Track.8-33「お前もそう呼んでいいぞ」

   ◆



 その日、俺たちの世界は滅びた。


 まぁそりゃ、小さな世界だったと思う。東西の真ん中が少しくびれた大陸がひとつ、大小さまざまな島が確か十二――あとは全部海か空。

 そんな小さな世界に点在する国々のひとつ、車輪の公国レヴォルテリオと名のついた小さな国の王子として俺は生まれた。


 その名を冠すだけあり、王国は至る所に歯車を組まれた機械仕掛けが飽和していた。

 動術キネトマンシーを基盤に稼働する様々な機構は幼心にぐっと来たんだろう――俺は物心ついた頃にはそれらの機構にどっぷりと嵌り、目をきらきらと輝かせては旺盛な好奇心をそれはもう放し飼いにしていたらしい。


「クロィズ、これってどうやって動いてんの?」


 クロィズ・ミロー――国を束ねる長として多忙な両親の代わりに俺の面倒を見てくれていた男の名前だ。

 かつては近衛騎士団に属し、剣閃の腕も然ることながら魔術にも精通する万能型で、顔付き同様に厳しい精神性――自他共に――を持っていた。


「殿下。平時より言葉遣いを丁寧にと、つい昨日申し上げたばかりですが?」

「えー、なんか堅っ苦しいじゃん」

「……どこでそんな口振りを覚えたのでしょう――これは午後の剣の稽古に身が入りますな」

「ちょっ、ずるいぞ、クロィズ!」


 不敵な笑みを湛えるクロィズは言葉を違えず、午後の修練場で剣の稽古が始まると、これ以上ないというくらいに俺を木剣で打ちのめした。


「……精神の脆弱さは身体だけでなく技にも及びますよ?」

「お前……俺、一応王子様なんだけどっ!?」

「おや、ご存じでしたか」

「当たり前だっ!」

「いえ、てっきり私は――その役目に就いていることは知っていても、それがどういうことかを知りはしないと思い込んでおりました。故に、吐く言葉が持つ重みを知らず、剰え知ろうともしないのだと」

「――っ、」


 何となくバツが悪くなって視線を逸らした俺を真っ直ぐ見据えながら、クロィズは険しい口調でなおも続ける。


「いいですか、殿下――貴男あなたのその身は、いずれ民を導く王となる器。率いる者は、毅然とした相応の振る舞いを求められます。面と向かって交わす言葉ではなく、誰しもを等しく敬う言葉こそ、民は貴男の背を追い掛けるのです」

「――はい」

「よろしい。では、稽古を再開しましょう」


 でも俺は、その言葉がよく解らなかった。特にって部分が。

 俺は誰かと話すのは嫌いじゃないし、全然知らない奴が語る理想論や空論の中に、今まで思いも寄らなかった画期的なアイデアや斬新な物の見方が垣間見えるのがとても面白かった。でもそういうのって、大抵――本音から生まれるものだ。

 着飾った言葉で語れるのはせいぜい上辺迄。それは、もしかしたら俺が不器用なだけかもしれないけれど。


 でもやっぱり俺は、面と向かい合って語り合う雑然とした言葉が好きで、それが心地よかった。

 多分、身分とか年齢とか性別とか――そういったラベリングを一切取っ払ってお互いが対等になれるっていうのが良かったんだろうな。

 だから、俺にとってって言うのはそっちの方で、もし俺が王様になったとしても、出来る限り国民のみんなとはそういう風に語らい合える時間や場所を作りたいな、なんて夢想することもあった。


 車輪の公国レヴォルテリオという国の政治は、少しだけややこしい。

 多くの他の国みたいに王族がいて、その子孫が次代の国王となるっていうやり方じゃ無いからだ。


 公国のトップを決めるのは民衆だ。公爵位を持つ全ての貴族の中から次代を担う代表者が選出され、その貴族の功績や評判なんかを振るいにかけられ候補者が選抜される。

 その候補者たちには一定の期間、選挙活動を行うことが許され、街頭演説をしたり色んな施設を回ったり――そうして予め定められた日に選挙が行わる。10歳以上の国民全員に投票の権利があり、最も得票の多かった候補者が新たな“公王”となるのだ。


 現代の公王の息子である俺の爵位は無論“王子”であり、王子は爵位で言えば公爵と同等だ。だから俺は現公王の代表者であり、周囲は俺に候補者に、そして出来れば次代の公王になってほしいと期待を肩に載せてくる。


 俺、まだ十歳なんだけどな――まぁ次の選挙は現公王の任期の終わる七年後で、国民投票による早期解散が無い限りは次の選挙には出馬することになるだろう。その時でもまだ十七歳なんだけどな。



「はじめまして。ケインルース・アルファム・ランカセスです」


 ケイと初めて会ったのは俺が12歳の頃で、あいつはまだ7歳だった。


「おう。コーニィド・キィル・アンディーク・レヴォルテリオ――仲のいい奴らは大体コーニィって呼んでる。お前もそう呼んでいいぞ。もしくは“コウにぃ”とかな。その代わり俺もお前のこと、ケイって呼んでいいか?」

「お、恐れ多いです!」


 でも結局すぐに、ケイは俺のことを“コウニィ”と呼ぶことになった。


 聡明や理知的という賛辞は、多分あいつのためにあったんじゃないかって思う。

 ランカセス家は特に魔術に秀でた名家で、名のある宮廷魔術士を何人も輩出した歴史を持つ。与えられた爵位も“魔導公”と、何と俺と同じランクだ。

 ケイも例に漏れず魔術の才能をふんだんに盛り込まれて生まれてきた。あいつは何と、物心つく頃には“炎流光動”えんりゅうこうどうの四大系統のそれぞれに適性を見せ、俺と出逢った頃にはそれぞれの基本の魔術はほぼほぼ抑えていた。


 対する俺はと言えば、求めてやまない動術キネトマンシー系統の修得に難航する中で、どうしてだか全く違う系統――方術アクスマンシーの才能が発芽した。


「では殿下。もう一度”斥力弾”パルスバレットを」

「またかよ?」


 今日はもうずっとこれだ。動術でもごくごく基本な【斥力弾】パルスバレットをただ射出するだけの訓練を3時間も続けている。

 基本だけあって疲労感はそこまでじゃないが、ずっと同じことを続けていると寧ろ飽きによる疲れが溜まってくる。


「今度は12メートル先で弾けさせてください」

「はいはい、12メートルね」


 【斥力弾】パルスバレットの特性は、着弾時に破裂して周囲に斥力の波を広げることだ。練度を上げれば斥力自体に指向性を持たせたり、術式を細かくいじって威力と斥力とをそれぞれ調整することも出来る。


「すぅー――“斥力弾”パルスバレット!」


 突き出した指先から、渦巻く透明な力場の弾丸が射出される。音よりも少しだけ遅い等速度で真っ直ぐに突き進む弾丸は、ぴったり12メートル先の空中で音も無く弾けた。

 霊銀ミスリルを可視化する【霊視】イントロスコープを付与している俺もクロィズも、その様子を確りと視認した。次いでクロィズは、「では今度は17メートル先で、水平9時、垂直7時の方向に2メートルの斥力を」と注文する。


 脊髄に意識を向け、霊基配列を整え直す。放たれた弾丸は、寸分違わず注文通りの結果を齎した。


「……何で頭抱えてるんだ?」

「――正確過ぎます。百発百中もいいところです」

「ん?こんなの、当たり前にできるもんじゃないのか?」


 どうやら、俺は人と視えている景色が違うらしい――その景色こそが、方術アクスマンシーの才能そのものだと知ったのは少し後のことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る