第3話☆イドロスの物語
イドロス・マルクスクは商会を経営する両親の元に次男として生まれた。
マルクスク家は親族の絆が強く、手堅く広く商売をしており、 複数の国々から頼られるほどの資産家一族でもある。
王家の結婚式であれば、華やかな婚礼衣装、パレードで撒かれる大小色とりどりの花びら、披露パーティーのワイン、控え室の紅茶の葉等々、売り物になる物ならほぼ全てをマルクスク商会は手配することが出来る。
扱ってない物はないと噂されている。
マルクスク家の子供達は直系から傍系まで3歳になると集められる。
その場所はマルクスク学園とでも呼んでいいかもしれない。
広大な敷地に建つのは、彫刻された太い柱でささえられた真っ白い二階建て。
200メトル近い横幅がある大きな建物。
この建物で3歳から12歳までの10年間をかけ、商売に必要な知識とたくさんの技術の基本を身につけ、その後は一族のために向上心を持って生きていくことを望まれる。
イドロスは本家の直系ではあるが、ここでは商売人として自立出来るか出来ないかが必要とされるので、他の子供達と等しく扱われていた。
たくさんの知識、技術を身に付ける中で、イドロスが特に興味を覚えたのは算術と剣術。
算術は、数字が数字と出合うと形を変えてしまうのに、最初の数字の存在を必ずどこか別の場所で見つけることができる。
それを見つけるのが面白かった。
剣術は、基礎体力をつけるための毎日の訓練は大変だけど、相手に予想をつけさせない動きをいかに身に付けるか、 どうすればより素早く相手に剣を届けられるのか、身体を存分に駆使して工夫するのが楽しかった。
マルクスク学園には歳が3つ離れた兄のタタルスも滞在していた。
学んだことがわからなくなったり出来なくて悔しくなると、歯を食いしばってタタルスの部屋まで駆けて行き、しがみついて大泣きしては翌朝までタタルスのベッドで過ごすことがあった。
泣き過ぎて腫れた目をタタルスが笑いながら冷やしてくれた。
イドロスは兄の笑顔が大好きだった。
イドロスが9歳、タタルスが12歳の年の冬の午後、マルクスク学園に爆音が響き建物が揺れた。
建物中央のホールに置かれたピアノが爆発したらしい。
驚き、急いでホールまで走る。
ピアノが置いてあった場所の辺りにたくさん、少し離れたどころに数人の大人が集まっていた。
ピアノを弾いていたのはーーー兄、タタルスだった。
翌日予定されていたマルクスク学園での冬の楽しみ、《雪の森祭り》で毎年みんなで歌う曲の伴奏の練習中だった。
大人達の一人が集まって来ていた子供達に指示をだした。
それぞれ部屋に戻って連絡があるまで静かに待つようにと。
しかし、イドロスは指示に従えなかった。
「兄さんっ! タタルス兄さんっ!」
叫んで近寄ろうとしたが、強い力で後ろから抱えられた。
涙が止まらない。
あそこに兄さんがいるのに。
兄さんは大丈夫だよね。
兄さんっ!
抱えた腕に瞬間的な力が入るとイドロスは気を失うのがわかった。
兄さん……。
兄の遺体は損傷が激しかったため、
知らせを聞いて駆けつけて来た両親は、タタルスの姿を見ることも出来ない悲しみのせいで声をあげることも出来ず、互いに抱きしめ合うと肩を震わせていた。
イドロスは両親の代わりに棺にしがみついて泣き続けた。
目を冷やしてくれた兄もうはいなくなった。
ピアノには、指定された順番に鍵盤を押すことで爆発するように、複雑な魔術の仕掛けが施されていたと宮廷魔導師局の調べでわかったと、マルクスク学園宛に書類が届いた。
強くなるんだ。
知識と技術を身につけて、自分と大切な人達を守らなくては。
これからは泣かない。
強くなるんだ。
みんなを守るんだ。
※ ※ ※ ※ ※
「なぁ、頼むから紹介してくれよ。
俺とイドロスの仲じゃねぇか。俺だけじゃ無理なんだって!」
「知らないよ。だいたいマルク、
マルクが今、俺に頼んでる時点で利用してることがわからないのか?」
マルクは今日の昼間、国境を越えて来たうちの商隊にいた女性ーーー俺の従妹のシャイナに一目惚れしたらしい。
商隊は隣国トルドザールの国境の街カラルドからやって来ており、アジャンダには一週間ほど滞在する予定。
シャイナは商隊長の娘。
つまり商隊長は叔父。
手っ取り早くお近づきになるため紹介してくれと騒ぐわけだ。
大切な従妹に近づけるわけないだろう!
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