Track.8-26「嘘じゃないよ」

「そうだよな。死んだやつは戻らない――――解ってたけどさ、でも、もしかしたらって甘えてた」


 さらさらと消えた藤花の温もりを失った芽衣がふらりと振り向くと、茜が実果乃の胸を貫いていた。


「――どうして?ねえ、どうして一緒になってくれないの?どうして一緒に死んでくれないの?私のこと、」

「好きだよ————好きだから、犯した罪を償ってほしかった」


 ずぼり、と引き抜かれた胸には丸い穴が空いていた。

 血も流れ出なければ、断面も真っ黒で、やはりその在り方は普通の人間とは異なっていた。


「好きなら、一緒に――」

「お前は実果乃じゃない」


 どさり、と膝を地面についた実果乃は、呆けた顔で茜の顔を見上げていた。

 無感動な無表情のままで、茜はただただ事実だけを突き付ける。


「実果乃じゃないお前とは、一緒になることも一緒に死ぬことも無い――――実果乃はもういないんだ」


 そして360度の螺旋を描く右拳が、【空の王・簒奪者】アクロリクス・ランペイジの一撃が、霊銀ミスリルを散らす衝撃とともにその顔面を打ち貫き――穿たれた実果乃はその身体を霊銀ミスリルの粒子へと散らしながら芽衣の足元に転がると――


「……どうしてあんたなの」

「……実果乃」

「どうして……どうしていつも、私の居場所を奪うのはあんたなの」

「……ごめん」

「謝らないでよ――――謝るのは、私の方だったのに」


 虹色に輝く粒子とともに消えた残響。その最後の言葉は、果たして本当の彼女の言葉だったのか。それはもう、今となっては確かめようが無い。


 芽衣は再び思い返していた。

 彼女をそうさせたのは、自分自身だった――――自分と言う存在がいなければ、彼女はそんな凶行に及ぶことも、そもそもオーディションに受かっていたのはもしかしたら――――



(あと一歩なんだけどな――本当に、いつだって上手く行かない)


 夷もまた、これまでの16周を反芻していた。

 土師はららさえ自責の念に圧し潰されていれば、そのあと一歩を進めるだけで全てが完了すると言うのに――しかし当の本人は実に生き生きと、あるべき姿とはこうだと言わんばかりに骸術士ネクロマンサー然としている。


 途絶えた翠緑の火柱の中から何事も無かったように現れた夷は、スクリーンに映し出されたそれぞれの戦場の様子を垣間見る――全てが順調だ。真言も、愛詩も、アリフとリニも、彼らが用意した異界の幻獣も。何もかもが順調に人死にを出さないままで時間をただ稼いでいる。

 襲撃という演目を、上手に演じ切っている。


 だからあと一歩なのだ。あと一歩、観客にそれを見せつけるだけで、観客たちは思い知る。

 それを出来ない不甲斐なさは、これまで舐めた辛酸と同じか?


 違うだろ——呟き、夷は思考を切り替えた。いや、のだ。


「……何?」


 こだまするは拍手の音。夷が打つ、右手と左手が奏でる打音だ。

 怪訝な顔で問うのは、骸術士ネクロマンサーである自分を受け入れた土師はらら。しかしセンターステージの隅では、実果乃を制した茜や、同様に【九字切】ノーナ・グラマトンによって創られた真言の分身を今しがた斬り捨てた航が中央にて拍手をする夷を睨み付けている。


「いやさぁ――素晴らしいなぁ、って思って。想いの力って


 その響きは、いつか聞いたことのある――ずきりと痛む顳顬こめかみは、何を思い出せないでいるのか――芽衣は顔を顰めながら、ただ一人目を瞑った。


「はっきり言って、ここまで善戦しちゃうとか思ってもみなかったからさ」


 夷の様子はいつも通り、飄々と、それでいて意地の悪い笑みを顔いっぱいに広げている。

 それを睨み付ける三人は、しかし得体の知れない凄味に圧倒された。

 まるで異質な雰囲気。勝てるとか勝てないではなく、そもそも立ち向かうことが愚の骨頂とも思えるような――


 人は、理解の及ばないものに対してはふたつの行動を取る。

 ひとつはそれを理解しようとする。

 そしてもうひとつは、それを恐怖する。


 バァンッ――炸裂音が鳴り響き、土師はららは宙を舞っていた。

 その瞬間に何をされたのか、全く理解は出来なかったが、吹き飛ばされたのだと辛うじて気付いた時には、すでに地面が目の前にあり。

 ダズムッ――ドサ――――一度弾んで改めて倒れ込んだ彼女は、意識を閉ざされていた。息はある。生きてもいる。ただ、動かないだけだった。


「土師さんっ!」


 RUBYルビメンバーが立ち竦んでいるメインステージまで飛ばされたはららを追って、最も近い花道の途中にいた芽衣スケアクロウが慌てて駆け寄った。

 しかし突如として眼前に現れたに怯み、それが回転して射出した投擲剣ダガーにたじろぎ、幾本もの短剣がその身に浅く突き刺さる中で、遂にその仮面が剥がれ落ちる。


「わたし、本当に感動してるんだよ。わたしには、そこまでして護りたいような誰かや何かは、無かったからさ」


 交差させて護った両腕には刺さった短剣が。その痛みと重みに負けて両腕が下がると、途端に隠していた顔が顕わになり――


「ねえ、教えてよ。どうしたら、そこまでの誰かや何かと出逢えるの?教えて、


 ガラン――“嘴”クチバシが落ちてはっきりと現れた顔を、どうしてだか配信用のカメラは映していた。

 苦悶に歪むもまだ諦めていない光を宿す双眸――その表情を、メインステージの真後ろにある大型スクリーンは映し出している。


「……あれって」

「森瀬、芽衣?」

「だってあのコって、」

「活動、休止して、」

「やめたんじゃ……?」

「え、マジで?」

「嘘だろ?」


「嘘じゃないよ――――芽衣ちゃんは、森瀬芽衣は、魔術士としてずっと、RUBYルビを護ってたんだよ」


 ここに来て、その嘘――――この演出をこそ、夷は狙っていた。

 土師はららの一件は想定外だったが、彼女を無力化させることが出来たなら後は一緒だ。RUBYルビに訪れる窮地ピンチ、それを護ろうとするヒーロー。その正体が、いつかRUBYルビを去った森瀬芽衣だったことを知る観客たち――そうなれば、彼らは彼女を応援し、鼓舞し、そして彼女を求めるだろう。彼女がRUBYルビに戻ってくることを、切望するだろう。この茶番の全ては、そのための布石。


「本当に……?」

「いや、でも……」


 観客席が俄かに騒めき出す。どうしてだかそれを、見守ることしか出来ない航と茜は、夷の術によって自由を奪われたのだと歯噛みする。


「……リセ、なの?」

「リセだ、」

「え、本当に?」

「リセが……守ってくれてたの?」


 RUBYルビメンバーたちも騒然としたのは同じだ。それもそのはず、それを知っているのは予め知らされていたはららと、そしてそれを見抜いた藤花の二人だけだったのだ。他のメンバーは芽衣スケアクロウが芽衣であることを知りはしなかった。


 場内にひとつの共通認識が生まれる。

 “二期生としてデビューする前に退陣した森瀬芽衣は、魔術士として裏で彼女たちをずっと護り続けていた”――夷は自らの奥深く、人間が持つ共通認識などを司る“阿頼耶識あらやしき”からその情報を吸い上げると、漸く安堵の笑みを溢し、しかしまだ終わってはいないと緩んだ顔を引き締める。


 あとやるべきことはただひとつ。

 世界に、新しい魔女を。


 “白い魔女”を、仕立て上げるだけ――――

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