつでも私の屋敷を訪ねてくだされば、お菓子くらい作りますわ」


 ただし、ブクブク太り過ぎない程度に。ルークはクールなイメージが壊れてしまった。メインのディラン王子のキャラ崩壊は阻止したい。


「本当ですかレイナ!」

「このようなことで嘘はつきませんわ。私もお料理好きですし、毎日でもかまいませんよ?」

「毎日――!」


 私の言葉に目を輝かせるディラン。そんなに食道楽しょくどうらくなキャラだったのかしら?


 まあ、貴族の趣味の一つは美食だと前世で読んだ本に書いてあった気がするわ。

 第二王子が遊びに来られるとあれば、その日のお稽古ごとはキャンセルされる。それに比べればお菓子を作るぐらいわけはないわよね。


 しかし、少し顔を赤らめているのはどうしてでしょうか?

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