第4話☆マルクスクの支店・1
「イドロス~。昼飯おごってやろうか?」
マルクが街の食堂で俺をみつけるなり声をかけてきた。
「いらないよ。だいたい、今、俺は、昼飯を、食べている最中だ!」
賑やかな食堂でもちゃんと聞こえるよう区切って、大きな声で耳元で答えてやった。
「だいたい、どうして休みにまでお前と一緒に昼飯しなきゃならないんだ」
シャイナを紹介して欲しいとマルクが言い出して三日目。
いい加減鬱陶しい。
一目惚れなんて信じられるか。
マルクから女性に声をかけたことはほとんどないらしい。
他の兵士達から、店で一人飲みをしてるマルクが女性から声をかけられて一緒に店を出ていったと、悔しそうに話すのを聞いたことが何度かあった。
来るものを拒まないにもほどがある。
だからシャイナに一目惚れしたと聞いて信じられないのだが、こんなにしつこいと判らなくなる。
でも、せっかく叔父達が来ているんだから、昼飯を食べ終わったらちょっと顔を出しに行ってこよう。
滞在予定は一週間しかないらしいしな。
※ ※ ※ ※ ※
あの赤茶色の髪と耳飾り……。
アジャンダにいたはずの女性がカラルドからの商隊と一緒に国境を越えて来た。
記録を見れば俺に声をかけたときは
出入りの記録がないのに、どうやってカラルドに戻った?
名前…シャイナ…マルクスク
年齢…17
性別…女
居住地…カラルド
魔力値…3760
国境通過日時…5月4日 2時(1)
犯罪歴の有無…無し
彼女達が来た日の交代前、商隊の記録をひとまとめにする途中で確認した記録だ。
国境通過日時は俺が警備担当をしていた日の2時。
教会が東側から出たのとともに鳴らされるのが1時の鐘。
太陽が南東にある時間が2時、太陽が真南で3時、南西が4時、西に沈むと5時。
時間の数だけ鐘が鳴らされる。
日時の後ろにあるのは
ランダスタール国に来たときが奇数、出るときが偶数になる。
彼女は1回目。
商隊は街の大通りにあるマルクスク商会の支店に滞在していて、運んできた荷物を下ろしたり、支店にランダスタール中から集めた品物を積み込んだり、他に目新しい品物がないか見て回ったりしているようだ。
今週は昼間の勤務班なので、ここ2日、毎晩いつもの店で飲んでいる。
いつもと違うのは向かいの店が見えるテーブルについていること。
彼女はあれから来ていないようだ。
「マルクスクの支店に新しい品物が入ったらしいぜ、明日のぞきにいこうと思ってる」
「本当か? 俺も行って来ようかな。
先日かなりいい獲物をしとめたんだが、剣の具合が悪くなっちまった。買い換え時だな」
右後ろのテーブルから冒険者らしい奴らの聞こえてきた。
「そうだな、マルクスク商会の品物なら安心だ。まぁ、値段は交渉しだいだろうから頑頑張るんだな。
俺は解体用のナイフを
「おうっ、もうそんな歳になってたのか?
「そうよ。親バカと笑うだろうがアイツの筋は良さそうだ。ガハハハハハッ!」
アジャンダは国境の街。
隣国の街カルストまでは緩やかだか山越えをする必要があり、山には野獣や魔獣が出没して商人や旅人を襲うことがある。
それらを冒険者ギルドが指示して退治したり護衛させるため、この街には冒険者も多く滞在している。
「剣と解体用ナイフ以外にも掘り出し物がなあるといいな」
俺ものぞきに行ってみよう。
※ ※ ※ ※ ※
食堂が昼飯時のピークを過ぎたころ、マルクスクの支店の前でマルクとイドロスの二人は合流した。
イドロスは頭を抱えそうになったが首を振るに留めた。
「イドロス!ようやく紹介してくれる気になったのか!」
ニカッと嬉しそうに笑いながマルクが肩を叩いた。
「…………。違う、ここで会ったのは偶然に決まっているだろう!
だが……、会ってしまったなら仕方ないな、一緒に入るか?」
「もちろんだ!」
大通りに構えるマルクスクの支店は周りの店舗の2倍近い広さがあるが、店に入ると用途ごとに品物が分けて置かれているため目的の品物を探しやすい。
マルクが入り口近くに置かれた品物を見ていると奥に行っていたイドロスから声がかかる。
「残念だったな、シャイナは出かけているらしい。
俺は叔父に挨拶してくるから、マルクは買う物がなければ先に帰ってくれていいぞ」
「そうか、ようやく紹介してもらえると思ってたのに残念だ。
ふむ、でもせっかく来たんだからしばらく店の中を見させてもらうさ」
マルクは昨夜の冒険者達の会話が耳に残っていたので武器、武具コーナーを見ることにした。
武器、武器コーナーの品揃えは圧巻だった。
コーナー脇には体格の大きな強面の男が二人おり、扱う物がものだけに厳しく警備している。
剣術好きのマルクが見るのはやはりというか剣類の棚。
抜き身の剣と鞘が並べて置かれている。
自分のと同じぐらいの長さの剣を選び、強面達ではなく店の前掛けをした男性に頼んで持たせてもらうと、空間を少し広く取られた場所で試してみる。
握りの形と太さ、片手で持った時の重量が予想以上にしっくりくる。
「この剣いいね。私のために作られたかのようにしっくりきます」
店員相手なので丁寧に話しかける。
「さようですか、それは良いことでございます」
店員も嬉しそうに答えてから続ける。
「最近はこの手の剣を買い求められるお客さ様が多くいらっしゃいますので、この支店でも近いうちに品薄になるかもしれません。
いい品物はなかなか数をそろえて手に入れるのが難しいですので」
申し訳なさそうな顔をしながら、購入するなら今ですよと言外に伝えてくるのは商売人の技。
内心苦笑いしつつ、良い剣に出会えたのは嬉しいので購入を決める。
「これだけの品揃えと品質の維持を思えば数を揃える苦労は測りきれない。
この剣に出会えたのも縁。いただきましょう」
良い買い物をしたと新しい剣を手に持ち、ホクホクしながら店を出ようとすると入ってくる客とすれ違う。
昨夜の二人組らしく、片方の男が「倅のナイフが先だ!」とマルクが先ほどまでいたコーナーへ向かって行く。
何気なく振り向くと、勘定コーナーの奥の扉からイドロスが出てくるのが見えたものの、出入りの邪魔にならないよう店の外に出て待つことにした。
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