第3話 お料理男子育成計画
「えっと……、
「お前と俺で決着をつけねばならないからだ!」
駄目だ、話が通じていない。何故私がルーク様と勝負をしなければならないのか。
思い出してみれば、確かにルーク様の個別ルートでルーク様が決闘を申し込む場面があった。だけどそれは
魔法に絶対の自信があるルーク様は、剣も魔法もハイレベルなディラン殿下に魔法は俺の方が上だと決闘を申し込む……。確かそんな内容だった。それがなぜ私に?
「僕が説明いたしましょう」
私とルーク様の沈黙に、見るに見かねたディラン殿下が助け舟を出された。
ディラン殿下とルーク様は仲が良い。それもそのはず。ディランの母である現王妃とルークの母は姉妹、つまり二人は同い年の
幼き日より一緒に過ごした、性格が対照的ながらも信頼しあう二人。そんな二人だからこそ、前述の決闘シーンが盛り上がるのよ。
「事の始まりは国中で噂となっているレイナ嬢の魔力測定の話、それが果たして本当なのかとルークに尋ねられましてね」
「国中で噂に!?」
「そうですよ。知らなかったのですか?」
……知らなかったわ。確かに有力貴族の令嬢に素晴らしい魔法の才能があったとあれば、貴族間のパワーバランスが変わるかもしれない話題だ。秘密にしておくのは無理な話でしょうね。
しかしこれでひっそりと目立たないように暮らすルートは、完全についえたようね……。
「それで僕が事実だとルークに告げると、その足でレンドーン公爵の屋敷に向かうと言い出しましてね。どうもルークのプライドが刺激されたようで……」
なるほど……。少なくとも国内の同世代では自分が一番魔法の才能があると自負していたら、自分を超えたという噂を耳にした。そこで事情を知るディラン殿下を訪ね、事実だと知ると今度は屋敷に乗り込んできたと……。
「庭のクレーター、信じがたいがあれはお前の仕業のようだな。面白い! だから俺と魔法の勝負をしろ!」
庭のクレーター、あれを見られたのなら言い逃れはできないわね。
ルークは確かにこの国一番の魔法の才能を持っているはず……だった。事実マギキンの設定でもその通りよ。だけどそれをごぼう抜きした人物が現れた。女神により魔力マシマシを授かった私だ。
魔法の才能はプラス要素と思ったけど、思わぬ罠が存在したわね。あのおとぼけ女神、やっぱりろくなことをしない!
「魔法の勝負、ですか……。
「魔法の行使を禁止だと!?」
「ええ、ですから私の不戦敗。ルーク様の勝ちということでよろしいですよ」
我ながら見事な言い訳だ。灰色の回答をするなら世界一の国、日本で
「ふざけるな。先生とは誰だ!」
「私の魔法の先生は……。えーっと?」
顔は浮かぶが名前は浮かばないとはこのことね。どうも私の魔法に驚く先生の表情が印象強すぎて、さっぱり名前がでてこない。確か羊のお肉みたいな名前だったはずだけど……。
「マッドン様です、レイナお嬢様」
「あっ! そうそうマッドン先生よ。ありがとうクラリス」
「何!? まさか
何が
ありがとうマッドン先生! ちゃんとお名前を憶えておきますね。
「という訳で私に勝負はできません。お判りいただけましたか?」
「いいや。こうなったら俺と魔法以外の勝負をしてもらうぞレイナ・レンドーン!」
Oh……。ルーク様はもはや手段と目的が入れ替わってしまっておられる。
隣に立つディラン殿下もこれには苦笑いだ。きっと彼もどうやって連れ帰るか考えているのでしょうね。
「ルーク様? 魔法が使えないなら勝負はしなくていいのでは?」
「いいや勝負だ! 俺とお前、どちらが上かはっきり決める必要がある!」
そう言えば前世でも男の子はよく勝負勝負言っていたっけ。この年頃の男の子の勝負欲をはっきり言って舐めていたわ……。
小腹も空いてきたし、そろそろお帰り願いたいのだけれど……あっ、そうだ!
「でしたらルーク様、私とお料理対決をしませんこと?」
「はあっ!? 料理対決だと……? なんで俺がそんなことしなければならん」
私の提案に、当然ルーク様は
貴族が自ら料理する事なんてほとんどない。料理はシェフの仕事だ。
だけどルーク様はかなりの負けず嫌いだ。もっともらしい理由をつけて煽れば必ず乗ってくるという自信が私にはあった。
「あら、
「魔法に繋がる、だと……!?」
「ええ。それともまさか私に負けるのが怖くて逃げるのでして?」
「誰が逃げるか! いいだろう、料理対決だ!」
――計算通り!
何故料理対決か。それはルークルートの内容と彼の性格設定にあるわ。
魔法にしか興味のないルークは食事は栄養さえ摂取できれば問題ないと考えている、という設定のキャラクターだ。彼は一般的な貴族以上に料理に興味を持たない。そんな彼が考えを改める料理に出会う。それがヒロインであるアリシアの素朴な家庭料理だ。
つまりこの十歳の段階でルーク様をお料理男子に仕立て上げれば、アリシアとのフラグは立たない。そうすれば、レイナにとって不幸な結果となるルークルートへの分岐を阻止することができる……はず!
「勝負を受けてくださって嬉しいですわルーク様。ディラン様は審査員をお願いします」
「わかりましたレイナ嬢。第二王子として公正な審判をしましょう」
事の成り行きを見守っていたディラン王子はにっこりと頷かれ、ルーク様もそれならばと納得する。
「というわけでクラリス、厨房を使う手はずを整えてくれるかしら?」
「かしこまりましたお嬢様。しかしよろしいのですか?」
「どういう事、クラリス?」
「お嬢様は料理をなさったことがないでしょう?」
もっともな疑問ね。蝶よ花よと大事に育てられ、わがまま放題だった公爵令嬢レイナ・レンドーンは料理をしたことはないでしょう。
そう、レイナは料理をしたことはない。けれど、私は違う! 元々お料理は好きなのよ。一人暮らしで鍛えた調理技術を見せてあげるわ!
☆☆☆☆☆
「こっ、これは実に色彩豊かですね。さすがは華やかなレイナ嬢らしい」
「ディラン殿下のお口に合うとよろしいのですけど」
私とルーク様とのお料理対決inレンドーン家厨房。レンドーン家の豊富な食材を用い、私がディラン殿下にお出ししたのはパエリアだ。
「うん。すごく美味しいですレイナ嬢!」
私の料理に舌鼓を打つ殿下は満面の笑み。
私の傍らに立つクラリスも、普段の無表情はどこへと行ったのか驚きの表情だ。
ウヒヒ。前世の女子力が活きたわね、私! というか夢にまで見たマギキンの攻略キャラに手料理を振舞って褒められるって、ほんとに現実じゃないみたい。
「俺も出来たぞ。さあディラン、食え!」
「え、ええ……」
料理などなされたことのないルーク様が四苦八苦しながら作り上げたのは、何かの黒い塊だった。文字通り消し炭だ。
「どうしたディラン。さあ食え! そして俺の勝利を宣言しろ!」
その自信はどこから湧いて出てくるのか。ルーク様は強気だ。その強気に押されて、渋々といった表情で消し炭をお口に運ばれたディラン殿下は、とたんに青い顔をなされた。
「うっ……。この勝負、レイナ嬢の勝ちです」
軽く涙目になりながらも、ディラン殿下は私の勝利を宣言した。当然ね。メシマズヒロインなんて
「やったわクラリス!」
「ええ、見事なお料理でございますレイナお嬢様」
感心しきりのクラリスに、厨房を預かるレンドーン家のコックやキッチンメイド達。皆口々に私の料理を褒め称える。
「……料理は魔法。俺が魔法の対決で負けただと……!?」
お料理対決の勝利を祝う私たちとは対照的に、ルーク様はわなわなと震えている。恐らく十年間の人生の中で、一番の挫折なのでしょうね。
「今日の所は負けを認めよう。だが必ずお前を超えてみせるぞ、レイナ・レンドーン! さあディラン、帰るぞ!」
「あっ、ちょっと待ってくださいルーク。今動かされたら吐きそ――」
ルーク様はたいそう悔しそうにそう宣言すると、ディラン殿下を引きずって帰ってしまわれた。
「ごきげんよう~」
こうして、お料理対決inレンドーン家厨房は、お料理大好き私の勝利で幕を閉じた。
勝者、私のパエリア。
敗者、ルーク様の消し炭。
犠牲者、ディラン殿下の胃。
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