Track.8-14「四方月さん、ちょっといいですか?」

 土師はららは努力の人である――その周囲の認識と事実とは乖離していない。それを芽衣もまた解っているいる一人だからこそ、やはり彼女が比奈村実果乃を殺害し、彼女に殺害された星藤花とともに異骸リビングデッドへと変貌させ、そして襲撃者である夷と繋がっていたことにショックを隠せない。


 それでも。


 彼女が襲撃要員の一人ではないという茜の言葉が。


 そして。


 いつか彼女が告げた、『私がRUBYルビを貶めるようなことは絶対に有り得ないです』という言葉が。


 芽衣に、もしかしたら彼女は騙されているんじゃないか・操られているだけなんじゃないかという甘い疑念を齎す。


『――森瀬』

「……はい」


 芽衣がそう考えることを予見していた航は、だからこそ斬り捨てるように言い放つ。


『向こうと繋がっている時点でもう敵だ。俺らからすれば、土師はららはすでに“排除すべき害悪”だ――それ、きちんと解ってんだろうな?』


 思わず唇を噛み締めた。

 憧れた先輩を、畏敬の念を抱いたその姿を、いざ目の前にして屠れるかと問われたら首肯できる自信は無い。


「……解りません」


 だから素直に、正直に芽衣は告げた。呆れた吐息の音が聞こえ、芽衣は顔を歪ませる。


『ヨモさん。だからと言って森瀬を外すとから逸れた襲撃者あいつらが何してくるか判んないっすよ』

『は?どういうことだ、それ』

『つまり襲撃者あいつらの狙いはあくまでもであって、RUBYルビはその口実っていうか、そういうもんみたいですから』


 茜の口調は飄々としていた。付け加えた『それに人死には出さないつもりみたいです』という言葉のせいだろう。

 航は理解できない苛立ちを舌の音で表現し、奏汰もまた腕を組んで思案している。

 通信魔術越しに会議に参加している面々もそうだ。誰もがその言葉を信用できず、そして信用するべきではないと考えているまま、襲撃者の真意を測りかねていた。


「……安芸、違う」


 一度静まり返った会議の場に、芽衣のくぐもった声だけが響く。


「人は死ぬよ。いっぱい死ぬ」

『……森瀬、どういうことだ?』

「いえ……分かりません。でも、きっと人はいっぱい死にます。夷はそれを、後でなかったことにして帳尻を合わせようとしている、そんな気がするんです」


 こと“死”に対する直感力に於いては森瀬芽衣は一目置かれている。そんな彼女の予測を無下にできる者は一人もいなかった。

 その会議に参加している全員が一度は見ているからだ。夷の、“無かったことにする”魔術を。それが実現可能かはさておき、彼女ならそんなことをやりかねない凄味があると、誰しもが連想した。


『だったら尚更、オレたちで止めなきゃじゃん』


 こんな時、物怖じということを一切しない茜の言葉は芽衣にとって頼もしかった。いつだって彼女は芽衣を案じ、そして背中を押した。

 何気ない一言がいつも、芽衣にとっては命綱になってくれた。だから今回も、その言葉に素直に「うん」と力強く応じられた。


 簡単なことだ。

 そもそも、自分が彼女に師事したのは“正しい友達の殴り方を教えてほしい”からだ。


 そのために培ったことを発揮するべき時と場所――四月朔日夷だけじゃない、土師はららも、それが過ちなら正さなければならない。

 言葉で分かってもらえないなら、暴力を振るってでも、嫌われたとしても、憎まれたとしても――――


「――殴ってでも、止める。あたし、そのために強くなりたかったんだった」


 研ぎ澄まされた真剣の眼差し。彼女のその表情を見て、誰もそれがなまくらだとは思わないような、そんな表情だった。

 だからこそ航はにぃと笑い、奏汰もまた仄かに安堵を含ませた溜息を吐く。


『言ったぞ?忘れんなよ?』

「大丈夫です」

『おっけぃ――――よぅし、じゃあ人員配置マッチアップを告げる。各自耳の穴よぉくかっぽじって聴くように!』


 気が付けば、その緊急会議は警護要員およびそれをサポートするオペレーターや社内の全員が聞いていた。

 無論、社の上層階・役員室で書類整理を終えた和泉緑朗もまた、帰り支度の手を止めて聞き入っていた。


「――研いだ爪を、突き立てる時は近いな」


 一通り聞き終えた緑朗は腰かけていた椅子から立ち上がる。

 そして背面に拡がる巨大なガラス窓の向こうに沈みゆく太陽を睨み付けながら、真一文字に結んだ唇を仄かに綻ばせる。


復讐者クローマーク――――はさて、のこせるか」



   ◆



「四方月さん、ちょっといいですか?」


 12月13日、午後10時20分――星藤花の警護に就く芽衣は、無線式インカムで航に連絡を取り付けた。


『ああ、どうした?』


 藤花はすでに帰宅し、現在シャワーを浴びている。今晩もいつも通り、芽衣はスケアクロウの偽装を解いて彼女の家の中で襲撃に備えていた。

 対する四方月は今晩も社内で活動を続けている。魔術警護が始まってからというもの、彼はろくに休めた日が無い――年末年始は長期休暇を取って豪遊するんだと息まいているが。


「……飯田橋の時、覚えていますか?」

『飯田橋ってーと――お前と初めて異界に行ったやつか』


 飯田橋異界侵攻――業界ではそう呼ばれる、航と芽衣とが巻き込まれた事件だ。JR飯田橋駅近くにて開いたゲートが、偶々そこを通りがかった中央・総武線の車両を飲み込み、100名余りが犠牲となった事件。


 芽衣がクローマーク社にて魔術士という仕事に携わる直接のきっかけとなった事件であり。

 また、航が芽衣という異術士の脅威と自らの無力さを思い知らされた事件でもある。


「あの時、四方月さんはこう言ったんです。“俺は殺せなかったよ”って」

『ああ、お前が魔女なら殺したことがあるって言ってたからな』


 異界の門に飲み込まれ、転移した直後だった。その時すでに航は芽衣が異術士であることは知っていたため、異界に踏み込んだことはあるのか・異獣や幻獣との交戦経験はあるのかと聞いた時のことだ。

 何もかもが未経験だった芽衣は、しかし“魔女なら殺したことがある”と告げた。“俺は殺せなかったよ”という台詞は、それに対して航が告げたものだ。


「……四方月さんは、殺せなかったんですか?」

『難しい質問だな――ああいや、言うのは簡単なんだけどさ、……なかなか言葉にはし辛いもんでもある』

「大切な人だった、とかですか?」

『多分……そうだったと思う』

「多分って……」

『いや、実は――記憶を封じ込めてるんだ』

「封じ込める?」

『ああ』


 芽衣は言葉を待った。少しの間を置いて、航は再び語り出す。

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