第8話☆賢者マリオス

「やはり……、少し見てくる」


 マリオス・ドローラが両目をゆっくり閉じると、それまで凜としていた空気が緩み、静かだった部屋の中に彼の声が響いた。


 向かい側に並んで座っている二人の両目もマリオスと同時に閉じられたが、二人はそのまま眠っているように静かに息を繰り返すのみ。



 パチンッ


 指が鳴らされるとマリオスが二人になり、銀糸の髪が揺れると部屋が幾分明るさを増したように見える。


 指を鳴らしたマリオスは椅子に座り両目を閉じたまま。


 新たに現れたもう一人は、座るマリオスの膝から白ネズミのキートスを優しく手ですくい上げると自分の肩に乗せてから白フクロウに問うた。


 こちらのマリオスの両目は開いており、左目は紫、右目は深い藍のまま虹彩もやや濃くなっていて、楽しそうに目元を下げた。


「アークスも行くかい?」


 白フクロウがキョロンと首をかしげなから、問うて来たマリオスを見返しそのくちばしを開けるより先に、座るマリオスが返す。


「おや、僕を一人にさせるのかい?」


「アハハッ! つい先ほど聞いたような言葉だね。 僕はそんなつもりで言ったんじゃないよ。

 たまにはアークスもどうかと思ったんだけど……。 君が寂しがるみたいだからやっぱりキートスだけ連れて行くね。

 さ、行こうか」


 黒いローブの肩からフードの中に場所を移そうとしていたキートスを撫でる。


「はい、アタシはフードの中にいさせてもらいますね」


 気持ち良さそうに目を細め、ヒゲをヒクヒクさせながらキートスは答えるとフードに入った。


 フードに軽い重さが増えたのを感じて微笑むとパチンと指を鳴らして姿を消す。


 目を閉じて同じ間隔で静かに息を繰り返していた二人の呼吸が、その瞬間、呼吸一つ分ずれたがすぐ元に戻った。


 残ったアークスはまた首を傾げる。


「どこへ?」


「マルクスクの支店だよ」


「何かありましたか?」


「うん、何かあったかな?」


「…………」


「……」


 座るマリオスとアークスはしばらく話をしていたが、やがてマリオスが閉じている視界へと意識を向けて視始める。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ここだね」


 こちらに来る前に何度か寄り道をしてしまったが、目的地に跳べたようでなにより。



 --マルクスク商会アジャンダ支店--



 その入り口に景色が重なるように黒いローブ姿のマリオスが立っていた。


 突然現れたマリオスだったが、店への出入りが多いせいなのか特に誰かが気付いて騒ぐ様子はない。


 マリオスは店内に入るとぐるりと見渡し、ある一画を確認すると、そことは別の方向へ進んだ。


 子供用のオモチャが並んだスペースをあちこち見て歩いては止まり、歩いては止まり、時々顎に手をやるのは考え事をしているかのようにみえる。


 立ち止まったのは木彫りの動物シリーズの棚の前。


 ウサギ、熊、リス、狼、鹿、猫、犬、猿など、精巧に彫り出され、大小のサイズ違いもあり、これらは大人でも欲しがりそうだ。


 残念ながらフクロウとネズミは見当たらない。


 その棚の一番下段には選んだ動物を入れるカゴが置いてあり、『品物をお入れください』と貼り紙がしてあるのだか、その中には本物の猫が入り込み、丸くなって寝ている。


 ブルッとフードが揺れたのでマリオスはフードをポンポンと下から軽く叩いて「大丈夫だよ」となだめる。


「やっぱりね」


 棚ではなく斜め上方を目を細めて見つめ、指先で唇に触れながら頷く。


「マリオス様? あら? あちらではなかったので?」


「そうみたい。 少しよくてみないと………帰ろう」


 うんうんと首を縦に振り一人納得したように頷くとパチンと指を鳴らした。


 黒いローブの男が突然消えたはずだが、やはりざわめき生まれなかった。


 もとからマリオスの存在自体がそこにはなかったかのように。


 棚の下段、カゴの中の猫は先ほどと変わらずのんびり丸まって眠っている。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 部屋のマリオスが二人に戻った。


「「お帰り(なさい)」」


「「やっぱり居(まし)たね」」


 居残り組のマリオスとアークスがお出かけ組のマリオスとキートスに言った。


「「ただいま(戻りました)」」


「「居(まし)たね」」


 お互いに声が揃ったことをクスクス笑っているが表情は若干渋くなっている。


「他に影響はあるかな?」


 問いつつフードからキートスをすくい出すと座るマリオスの膝に戻す。


 膝に戻ったキートスを撫でながら反対の手でパチンと指を鳴らすとマリオスは一人になった。


「さて。 では続き……だね」


 そしてマリオス・ドローラは再びゆっくりと両目を開いた。




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