裁きの賢者と裁きの部屋~人々の物語~

金色の麦畑

プロローグ☆裁きの賢者

「っ!……………………っ!」


 真っ暗になった部屋が明るさを取り戻すと、先ほど聞こえた何かの声と気配は跡形もなく消え去った。


 部屋に残るのは部屋の主人と一人の客。

 壁から生えた樹の枝にとまっている大きな白いフクロウと白いネズミ。

 そして座る者がいなくなった椅子が一つ。


 部屋の主人は部屋の中だというのに、全身を覆う大きめの黒いローブを羽織っているもののフードは被っていない。

 隠されていない髪は月光に染められた銀糸のように輝き、左肩のあたりを紐でゆるくしばられている。

 左目は濃いめの紫で虹彩に銀が混じっている。

 右目は海の底のような深い藍で、こちらも虹彩に銀が混じっている。

 目元は少し下がっているため親しみやすくみえるものの、今は彼が纏う空気がピリピリしているので笑みを浮かべる唇と同じく違和感しかない。

 その存在と空気感の違和感はしばらく続いてからするりと解かれた。


 それと同時に座っていた客は立ち上がり部屋の入口へと歩き出す。

 その表情はなんの感情も表しておらず、体の動きも操り人形のようにギクシャクしたもの。

 客は挨拶のために振り返ることもなく扉を開けて部屋を出ていった。



「今回のは新しい物語ですか?それとも追加要素ですか?」

 白ネズミのキートスが聞いた。


「追加要素だろうな。いままでの物語に似たような要素があっただろう?それの補強となるだろう」

 白フクロウのアークスが答える。


「まぁ、そうなるだろうね。僕はあちらに送るだけの役割だから、その先のことはどうでもいいけど、今回のは追加要素としてもたいしたことはないだろうね」

 部屋の主人のマリオス・ドローラはそう言うとパチンと指を鳴らす。

 音が部屋全体に響くと部屋にはの姿が現れ、そのうちの一人がもう一度指を鳴らすと部屋にはが残った。



「記録は保管しておくがロックはいらないか?」


「いらないね。他に大きな影響をあたえるような話でもなかった。影響があってもそれはそれで面白くなれば喜ばれるだろうしね。似たような物語はつまらい」


 小指の先ぐらいの丸い玉をしまいながらアークスが問うと、マリオスは手を振って答えて笑う。


 物語のストックはたくさんある。

 今回はどれが選ばれたのか?

 それはわからない。


 人は生きている間に経験したことを、その人の物語として記憶して保管している。

 だが時として他の人の物語に横槍を入れようとする者が現れる。

 そしてその者は自分が正しい、自分は間違えてないという意識の力が強いため、標的にされた人の物語が壊されそうになることがある。

 それを裁き、物語の選定をして見極めるのが【裁きの賢者】であるマリオス・ドローラ。


 数多の物語は天空に保管され、完成された力ある物語はやがて、不完全な他の物語を要素として取り込み、しだいに拡大していく。

 そしていつしか一つの世界が生まれる。

 選ばれ、成長した物語を紡ぐために。

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