Track.8-20「……何人殺したの?」

 夷の声はマイクなど使っていないのにも関わらず広いホール内に響き渡った。

 勿論それは行使した幻術による効力であったが、そんなことはどうでもよく、発せられた内容に観客たちは騒然となる。

 全ての目が向いたメインステージに立ち竦んだはららの表情は、それが事実であることを雄弁に物語っていた。


「……はらら、本当なの?」

「はららが、魔女なの?」


 遂にはメンバーからもそんな声が上がり、そしてそれらは全て夷の幻術によって拡声される。


「――――嘘じゃないよ」


 それを肯定したのは、はらら以外に彼女が魔術士――骸術士ネクロマンサーであることを知っている藤花だった。


「はららさんは、握手会の時に殺されたトーカを、生き返らせてくれたんだよ」


 その表情は感謝を抱く穏やかなものだったが、寧ろそれは全員に恐怖を与えた。

 そしてそれに連なる言葉もまた、安堵ではなく恐怖の呼び水。


「――でも不完全なの。トーカはね、異骸リビングデッドって言って、ゾンビとかみたいな死なないだけの化け物なんだよ」

「え――」


 藤花は絶句するメンバーたちを擦り抜けてはららに歩み寄ると、力なくしな垂れた手を掴み上げて問う。


「いつになったら、完全な人間にしてくれるの?トーカ、ゾンビは嫌だよ?」


 見つめる、濁った双眸――その様子はもう本当の藤花では無いんだと認識するに十分だった。それまで何の変哲も無かった藤花の容姿が、ここに来て変貌したからだ。

 肌は蒼褪め、細かい罅が奔り。所々に、綻びて欠け落ちた穴から褪めた紫色に変色した肉が垣間見えた。

 メンバーも、観客も、誰もが理解した。

 藤花は人間ではない。土師はららによって異骸リビングデッドに仕立て上げられた、化け物なんだと。


「ごめん――ごめんなさい」

「え?はららさん、もしかして、トーカを人間にしてくれないの?トーカ、ずっと化け物のままなの?」


 ぎり、と――掴み上げた手に力が入り、骨が軋む音がこだまする。

 はららの顔が歪んだのは、しかしその痛みのせいだけでは無いだろう。


「嫌だ、化け物のアイドルなんておかしいよ。トーカ、人間がいい。みんなと同じ、人間がいい――」

「ごめんなさい、ごめんなさい――」

「ふざけるな、ふざけるな、戻せよ、生き返らせたのははららさんでしょ?戻せ、戻せよ!」


 言葉を放つごとに罅割れ、肌が欠け落ちていく。その度に腐肉の面積が拡がり、濁った眼もまた黒ずんで、狂気が膨れ上がっていく。


 しかし藤花の狂気の矛先は、顔の向きと共に花道へと向かった。

 飛び交う赤い蜉蝣の夥しい群れが、彼女を強襲したからだ。


「――何してるの」


 指で狐を象った左手を突き出した芽衣スケアクロウは面の奥で奥歯をぎりりと噛み締めた。

 そして小さく、右手に握る唐菖蒲グラジオラスに「咲け」と起動式ブートワードを唱える。


「お前が戻してくれんのかよお!」


 はららの手を振り払った藤花が肌を欠け落としながら花道を疾走する。対峙する芽衣スケアクロウ唐菖蒲グラジオラスを振り翳し、接近される前にその刀身を地面に突き刺して言い放つ。


「咲き誇れ!」

「――っ!?」


 足元から舞い上がった斬撃は藤花の左足首を斬り落とし、途端に藤花は倒れ、苦悶と憤怒の叫びを上げながらのたうち回る。

 メンバーの数人はその場に座り込み、また数人はその姿から目を逸らす。はららを除いて、全員が泣き、悲痛がメインステージに蔓延していた。


「わぁ、倒しちゃった。でも残念、骸術士ネクロマンサーならその程度の損傷、自由自在に修復できるんだよねー」


 夷の口上を止めようと、しかし航は真言に阻まれ、茜もまた実果乃に手を焼いていた。

 振り向き、防毒面ガスマスク越しに夷を睨む芽衣スケアクロウだけが、彼女に向かって歩み寄ろうと――そうして、足首を掴まれその場で前のめりに倒れてしまう。


「――何処行くの」


 藤花は片方の足首を刈られただけに過ぎない。しかも芽衣スケアクロウが施した【自決廻廊】シークレット・スーサイドで向上した身体能力は残念なことに異骸リビングデッドが持つ再生能力にまで影響を及ぼしてしまっていた。


「あーあ、自分で治しちゃった」


 それでもどうにか掴む手を蹴り飛ばして離脱し立ち上がった芽衣スケアクロウに、同様に立ち上がった藤花は敵意と腐肉を剥き出しにして襲い掛かる。

 もはや彼女の面影はそこには無く、ただただ目を逸らしたくなる醜悪な怪物がいるだけだ。


 しかしそれは紛れも無く星藤花であり。

 だからこそ芽衣スケアクロウは、唐菖蒲グラジオラスの一太刀を浴びせることに抵抗を感じてしまっている。


 それをメインステージで見詰めるRUBYルビメンバーたちの眼差しは痛々しく。

 はららは自分が何をすべきなのか、どうすべきなのかを考えあぐねていた。

 そこに夷が再び口上を煽り上げる。


「自分の後輩をゾンビに仕立て上げてさぁ、自分たちを護ってくれる魔術士にけしかけて。そんな人がグループのリーダーだなんて笑っちゃうよねぇ?笑っちゃわない?わたしは大爆笑なんだけど」

「やめろ!」


 藤花の猛攻を防ぐことしか出来ない芽衣スケアクロウが、クチバシの機能で変性させた声音で叫ぶ。しかし夷はその制止を一切無視して続ける。


「でもしょうがないよねぇ。はららちゃんは、ゾンビ好きだもんねぇ?死体が、生きている人よりも好きなんだよね?」


 冗談にしか聞こえないその言葉にすら、今のRUBYルビメンバーは疑念を抱いてしまう。観客もまた、その真偽を確かめようと目を向けてしまう。そして悟ってしまう。

 それは冗談なんかじゃ無いということを。


「――そうだよ」


 それは、真実なのだということを。


「私は――死体が好きネクロフィリアだ。骸術士ネクロマンサーの家系に生まれたからそうなのか、それともそんなの関係なくて私がただ単に異常なのかは判らない。でも確かに、私は物心ついた時からだった」

「はららさんっ!」


 芽衣スケアクロウは叫ぶ。それしか出来ないから。


「気持ち悪いって思われることなんか判り切ってた。だからひた隠して――でもどんどんどんどん大きくなって――」

「……何人殺したの?」


 眼差しすら絶句する。しかし確りと前を向いたはららは吼えるように言い放った。


「そんなことしてないっ!私が私のために誰かの命を奪ったことなんて一度も無い!比奈村さんだって――あんなことが無ければ」

「本当かなぁ?」


 煽る口調は止まらない。二人の遣り取りが交差する毎にメンバーと観客とが抱くはららへの疑心は大きさを増していく。

 しかしやがてその増長は収まり、逆に萎んでいくことになる。


 土師はららの佇まい・振舞が、彼らの知る彼女の本来を取り戻したからだ。


「――そうだ。私は、私のために何かを奪うなんてことはしない。私は、RUBYルビのためだったら鬼にでも悪魔にでもなれるよ。私が比奈村さんを殺害したのは、それは比奈村さんがRUBYルビを――――トーカを傷つけ、殺したからだ」


 凜と立つ姿は、気高い薔薇の一輪挿しを想起させる。

 彼女の告げた言葉により、彼女が比奈村実果乃という人物を殺害したことは裏付けられたが、しかし寧ろそれは彼女が知られる人間性に合致しているとさえ周囲の人物は納得してしまった。

 確かに彼女なら――RUBYルビに対する害悪に、真っ向から立ち向かい、そしてどんな汚れ役も引き受けるだろうと。

 そのパブリックイメージが彼女の正当性を助長した。


「そうだ。――私は、RUBYルビの初代リーダー、土師はらら。骸術士ネクロマンサーの家系、土師家に生まれた魔術士で、死体愛玩ネクロフィリアなんて残酷な性癖を持って生まれた欠陥人間で、――――だから私は、RUBYルビで私じゃない私になりたいってずっと思ってた。なれると信じて突き進んできた」


 メインステージから花道へと歩む姿は、誇り高くすらある。

 そして左手を翳すと、その指先に青白い炎が迸った。


「――でも、なれなくてもいい。これが私だから。これが、土師はららだから。もう一度言うよ、四月朔日夷――RUBYルビを害する悪敵には、私は容赦しない。魔術士として、骸術士ネクロマンサーとしての全身全霊を懸けて打ち倒す。その上で私こそがRUBYルビの害になるなら――そうなら、綺麗さっぱりいなくなるよ」

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