第5話☆マルクスクの支店・2

 店の前でマルクと出くわしたのには驚いた。


 マルクには不運だっただろうが、シャイナが不在だったので奴とは店内で別れる。


 叔父に挨拶に来たことを勘定コーナーに立つ顔見知りに言伝てを頼むと、少しして店の2階に行くよう言われた。


 勘定コーナーの奥にある扉から入って2階に上がり左へ。

 廊下の一番奥の扉をノックすると返事があったので入る。


 部屋には低いテーブルとそれを囲うように一人用ソファーが3つ、三人用ソファーが一つ置かれ、その奥の大きな机で書類に目を落としていた人物に挨拶する。


「叔父さんこんにちは、お久しぶりです。叔母さんはお元気でしたか?」


「イドロス、久しぶりだな。カラルドにいる者達は皆、元気にしているよ。

 お前も元気そうだが、先日うちの商隊が門を通るときには見なかったが夜勤だったのか?」


「…………いましたよ。叔父さんの商隊が到着する前に、街から出る冒険者と警備隊との間で少しいざこざがありまして、そちらの後処理に時間をとられていました。

 それよりシャイナも連れてきたんですね。

 同僚が一目惚れしたから紹介してくれとしつこくてしか仕方ないくらいなんですよ」


 話をしながら進められたソファーに座り、叔父と甥の気安い会話をしていると、ノックが聞こえて紅茶をトレーに乗せたシャイナがニコリと笑ってから嬉しそうに入って来た。


 トレーの上に紅茶は3つ。


 シャイナはそれを叔父、イドロスの順番にそれぞれの前に置いてから自分の分を手に持ち、イドロスの椅子の背に腰かけてからトレーを椅子とイドロスの背中との間に納める。


「……!……!」


 紅茶を持っていない方の手でイドロスの肩をパンパンと叩く。とても嬉しそうに。


「シャイナ……。久しぶりにイドロスに会うとはいえ、女性としてもさすがにそれは失礼だろう?こちらに座りなさい」


 イドロスの背中の後ろからトレーを抜き出すと机の隅に置き、イドロスの隣の椅子に移動する。


 座った拍子に顔にかかった赤茶色の横髪を後ろに払う。


 腰まで伸びた背中側の髪だけ目の色と同じ明るい緑色のリボンでまとめている。


「…………(ニコリ)」


 イドロスの前の紅茶に掌を向けて、どうぞと伝えるように微笑む。



 シャイナは10年前、兄が亡くなった時の爆発で破片が喉を傷つけ声を出すことが出来なくなっていた。


 兄の伴奏で大好きな歌の練習中だった。



「ありがとう。いただくよ。…………。

 うん、シャイナ、相変わらず紅茶にあった入れ方が完璧だね、美味しいよ」


「…………。あぁ、本当に美味しい。

 疲れたときにシャイナの紅茶を飲むとホッとすると私が妻に話していたら、シャイナが今回の仕事に付いて行くと願い出てくれたんだよ」


「それで本当に連れてこられるとは。

 本音は叔父さんがシャイナと離れたくなかったんじゃないですか?」


「…………(チラッ)」


「それもあるさ。アハハハハ」


「…………(ニコッ)」


「ですよね。ハハッ」


 叔父はの名前はトラベルト・マルクスク。


 俺の父より5つ下の40歳。


 叔父一家はとても仲が良く、明るい雰囲気を周りにも与える素晴らしい家族だ。


 声が出なくなったことを知って、塞ぎ込んでいたシャイナが、今ではこんなに楽しそうに笑えるほどになったくらいに。


「そういえばシャイナ、今日は出掛けてたんじゃないのか?

 下で聞いたときにそう言われたんだけど」


「…………(頭をブンブン)」


「じゃぁ勘定コーナーにいた彼の勘違いだったのかな?

 あ、下にはいないと言うことだったのか!」


 ぶつぶつと呟いて一人で納得。


「シャイナはこの街に来てからはずっと私の手伝いをしてくれてるんだよ。

 初めて連れて来たから街を見て歩きたいだろうに。

 でも私はとても助かってるよ。フフ、ありがとうシャイナ」


「…………(ニコニコ)」


 あぁ、この親子には本当に癒される……。


 それからしばらくお互いの近況報告をしたり、兵舎へ納入する品物の話などをしてから別れの挨拶をする。


 その後、シャイナが店の入り口まで送るというのを断るのは本当に辛かった。

 理由はもちろんマルクに会わせたくないから。




 ※ ※ ※ ※ ※




 イドロスは店内にマルクが見当たらないので先に帰ったのだろうと考えて外へ出た。


「イドロス、話はおわったか?」


 出入りの邪魔にならない場所にいたらしいマルクが、満面の笑みを浮かべて近づいてくるのを見て後ずさった。


 もともと整った顔立ちなので、少し慣れて来たぐらいでは笑顔が追加されたキラキラ感に圧倒される。


「今日は彼女には会えなかったけど良い買い物が出来たから満足したよ!

 しかもお前と一緒に入って来たのを知っていたみたいで、ありがたいことに少し値下げしてくれたぞ!ありがとう、イドロス!」


「そ、それはお役に立てて良かった。

 ん?その剣か?いくら値下げしてくれたとはいえ、さすがに思いつきで買うには値が張っただろ?」


「いや、は出会いのタイミングをはずしたらダメなんだよ」


 新しく手に入れた剣を掲げて含み笑いをしたマルクと、彼に対し良くわからないと眉を潜めたイドロスの二人は、並んで兵舎に戻っていった。

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