Track.8-28「まだ、戦えるだろ」

 君臨者インベイド

 飛躍者ヴォールト

 簒奪者ランペイジ

 封殺者セレナイト

 冒涜者アドベント


 それらは、空の王アクロリクスに付き従う五人の異人たちが宿す魂。

 それらが混じり合って統合されたひとつとは、それは空の王アクロリクスが到達する最果てに他ならず。


 全ては無から生まれ、無へと還るゆえに。その最果てもまた、“無”に他ならない。


 あらゆる霊銀ミスリルの干渉を阻み。

 あらゆる空間の歪みを留め。

 あらゆる魔術の構築を緩め。

 あらゆる分子の震動を停め。

 あらゆる存在の抵抗を貫く。


 そうして生まれた最後の“超越者”ゼフィラムの力とは――――


「なぁんだ、やっぱりわたしたち、似た者同士だったね」

「似た、つーか、同じだろっ」


 無と無がぶつかり合い、互いが互いを無へと帰して散した。


 夷の扱う“無幻の魔術師”ゼフィラムワークスの力と、茜の扱う“空の王・超越者”アクロリクス・ゼフィラムの力とは、その根源を等しく同じとする。

 仏門では“阿摩羅識あまらしき”あるいは“無垢識むくしき”と呼ぶ、“無”そして“無限”そのものの概念を記した真理の一端だ。

 違いと言えば、前者が魔術であるのに対し、後者は異術であることだけ――そしてその違いは、同源ゆえに互角であるはずの両者の攻防にほんの些細なひずみを生んでいく。


 力が同じでも。

 だからと言って何もかもが同じなわけじゃない。


「――くっ!」


 力に目覚めたばかりの、が足りない茜は行使のタイミングがほんの少しだけ遅い。

 夷が自らに行使する【罪業消滅】サンスカールラのように損傷ダメージを“ゼロ”にする時も。

 遠くのステージに【厭離穢土】キャラーカによって逃げた夷を追いかけるために隔たりを“ゼロ”にする時も。


 茜は夷のように瞬時にそれをすることがなかなか出来ないでいる。


「“腸抜きわたぬき”」


 透過する腕が茜の腹部に沈み、肉の内で実体化した手が腸を掴み上げ、無理やり引き摺り出す――その痛みを“ゼロ”にした茜は引き抜かれた夷の腕を掴み上げながら自らの損傷を“ゼロ”にする。


「痛いなぁ!」

「どっちがだよ!」


 夷とて、彼女の持病の関係で元より痛覚は遮断シャットアウトしている。しかしその機能すら“ゼロ”へと変えるのが茜だ。逆に茜もまた“ゼロ”にしたことを“無”に帰されて激しい苦痛に顔を歪ませる。


「玉屋、聞こえるか?」

『はいっ』

の方はどうだ?」


 無を根源とする二人の攻防が続く中で航は望七海に呼びかけた。土師はららが倒れてから、秘密裏に彼女が耳に嵌めているイヤモニに接続できないか頼んでいたのだ。


『あと、ちょっと――――行けます、繋げましたっ!』

「よくやった。したら玉屋は土師はららに呼びかけて起こしてくれ。あと、支援も頼む」

『了解しましたっ!――土師さん、聞こえますか?土師さん、――』


 そして航はメインステージの芽衣に視線を投じる。

 両膝を床について、両腕に刺さった夷の投擲剣ダガーをゆっくりと引き抜き終えた彼女は、弱弱しく震える手で外套コートのポケットから一握りの黒曜石オブシディアンを取り出すと、顔を歪ませながらぎゅっと握り潰し秘められた魔術を解放した。


(まだ、戦えるだろ――――)


 出撃前に心から渡されていたうちのひとつ、【闇に蠢く黒き風となれ】ヨワリ・エエカトルの発現により滲む闇を纏った芽衣の姿は明暗分かれるホールの内で隠匿されていく。

 再生能力を得る【遥か遠く戦い続く者】アシャヤカトルを行使しなかったのは、血が流れ出ていた方が彼女の持つ異術を使いやすいからであり。また、戦闘能力を大幅に向上させる【豹紋の軍神となれ】テペヨロトルで無かったのも、あの二人の交戦の最中に割って入れるほどの技量は無いことを知り及んでいたからだ。


 ただ隠れて機を伺い、夷の気を自分に向けるその時まで耐え忍ぶ。

 その覚悟が分かったからこそ、航は芽衣に声すらかけず、方術による支援を茜に施す算段を固めた。


(そうだ。お前は顔が割れたくらいで縮こまるようなじゃない――)


 自然と思い出すのは、飯田橋での異界侵攻。

 初対面にも関わらず、芽衣は航の在り得ないと言える頼みを引き受け、囮役を全うして見せた。

 それも、一度じゃない。

 複合異骸キメラデッドの時も。人馬の王ケンタウロスの時も。

 状況を打破するために、危険を省みず無理難題を引き受けたのだ。


(お前はお前を知っている。自分の出来る範囲を知っている。その範囲で出来得ることを全力でやれる奴だ――本当にすげぇよ)


 その姿を見てしまったからこそ――航は、膨大な熱量を孕んでしまった。


(――なら、俺が踏ん張らないでどうすんだよ、なぁ!)


 そして航は本来であれば使わない【四式並列思考】クアッドシンクにより高速で思考を円転させる。いつもの【二式】デュアルでは足りないと、それでは芽衣の覚悟に追いつかないと自らに鞭を打ち、焼け付くような脳の痛みを奥歯で噛み殺して戦況を分析し、様々な方術を展開した。


 物理的な障壁を創り、夷の動きを制限する。【防護膜】シールドは茜の輪郭の外側で損傷ダメージを和らげる。

 視認する空間の座標を捻じ曲げる【順路など無き次元迷宮】メイズ・ディメンジョンは夷の放った“無”の指向性ベクトルを狂わせ、茜の座標を【座標転移】シフトで書き換えて移動を補助することで負担を軽減する。


 無論、隙があると見れば【爆震】ブラスト【氾濫する隔絶の奔流】シェイヴ・ディメンジョンによる攻撃も繰り出す。それらが夷に手傷を負わせることが出来るかと言えば答えは“ノー”だが、少しでも夷の気が削がれればそれだけで戦果はあると航は考えた。

 今、現状。夷を打破できるのは、悔しいが自分では無く茜だ。それを理解しているからこそ、ならばどうすれば茜の一撃が夷を削ることが出来るのか、それを四分割した思考で考え抜き、可能性をひとつずつ片っ端から試していくしかない。


 しかしその立ち位置ポジションは、寧ろ正解に近いと言えた。

 航はその気質上、どうしても前掛かりになってしまいがちだが、用いる術系統や能力を考えれば、彼は後方支援の方が遥かに向いている。

 茜が前衛フロントマンを担当し、航が後方支援に徹するという現在の図式は、最も効率がよく戦果を上げられる陣形フォーメーションなのだ。

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