第1話☆国境の街

 太陽が西に傾き始め、教会の鐘がアジャンダの町に響き渡る。

 アジャンダはランダスタール国の東端に位置し、隣国のトルドザール国との国境の街。


 鐘の響きが終わると、国境の大きな門扉がギギギーッと蝶番を鳴らしながら閉じられた。

 門を守備していた兵士達は交代班が到着すると引き継ぎ事項を伝え、相手の復唱に頷くと城へと戻っていく。


 国境の出入りは審査が厳しいのはあたりまえなのだが、今の国王の3代前の国王に仕えた大魔導師ダーメルが作り上げた魔力審査道具チェッカーのお陰で、このランダスタール公国の国境審査は他国に比べ、早くて正確である。

 魔力審査道具チェッカーで判明するのは以下の項目。


 名前

 年齢

 性別

 居住地

 魔力値

 国境通過日時

 犯罪歴の有無


 これらの記録は一人一人が持つ魔力を魔力審査道具チェッカーに流すことで記録用紙に転記される。

 実はその時流された魔力は、判明した記録とともに魔力審査道具チェッカーから首都ランダルにある宮廷魔導師局に設置された大きな魔石柱に送られ、国の全ての国境からの情報として集められているらしい。




「今週の夜勤はラクそうだな。

 今夜の月は隠れてしまっているが、しばらくはひどく崩れることはなさそうだし、どこかのお偉いさんが立ち寄られる予定もないみたいたぞ」


「本当か?それなら確かにラクそうだ。

 まぁ予定は未定とはいえ何があってもしっかり対処出来れば問題なしだな」


 門扉の上部、街の外壁上部と繋がる通路、焚かれる松明と松明の中間に背中合わせで立つ兵士達に巡回の兵士が声をかけていった。

 こんな会話はしてはいるが、しっかり街の内外を見張っている彼らの視線は厳しい。

 ここは国境である。

 隣国だけではなく他の国からの間者を国境で防ぐのは彼らなのだから。


「そうだな、しっかり対処な」

 街の内側を見張る兵士は自分達とは離れた位置まで立ち去った兵士の方を確認すると、小さく口元を歪めながら呟くと振り向く。


「っ!……何をっ!…………っ、うぐっ……。………………」


 突然、甲冑の右脇の隙間に短剣が突き刺され、喉から血が吹き出す。

 崩れ落ちそうになりながらも自分を刺した仲間の首に手をかけてそのまま持ち上げる。


「あぐっ、ぐぅぅ…………」

 首にかかった手をはずそうともがくものの、想像以上の強い力にそれははばまれる。


「な……ぜ? どうして……?」

 低く唸るように血に濡れた口から声を絞り出し、信じられない現状をどう判断すればいいのかわからず、体を震わせて首とは反対の拳をギリギリと握りしめる。

 その目は雲間に見える月を映していた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「なぁ、頼むから紹介してくれよ。

 俺とイドロスの仲じゃねぇか。俺だけじゃ無理なんだって!」


「知らないよ。だいたいマルク、魔力審査道具チェッカーの記録を個人的に利用するのは重罪だって知ってるだろう。

 マルクが今、俺に頼んでる時点で利用してることがわからないのか?」


 先月この街に配属されたマルクとは兵舎では相部屋になり班も一緒。

 そのマルクからの頼みに眉をひそめて断りを入れるイドロス。


 マルクは今日の昼間、国境を越えて商売をしに来た商隊にいた女性に一目惚れしたらしい。

 その商隊は隣国トルドザールの国境の街カラルドからやって来ており、アジャンダには一週間ほど滞在する予定を届けていた。

 お目当ての女性は商隊長の娘で、商隊長はなんとイドロスの叔父であった。

 つまり女性とイドロスは従兄妹。

 手っ取り早くお近づきになるため紹介してくれと騒ぐわけだ。


「イドロスは俺が記録を見なかったら彼女のこと教えるつもりなかっただろ?」


「当たり前だ。マルクがもう少しマシな生活してたらわからんけどな。

 リサとかいう人とはどうなったんだよ?」


「リサとはもう会ってない。呆れられたんじゃないか?」


 振られてもまったく堪えてないどころか、またすぐ次に目を向けたマルクを見て呆れるしかない。

 だいたいマルクはこの街にに来てたったの一月で、何人の女性とよろしくしているのやら。

 そんなやつに従妹を紹介できるか!



 ※ ※ ※ ※ ※



 街の外壁に一羽の白いフクロウが舞い降りた。

 マルクとイドロスは状況を忘れてフクロウに視線を向けるとビクリと体が痺れるのを感じて座り込む。


 フワンッと空間が揺らぐと、座り込んだ二人の前の通路をふさぐように木製の扉が現れた。


「ピーーーーッ!」


 フクロウが鳴くと扉が開き、二人はずるずると中に引きずり込まれていくが、痺れているとはいえ反抗する様子は見られない。


 部屋の中にはローブを頭から被った人物が一人座っていたが、二人にも座るように向かい側に並ぶ椅子を指差す。

 よろよろと椅子に腰掛ければ体の痛みや違和感が消えた。


「さて、二人の物語を聞こう」


 フードを上げた顔には左右で色の違う瞳。

 マルクとイドロスはそれぞれ違う色の瞳に捕らえられた。




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