Track.8-34「正々堂々ぶっ潰してやるかんな」

「ケイ、」

「はい、何でしょう?」

「お前将来の夢とかあんの?」


 ケイはそれはもうよく遊びに来た。

 俺の家は現公王だ。それと仲が良いというのは政略的にも優位性アドバンテージになるらしい。まだ15歳になったばかりの俺は政治のことなんかよく解らないけれど、それを言うとクロィズのしごきが始まるから黙って頷くことにしている。

 ただ、そのおかげでケイがよく遊びに来るっていうのは有難かった。家柄のおかげでまともな遊び相手がいない俺は、心を許せる相手に事欠いていたからだ。ケイも俺に相当懐いていて、10歳になった今も領地に帰るとなるとぼろぼろに泣き出すのだ。


「僕は……そうですね、魔術師ワークスホルダーになることですね」

魔術師ワークスホルダー?何の?」


 えへへ、と照れ笑いを浮かべながら、しかしケイは真っ直ぐに自分の描いた未来を遠く見詰めるキラキラした目で言う。


動術キネトマンシーを極めて、“車輪の魔術師”レヴォルトワークスになれば――この国を、もっと豊かにすることが出来ると思うんです」


 車輪の公国レヴォルテリオの基盤は動術キネトマンシーだ。その究極形である車輪の魔術師レヴォルトワークスになれば確かにこの国は豊かになるだろう。

 ただしそれは生半可な道のりでは無いはずだ。と言うのも、それを謳った人物はごまんといるが、それを成し遂げた者は一人たりとしていない――それほどまでに、真理の一端に到達するというのは難しく、人理の及ばないような所業なのだ。


 でも、ケイなら――という期待はある。このガキんちょは、車輪の公国レヴォルテリオ始まって以来の才子だ。まだ10歳だと言うのに、四大系統の魔術はほぼ修めたと言っても過言では無かった。動術キネトマンシーに限って言えば、これまで誰も到達したことの無い高みにいると言ってもいい。基本中の基本である【斥力弾】パルスバレットくらいしかまともに行使できない俺とは雲泥、月とすっぽん、瀑布と夜露、朝焼けと蝋燭みたいなもんだ。


「それに、車輪の魔術師レヴォルトワークスになれば自動的に僕は次代の公王になることが出来ます」

「お、公王狙い?いいねー、じゃあ好敵手ライバルだな!」

「はい!手加減しないで下さいね」

「おうよ、正々堂々ぶっ潰してやるかんな」



 次代の公王の座を巡る好敵手ライバルは何もケイだけじゃない。

 虚飾と虚言が舞い散らかる社交界は苦手な俺も、立場上参加せざるを得ない。まぁ終始やたらニコニコして、ある程度時間が経ったら適当に抜け出して暇を潰すだけだ。

 煌びやか、と言えば耳障りがいいけど、あれはもはやギラギラだ。どうにか相手を出し抜いて自らが上位に躍り出るための情報を獲得するために交錯する上辺だけの言葉、おべっか。

 目つきは顔色を伺い、振舞いに品はあるが真心は無い――そんな空間に浸って自らも侵されてしまうのは嫌だった。だから俺はよく抜け出して、王城の庭園で暇を潰していた。


 そんなところでどうやって暇を潰すのか――そりゃあもう、そこに咲いている薔薇とか百合とか様々な花の数を、いちから数え上げるんだ。とは言ってもいちいちひとつずつ指差して、ってわけじゃなくて。

 例えば薔薇なら、その構造を解析した後に、その中から薔薇だけが持つ固有の情報を特定して検索条件にセットして、庭園の範囲を検索領域にセット。あとは――


「――“広域探査”リサーチ


 脳裏に描かれた俯瞰の情景に、検索条件に合致する花の品種にぽつぽつぽつと光が灯る。件数の欄を見てみれば、543――つまりこの庭園には、薔薇は543輪咲いている、ということになる。


 俺は本当なら動術士キネトマンサーになりたかったけれど、俺が恵まれた才能と言うのはこの方術アクスマンシーだった。この国ではとんと発展していなかった魔術系統だけにがっかり具合も一入ひとしおだったが、それでもやはり才能に恵まれた分野をどんどんと発展させていくというのは面白かった。それがどんな未来に繋がるのかは視えていなかったけれど、俺は方術アクスマンシーにのめり込んだ。


「あの、」

「んっ?」


 そうして開発した【広域探査】リサーチの魔術を使って時間を潰していた俺にかけられた声。

 振り向いて見てみれば、何となく見覚えはあるけれどよく思い出せはしない――その程度の間柄である貴族の令嬢が一人。何とも麗しい出で立ちでそこに立っていた。


「あの……魔術、お詳しいんですか?」

「え?あー……系統モノによる。あんたは?全然って感じ?」

「あんた――あ、いえ……嗜む程度ですが」

「へぇー、そう」


 レンカ・ディウス・エゼマキナ。エゼマキナと言えばこの国ではもう有名な――この国に飽和する機構の開発の先駆者だ。そのため国から“機械伯”という二つ名を賜り、今ではエゼマキナ機械公、と呼ばれている公爵の一人だ。

 レンカはそのエゼマキナ公の一人娘であり、次代の公王の候補者の一人だった。つまり、俺やケイの好敵手ライバルということになる。

 しかしレンカ自身は公王になることに特に強いこだわりがあるわけじゃなく、寧ろそういった政界の争いみたいなものに巻き込まれるのは勘弁願いたい、みたいな心持ちだった。


「あー、俺もまぁ、それは分かるかな」

「え、そうなんですか?てっきり私、そういうのって私だけなのかって……」


 約2時間程度のお喋りは互いのことを知り合うには短すぎた。だからまた時間を見つけて話し合おうって、守れるか分からない約束を交わしてその夜は別れた。

 あまりにも長い時間離れていると騒がれるし、それに現公王の子息と次代の公王候補者がこうやって一緒にい続けるのも良くないらしいし。


 そしてレンカは、ケイと同じくらいの頻度でよく会いに来てくれた。約束しておいて何だけど、ぶっちゃけ俺は公務でもない限り城から抜け出して他貴族の領地に出入りとか無理な立場なのだ。その辺はクロィズもめちゃくちゃ厳しい釘を刺していて、ケイと知り合ったばかりの頃に無断で抜け出した時に、クロィズの許可無しに王都から外に出ることを禁止する魔術契約を無理やり交わされた。これ、破ると俺死んじゃうんだよね。


 まぁ二人は俺の立場は知っているし、前も言ったけど公王の家族と仲睦まじいというのは貴族にとって優位性アドバンテージになる。現公王である俺の父親は民にとって良い王として認められていたから尚更だ。

 そういう付き合いが増えていくに従って、レンカは少しばかりお転婆だってことが解ってきた。そりゃあ、社交界を抜け出して庭園に一人現れるくらいだ、お転婆以外のどの気質がそうさせるんだって話。

 それに加えて同い年というのもあって、俺とレンカはケイ以上に意気投合した。互いに動術キネトマンシーの才能が無いっていうのもそれに拍車をかけた。だから年下なのにケイに師事をしたし、代わりに俺はケイとレンカに方術を、レンカはこの国の機構の成り立ちや歴史なんかを教え合った。


 うん、今思い返してみても恵まれた青春時代だったんじゃないか?娯楽なんてものは無かったし、近隣諸国との仲はそんなに良くなかったけれど。だから時折戦争には満たない小競り合いとか、領地内に湧き出た魔獣の群れの討伐とか、そういうちょっとした危険はあったけど。

 でも、上辺だけの本音を語らない会話じゃなく本心をぶちまけてぶつかり合える、それでいてその後にちゃんと笑い合える本当の意味での友情を育める相手とも出逢えたし。

 親は立場上俺のことよりも国のことが大事で、そこには思うところが無かったわけじゃないけど、でも親以上に俺のことを見てくれるクロィズって人間もいたし。


 人生の初っ端くらいでしかない青春時代に到達する前に、血の繋がりが無い他人の中でこんなに大事だって思える人に、俺は三人も出逢えた。この繋がりを、出来れば墓の下まで持っていきたいって思える三人だ。恵まれてないなんて言ったらバチが当たる。

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