第6話☆耳飾り
チリン
耳元で聞き慣れた音がした。
この耳飾りは、マルクスク商会の上役達が、それぞれの後継者にふさわしいと認めた子供が13歳になる誕生日に渡すものだ。
俺は父から受け取った。
彼の後継者として商会をまとめる立場になる予定ではあるが、現在はアジャンダの警備隊に所属して俺自信の繋がりを築くために奮闘中というところ。
親の七光りなんてものはマルクスク商会にはない。
耳飾りを付けた後継者達は情報交換し、お互いを助け合いながら各自足場を固め、マルクスク商会を守るために努力している。
商売をする上で、情報は
※ ※ ※ ※ ※
先日の国境警備隊と冒険者たちとのトラブルに関係する報告書が出来上がったので、ギルドへ持って行った帰り、並んで歩いているマルクが肘で脇腹をつついてきた。
「イドロス、いい加減その眉間のシワを伸ばせよ。 さっきからすれ違う人が離れていっているレベルの威圧的だぞ」
「……わかってる。 だけど、うちの商会のことを誰かが聞いて回ってるのは気になっても仕方ないじゃないか。
この制服は俺達国境警備隊のものだとみんな知っている。
そんな制服を着たやつが、あちこちに聞いて回っているなら、なにかあったのかと疑うやつが出てくるのが普通だろう。
街の噂は広がりやすい。 そいつはうちに悪い印象を与えて商売の邪魔でもするつもりなのか?」
国境警備隊の制服を着た人物が、最近マルクスク商会について聞いて回っていると聞いたのはつい先ほど。
ギルドのサブマスターから。
「マルクスク商会で珍しい品物を買った人物を知らないか」
「マルクスク商会で売っている珍しい品物の情報はないか」
そう聞いて回っているやつがいるらしい。
「そもそも、もとからうちはよそにくらべて変わった品物が多い。 それを珍しいものだと言われてしまうのか?
もちろん定番の商品だって商人ギルドに登録している職人達から仕入れている。
商売は信頼で成り立つんだから不審な目を向けられるのは気分が悪いな」
「サブマスの話だからって頭から信じることはないだろ? それだって噂話として聞いたと言っていたんだし」
「それでも気に入らないのは気に入らない。 うちはみんな真面目に商売してるんだよ」
国境警備隊の同僚達は、俺がマルクスク商会の仕事もしつつ警備隊の仕事についているのを直接悪く言う者はいない。
でも本心は?
疑いだしたら始まらないが……。
いつもの癖で、なんとなく耳飾りを触りながら大きく息を吸って吐きながら肩の力を抜く。
「ま ぁいい。悪かった。
叔父の商隊が来てるときにゴタゴタするのはいただけないが、もし何か問題が起きたら仕方ない。 その時に対処するさ……。」
「あぁ、それに、俺達が逆にそいつのことを聞いて回れば、ますます余計な噂が広がるだろうし。
ところでイドロス、前から聞きたかったんだが、その耳飾りって規律違反にならないのか? 隣にいると視界に入ってかなり気になるんだが……」
俺の威圧感がおさまったのか、ほっとした表情で俺の考えに賛成したあと、視線を俺の耳元に向けたマルクが指差しながら聞いてきた。
「気になるか? これをつけ始めた頃になんとなく触っていたら癖になったみたいだ。
これについては入隊するときに報告してあるから規律違反にはならない。
ほとんど知られてないが、これはマルクスク商会で持っている者達の身分証明にもなる。 さほど困るわけではないが……言いふらすなよ」
「げっ! 聞いたら不味かったか? すまんっ」
慌てて頭を下げるマルクに苦笑いしながら答える。
「いや、そこまで隠してる訳じゃないから大丈夫だ。
それに、そういう使い方をするようになったのも数年前からだから、知らない方が普通だな」
「そうか。 確かに耳飾りが身分証明になるなんて初めて聞いた。
何に使えてどう便利なのかは良くわからないけど、恐ろしく値段が張りそうなのはわかった」
「ハハハッ! 値段は聞かない方がいいだろうな」
「やっぱりか! …………ふむ」
「なんだ?」
「……いや、さすがにマルクスク商会はすごいな……」
「お、今さらか? いろいろ買ってくれてもいいぞ。 同僚だからと値引きはしないが」
「ちっ。 ダメか」
「ハハッ、あからさますぎるだろ」
ギルドでの不快な噂についてはとりあえず保留にして、今日はこれからギルドからの書類の整理。
早くしないと残業になりそうだ。
「とりあえず戻ったら気合い入れて書類整理だな。
サブマスが冷や汗かいてたの見たか?
これだけの量をまとめて渡すんだから何かしら言われると緊張してたのかね。
しかし、ギルドマスターもしっかり溜め込んでたなぁ」
「はぁ、俺達みたいにその都度報告するなんて、あちらには無理にしても、これは……」
俺が抱えている、二の腕にずしっとくる量の紙の束を入れた包みに視線を落とし、続いてお互いの顔を見るとと同時に溜め息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……、ん……」
「お疲れですか?」
「いや、……続きを」
「はい」
膝に乗っている白ネズミのキートスが右手で撫でられている。
肘掛けに置いた左腕にとまり尋ねた白フクロウのアークスがマリオスに頷く。
【裁きの賢者】マリオス・ドローラ。
彼の目に映る二人の物語へと再び意識を戻す。
触れ合うことで可能になる意識の共有と補助。
両者が向かい合って座る部屋の中には息づかいだけが聞こえていた。
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