Track.9-20「異世界人なんだ、俺」

   ◆



「使用者登録をする。ここに手を置いてくれ」

「はい」


 コーニィドが具現化させた円筒状の機械の天板に刻まれた手形に自らの右掌を重ねる芽衣。

 天板が赤く輝き、その光はやがて橙、黄、緑を経て青色に変わる。


『登録完了――続イテ、声紋登録ヲ行イマス』

「――やっぱり何処か、懐かしいですね」

『登録完了。使用者登録ヲ完了シマシタ』


 そしてややぎこちない笑みのまま、芽衣は白砂の地面に突き刺さったままの刀を取り上げる。


「鞘から抜く時の――」

“実装”パーミッション


 鞘に掘られた直線的な溝に青い輝きが走り、芽衣はサイバーパンクな外見デザインの刀を抜き放つ。

 一瞬呆気に取られたコーニィドだが、その表情は直ぐに綻んだ。


「――銘は“風輪”フウリン。特殊機能は戦輪チャクラム状の斬撃を最大5連射で射出できる。特殊起動式は“そよげ”。後は何か質問はあるか?」

「ううん、大丈夫――“風輪フウリン終結”ターミネイション


 刃紋と同時に殺傷能力を失った刀を納めた鞘を大事そうに両手で握る芽衣。具現化した円筒状の機械を再び固有座標域ボックス内に納めたコーニィドは、芽衣を連れて目標の建造物を目指す。


「俺が聞いて知っているのは、この世界が同じ時を繰り返していること。そして、この周回が最後だってこと」

「最後……?」

「そう――世界の時を繰り返していた張本人は、もうこの世界にはいない。でもそいつの目的は、……」

「目的は?」

「……お前が、笑うことだってよ」

「え?」


 思わず芽衣は立ち止まってしまった。

 その様子に同じく立ち止まったコーニィドは振り返りながら言葉を続ける。


「で、俺がそいつの遺志を継いで――っていうか、無理やり押し付けられて、今ここにいる。悪いが、今日この日この時に君たちが狙われるよう仕向けたのは何を隠そう俺と俺の協力者だ。ぶっちゃけ、この最後の周回に関しては俺が黒幕クロマクだって言ってもいいくらいなんだ」

「ど、どういうこと、ですか?」

「……この異世界を創ったやつを、始末しなければいけない。そいつの目的が、君と君の友達のなんだよ」

「霊基配列……」

「何でそれを狙っているかまでは聞いていない。でも、俺の協力者曰く、それは間違いないらしい。んでもって今日、そいつを始末しきらないと、次は確実に君も、君の友達も霊基配列を奪われ、この世界から抹消されてしまう」

「そんな……」


 再び歩みを再開した二人は砂地の上を行きながら言葉を交わす。

 昼間のような明るさにも関わらず、黒く塗りつぶされた空は白亜の世界を照らし続けている。


「コーニィド・キィル・アンディーク」

「え?」

「俺の名前。長ったらしいだろ?」

「えっと……一発で覚えられない程度には、長いです」

「ははっ――異世界人なんだ、俺」

「え、ええっ!?」

「はは、面白い顔――でもこの世界に来て良かったぜ」

「……何でですか?」

「君の笑顔が、見れたからな」

「……はい、あたしもそう思います」


 コーニィドは自らの世界に起きた出来事を語って聞かせた。

 もう存在しない魔術師から受け継いだ黒い匣の記憶により、この周回では異世界からの来訪者を予測し、黒い死の奔流を放たれる前にそれを撃退することに成功している。

 だから彼の住まう世界は滅びず、車輪の公国レヴォルテリオも無事だ。

 彼自体はその功績もあり、国民からの厚い支持を受けて見事に王子から王へと昇格クラスアップを遂げ、しかし異世界調査の基盤を急ピッチで整えると、僅か3年という短い期間で退位し、現在車輪の公国レヴォルテリオはケインルース・アルファム・ランカセス・レヴォルテリオというより若い才子が王位に就いている。


「で、俺は“異世界転移”エクスサイドシフトっていう魔術でこの世界に来て、君の叔父さんと出会った。まぁそれはぶっちゃけ、狙ってやったことなんだけどさ――でも君の叔父さんのやろうとしていることには、ビジネスパートナーとしてちゃんと協力させてもらうつもりだよ」

「異世界……支援、ですか?」

「そ――今まで色んな異世界を見てきた。こんな風に攻め込んでくるものもあれば、偶発的に事故って飲み込んで……俺もそうだったけど、異世界侵攻は侵攻されてからぶっ潰すっていう、後手後手の対策しか無かったんだよ、思いつかなかった。だから、そもそも異世界を創り上げる魔女自体をどうにかするってのを考えついた君の叔父さんは凄いよ。革新的だ」


 身内は身内だが、芽衣にとって世尉はぽっと出の新顔だ。これまで生きてきた16年間には存在しない、今でさえその血縁が嘯かれていないか訝しむことさえある親戚だ――ただし今は、別に血縁関係が無くても構わないとは思っているが。

 だが同時に魔術を習う師である彼に対する賛辞は芽衣にとっても少し嬉しいものであった。何となく心がむず痒くなり、自然と顔が綻んでしまう。


「どうした、どこか痛いのか?」

「な、何でも無いです……」


 そんな自然に綻んだ顔さえそういう風に言われるのだ、まだまだ100%の笑顔はほど遠いなと心で溜息を吐く芽衣。


「ストップ――」

「はい」


 制したコーニィドの顔は途端に険しくなった。戦闘態勢に切り替えたのだ。それを察して芽衣も、小さく起動式ブートワードを唱えると同時に全身に躰術を張り巡らせる。とりわけ必要なのは、機動性を向上させる【瞬発力増強】ジャッカルアジリティだ。


「君は自分の身を守ることに専念しててくれ――間違ってもなんて考えてなくていい」

「……わかりました」

「さて――来るぞ!」


 告げた瞬間、眼前5メートル先に白亜の砂柱が立ち昇った――腐肉の竜ロトンワームだ。

 叫びに似た鳴き声を上げ、直径1メートルはあろうかという巨大な噴口から粘性を持った涎を撒き散らしている。


「汚ぇなぁ、涎塗れじゃねぇかよっ!――“風車フウシャ実装”パーミッション!」


 コーニィドもまた起動式ブートワードを唱えては鞘から刀を抜き放つ。歯車の形をした鍔が特徴的な太刀、“風車”フウシャは、芽衣に託された風輪フウリンを一回り大きくしたような姿をしている。


「一体だけじゃねぇな――“防護膜展開”シールドっ!」


 自身と芽衣に防護魔術を付与し、風車フウシャを構えるコーニィド。

 握る柄の高さは肩。地面と垂直に立てた刀身をほんの少しだけ後方へと傾ける、八相の構え――幼少の頃にクロィズ・ミローより教えられ、長い年月をかけて共に成長してきた必殺の構え。


「ギシャァッ!」

「ギシ、ギハァッ!」


 現れた腐肉の竜ロトンワームは三体。しかしコーニィドは狂戦士のように破顔する。


「いらっしゃいませぇぇぇえええええ!!」


 円盤状の斬撃を射出しながら駆け出したコーニィドは跳躍し、【爆震】ブラストにより地面を爆ぜさせ腐肉の竜ロトンワームの動きを封じる。

 方術により刀身の“切断”だけを領域化リジョナイズし遠方に投射、口吻から迸る強酸の唾液を【防護膜】シールド【空間固定】ソリディファイで受け流し。

 地面はおろか空中でさえも縦横無尽に駆け抜けながら再三斬り付け、斬り落とし。


 そして芽衣の加勢など必要の無いまま、あっという間に三体の幻獣を屠り去ったのだった。

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