第2話 お嬢様は超絶火力
「お嬢様。起床の時間ですよ、レイナお嬢様」
「う~ん。……あと五分……」
「お嬢様、本日より魔法のお稽古です。早く起きてください」
「はっ! 魔法のお稽古!」
“
「おはようございますレイナお嬢様」
「あ、おはようクラリスさん」
「お嬢様、前にも申しましたが使用人の私に“さん”はいりません」
私が前世の記憶を思い出したあの日――魔力測定の日から二週間が経った。慣れないお貴族様の生活に溶け込む合間に、私はこの世界の事を調べた。そうすると、調べれば調べるほどこの世界が「マギカ☆キングダム」の世界観そのものという事が分かった。
登場人物、国などの設定、魔法のシステム。挙げればキリがないほどの
ひとつ目は、本来魔法の才能がない
ふたつ目は、
私の知る「マギカ☆キングダム~恋する魔法使い~」は、女性向けの恋愛ゲームだ。プレイヤーはエンゼリア王立魔法学院に入学したデフォルト名アリシア・アップトンとなり、ディラン王子をはじめとした四人の攻略対象キャラクターと交流しながら学園生活を送る。
ゲームの世界に転生なんて不可思議な状態に追い込まれると、前世でネタバレ防止の為に初回限定の設定資料集を読み込んでいなかったのが悔やまれる。
けれど、気がかりな要素はもう一つあるわ。それは前世で私はマギキンを完全クリアしていないことだ。
攻略可能キャラ四人の各ルートのグッドエンド、バッドエンドを見たが、ギャラリーのスチルは四枚埋まっていなかった。ちょっとした隠しイベントかしら?
少なくともこの二つの相違点と未知の四つのイベントに注意して、エンゼリア魔法学院に入学するまでの五年――そして卒業するまでの三年の計八年で私のバッドエンドを回避したい。そして、できれば堅苦しくて陰謀に巻き込まれそうなお貴族様よりも田舎で平穏なスローライフを!
☆☆☆☆☆
レンドーン公爵家邸宅のお庭。その一画の開けたスペースで、私は魔法の授業を受けていた。
「レイナ様、今日から魔法学園にご入学までの間、少しずつ魔法の修練に励みましょう」
「はい、先生!」
魔法の訓練の先生は、
「では、手始めに《
「《火球》?」
いきなり攻撃的な感じの魔法ね。私には使いどころはないかな? でも炎を出すっていかにも魔法的で楽しそうね。
「《火球》は攻撃手段だけではなく、庶民が火を起こすのにも使いますな。まずは私が見せましょう」
そう言って先生は杖を構えた。ああ、火を起こすのに使えるのか。仮に所領を失って追放されてもサバイバルに役立ちそうな魔法ね。真面目に聞かなきゃ!
「大事なのは炎のイメージです。火の神よ、《火球》!」
おお! 先生が呪文を唱えた瞬間、ソフトボール大の火球が飛んで的に当たって弾けた。傍に控えていた銀髪メイドのクラリスが、バケツを持って消火に向かう。
これが魔法! 転生した初日に見たロボのビームとは違う、いかにもファンタジーな感じ。
「素晴らしいですわ先生!」
「ではレイナ様も挑戦してみましょう。初めて故、良くて小さな火の玉ができる程度と思いますが落ち込まれなされませぬよう」
「ええ先生。何事も挑戦ですもの。失敗してもくじけませんわ」
何事も謙虚が一番! だって私は悪役令嬢のレイナじゃなくて、平穏を望むレイナだから。
「それでは。火の神よ! 《火球》! あっ……」
唱えた瞬間ヤバいと私は思ったね。小さな火の玉じゃなかったもん。
バランスボールってわかる? びょんびょん跳ねて楽しいやつ。私が放ったのは、あれよりまだ大きいくらいの《火球》だった――。
私が放った《火球》はズドーンとかいう轟音とともに見事にお庭の一画を吹き飛ばし、大地にクレーターをつくった。
「な……なんだこのおかしな威力は……」
先生が口をあんぐりと開けたまま、お貴族相手の言葉遣いを忘れた素のままでつぶやく。みなまで言われなくてもわかる。私は元社会人、周囲の空気は読めるのだ。鈍感最強キャラ主人公とは違うわ。
私の魔法の威力がおかしいって、当然強すぎって意味ですわよね?
☆☆☆☆☆
「昨日はクラリスを巻き込まないで本当に良かったわ」
「お心遣い感謝いたしますレイナお嬢様」
お庭の一画吹き飛ばしちゃった事件の翌日。私は今、屋敷の一部屋にいる。
魔法の実践お稽古は終わった――いえ、あの後すぐにすっ飛んできたお母様に強制終了された。私の《火球》にあまりにも驚いた先生は、今後魔法の行使を極力控えるよう提案された。私もそれを了承して、今後は座学中心のカリキュラムと相成ったのであった。
そして私は学習という名の謹慎に勤めているという訳よ。私を心配してのことだけど、お怒りのお母様は実に恐ろしかった……。
「それにしてもお嬢様、本当に素晴らしい威力の魔法でした」
「ま、まあね……」
いや、女神様サービスしすぎじゃない? あの威力は何? クレーター? 恋愛ゲームの世界にオーバースペックでしょあんなもの。前世であの魔法が使えたのなら、セクハラパワハラの禿上司に撃ち込んでやろうと思ったかもしれないけれど、この世界では封印よ、封印。
鏡に映る金髪赤眼の、黙っていればお人形さんみたいに可愛い悪役令嬢レイナ・レンドーンは魔法がほとんど使えないキャラクターのはず。それがあのバトル漫画みたいな威力の魔法。女神パワー凄すぎる……。
「失礼いたしますお嬢様!」
「主のいる部屋に入るのにノックもなしとは無礼ですよ」
突然メイドの一人が慌てて私の部屋に駆け込んできた。あまりにも
「まあお説教は後になさいクラリス。それで、何の用なの?」
「そ、それが……」
「それが?」
「やあ、お久しぶりですねレイナ嬢」
「ディラン殿下! お、お久しぶりでございます」
メイドの横からすっと部屋に入ってきたのは、ディラン殿下だった。今日も笑顔がまぶしい。でも対策の定まっていない今はなるべく会いたくない相手だ。変に人生の地雷を踏みたくはないわ。しかし何の御用でしょう?
「押しかけて申し訳ありませんレイナ嬢。ですが、今日はどうしてもあなたにお会いしたいという人物をお連れしましてね」
「お会いしたい人物?」
「ええ。さあ、もう入ってもいいですよ」
「ああ。お初にお目にかかる。ルーク・トラウトだ」
そう言って部屋に入ってきたのは、ディラン殿下に負けず劣らずの美少年だった。
――ルーク・トラウト。
マギキンでの攻略対象キャラの一人。宮廷
ルークのルートはこうだ。
王国一と言われる魔法の才能がありストイックな性格のルークは、さらなる高みを目指そうと一人魔法の研究に没頭する。だが、中々上手くいかない。気分転換でうろついていた時にアリシアと出会い、彼女との交流の中で得た出来事がヒントとなって新魔法の開発に成功する。そうして愛を育んだラストでは、邪悪な魔法で暴走するレイナを二人の愛の魔法が吹き飛ばす!
……レイナを吹き飛ばす!
レイナは私。私吹き飛ばされちゃう! というかこの世界の魔法って最悪ビーム飛んでくるから、私は文字通り消し炭にされちゃうじゃない!?
「は、初めましてルーク様。わざわざお訪ねいただいて嬉しいですわ」
――嘘だ。
自分を吹き飛ばす……かもしれない人間に会いたい人間なんて、この世に存在しないでしょう。だけど今の私は公爵令嬢。大物貴族のご子息相手にそれなりの振舞いをしなければ、本来のエンディングを迎える前にバッドエンドよ。
「レイナ・レンドーン……」
ルーク様はそう私の名前をつぶやくと、じっと私を見つめる。静かだけど力強い意志を感じる瞳。ファンをとりこにしたクールな眼差しは、わずか十歳の年齢にして備わっているようだ。思わずドキリとしてしまう。
ウヒヒ、どうしても会いたいなんてまさか交際のお申込みかしら? でもだめ。吹き飛ばされたくないし、うかつなお返事はできないのよね。
「レイナ・レンドーン、俺と勝負しろ!」
「――はいっ!?」
ルーク様の力強い叫び声に驚き、思わず上ずった声で返してしまう。というか何なの、その熱血キャラみたいな申し込みは……。クールキャラはどこ行ったアアア!?!?
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