Track.8-21「死んだ人は、蘇るべきじゃない」
夷は顔を顰めた。
すっかりとやる気になってしまったはららの動きが、想定していた
前の周回でははららは自らの捨てきれない嗜好が持つ社会的な重圧に自滅し、それが芽衣にとっての
ここではららが自ら戦線に立つということは、観客の目と関心が彼女に向くということだ。
それでは駄目なのだ。この状況を打開するのは、芽衣でなくてはならない。
「――
はららの指先に灯る青白い炎がその色を移ろわせる。
翠緑の燐光となった炎は細かく千切れてはひとつとして同じではない個々の弧を描いては夷に殺到した。
それが時代を重ねるにつれ遺体を異骸へと創り変える技術が生まれ寧ろそちらの方が主流になってしまったが、元より
そして古い日本語で霊を表すのは“ヒ”であり、それは“火”に通じる。
だから
また、土師家という家柄が持つ歴史を鑑みれば、彼女が運動エネルギーや角度エネルギーといった“力”を操れるだろうことは想像に難くない。
土師家は“相撲の神”と称されたあの
夷は繰り出された
二人は今回のこの襲撃事件のために手を取り合った仲だが、しかし夷ははららの能力や魔術についての詳細を知っているわけではない。
クローマーク社のスパイとして参加していた大神景がそうだったように、夷は仲間意識をなるべく排除したままで事を進めようとしていたからだ。
無論。
そうしなければ、景が揶揄した“糸遊愛詩とのようなズブズブの沼の関係”が築かれてしまうに違いないと自覚していたのだ。
「本っ当、思い通りに行かない――」
唇を浅く噛み、眉間に皺を寄せて目を細めた夷はセンターステージの床から虹色の絹糸で編まれた毬を浮かび上がらせた。
先程航が放った
それはやはりしゅるりと回転し、リンと鈴の音を響かせると彼女の周囲に夥しい数の
センターステージと花道の間では、極小の花火が咲いては散るを繰り返す光景が広がる。
「そうね、同意する。人生の大半は思い通りには行かない。でもね――最初から全てがうまく行く人生なら、私は達成したいと思わなかった」
新たな火弾が生まれ、中空で翻って夷を爆ぜんと強襲する。しかし正確無比な
「四月朔日夷。人は、変わるよ――――ここには、あなたが思い描いていたような弱弱しい私なんてもういない」
左手で犇めくほどの
二つ以上の異なる魔術を同時に行使する
剰え――異なる系統の魔術を、だ。左手で炎術を繰り出しながら、はららは右手で動術を繰り出そうとしているのだ。
(何だよ、人が悪いなぁ――アイドルだけ頑張ってたんじゃ無いのかぁ)
「
励起され荒れ狂った
直径がほんの10センチメートルほどしか無いそれはゆったりとした速度で前方に射出されると、炎撃を打ち消す幻創の
当然、阻む敵を失った火弾は眼を見開いて睨む夷の身体に次々と着弾し――その輪郭の全てを翠緑の輝きで包むと眩い爆炎を上げた。
「はぁ、はぁ――」
センターステージの中心に舞い上がる白煙から目を逸らし、藤花に視線を投じたはららの息は荒い。
そもそも、ほぼ出ずっぱりで二時間強のライブアクトを終えた後だ。加え、魔術を用いた本格的な戦闘。
それでも、やらなければならない――はららは自分に責任があることを自覚している。
「トーカ、ごめん」
未だ藤花は
「私の
「はららさんっ!?」
「――死んだ人は、蘇るべきじゃない。
「はららさんっ!!」
駆け寄り差し出した右手。その指先が、倒れ込んだ
「“おやすみ”」
光が、弾けた。
藤花を覆った淡く暖かな光は、彼女の身体を白く染め上げたと思ったら細かな粒子となって散る。
その瞬間、醜悪な生ける屍の腐肉が剥き出しになった
「――トーカ」
彼女は最期に何かを言おうとして、しかしそれを出来ないままで死に絶えた。
一番、仲の良かった人。
自分を、いつも励ましてくれた人。
自分を、叱ってくれた人。
もしも。
もしもあの時――藤花が芽衣に掴みかからなければ。
いや――芽衣が、ちゃんとアイドルを全う出来ていたなら。この運命は、変わっていただろうか。
本当なら。
あの握手会でも。
殺される運命は、死ぬべき運命は、自分にあった筈なのに――――
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