Track.8-6「折角のイケメンが台無しじゃんね」

「どういうことですかっ!?」


 スマートフォンを耳にあてたまま顔を顰めた奏汰はつい声を荒げた。

 困惑のまま打ち切られた通話に表情は晴れないが、しかし彼が聞いたのは吉報だった。


「どうした?」

「……明日より魔術学会スコラから応援が派遣される」

「はぁ?」


 端的な結論に、やはり航もまた眉根を寄せて変な声を出す。


孔澤アナザワ流憧ルドウの108の異界攻略が今しがた全て完了したらしい。そのため、手が塞がっていた学会スコラが通常業務を再開する、とのことです」

「で、それが何で応援に来るんだよ」

「もともと、RUBYルビの魔術警護は学会スコラに来た依頼です。多忙という理由で断りはしたものの、その断った理由が無くなれば請け負うのが我々学会スコラの務めだからです」

「随分と身勝手だなぁ」

「そう言われると、確かにそうですね……」


 通達は夕刻のうちにリーフ・アンド・ウッド合同会社とクローマーク社との双方に出された。

 しかし依頼自体はすでにクローマーク社が請け負っており、横やりで全てを取り上げることは出来ないため魔術学会スコラは助言・監査役の増員を申し出た。

 奏汰同様にルカ・エリコヴィチ門下の魔術士が追加で3名、フラム・エスティハイム門下の魔術士が4名、ルードヴィヒ・アーデンバーグ門下の魔術士が4名——これでRUBYルビ魔術警護の助言・監査役は合計で16名という大所帯となった。


「しっかし、どうしてそんなやたら――」

「助言があった、とのことです」


 奏汰が聞いた話によると、異端審問所インクヮイアリィからRUBYルビ魔術警護に本腰を入れろ、というお達しがあったらしい。

 その単語に苦い表情をする航の脳裏には、いつかのあの言術士の影がちらついている。


「具体的な名前は明かされていませんが、十中八九でしょう――」


 それは奏汰も同様だ。PSY-CROPSサイ・クロプス異界攻略に於いて暗躍していた阿座月真言――彼は確かに、異端審問官インクィジターの一人として魔術学会スコラに籍を置いている。

 彼の素性とともに謎に包まれた思惑を、二人はやはり掴めずにいる。


 そして午後七時――クローマーク本社屋大会議室にて警護人員の再編が早急に組まれることになった。

 翌朝八時より合流する追加の11名の魔術士を知っている奏汰を筆頭に、石動イスルギ森造シンゾウと航、海崎ミサキ|冴玖サクとオペレーターチームを取り纏める紫藤シトウ早緒莉サオリの5名がああでもないこうでもないと意見を交わしていく。


 学会スコラは助言・監査役として派遣した魔術士を警護員のひとりとして現場に配置することを今回は容認している。

 だから航たちは警護経験の浅い自社スタッフを外して学会スコラ所属の魔術士をその穴に宛て、そして再編することで戦力を増強することを目論んでいた。

 編成の大幅な変更は仕方が無い。何故なら既存の要員と交代する学会スコラ所属の魔術士とは毛色が違い過ぎる。修めた魔術系統も得意とする分野も違い、そして何より彼らはクローマークの警護員とは連携できないのだ。

 その中で極めて最大戦力となるように配置するのが彼らの議論の終着地点だ。そしてそれは、何と夜中の2時に漸く形となり、すぐにリーフ・アンド・ウッド合同会社の煤島へと文書ファイルという形で送られた。



   ◆



「しばらく、実家に帰ろうと思っています」


 調査チームFOWLフォウルヤイバ詩遊子シユコは上長である八王子支部長の武蔵谷ムサシヤ可南美カナミにそう申し出た。

 警護員を務める調査員やスタッフを含めたクローマーク社全体に再編の通達がなされたのは12月11日金曜日の午前10時。翌週14日の月曜午前8時より再編されたメンバーによる警護が始まると伝えられ、そして詩遊子がその申し出をしたのは再編適用後の午前11時。一期生五十嵐イガラシ姫夢ヒメムの警護夜勤を終えた直後のことだった。

 今回の再編は残念だったね——突然支部に現れた詩遊子を労う言葉を可南美がかけると、それに返す形で詩遊子が申し出たのだ。


「しばらくって……」

「いえ、安心してください。別に今回の再編がショックとかじゃなくって……RUBYルビのクリスマスライブ本番当日までには戻ってきます。そして、その時にリベンジを果たすつもりです」

「リベンジ?」

「はい――正直、チーム再編で1stファーストクラスに上がれたのは嬉しかったですが……力不足でした。だから、鍛え直して来ます。身も心も、も」


 刃家は切断武器に特化した器術士の一族であり、日本に於いては四方月家と並ぶ斬術の使い手としても有名だ。

 四方月家が方術から斬術を発展させたのに対し、刃家は器術から斬術を発展させた。現在では四方月家の方が日本に於ける斬術筆頭とされているが、東日本では刃家発祥の斬術を用いる斬術士の方が多く存在する。


 加えて刃家が四方月家よりも優れている部分が、己が斬術を極めて強力に仕上げる霊器レガリスを創り上げる術式を有することだ。

 例に漏れず、詩遊子もまた自身専用の斬術霊器を有している。そしてそれが今回の相手には通用しないことを痛感した。

 急造のチームで連携が上手くいかないこともそうだが、その前に並び立つ資格が有るのかという自らへの疑念が、このままでは駄目だと心を焦がした。


「……そう。なら、行ってらっしゃい」

「はい――必ず、もっと強くなって帰って来ます」


 再戦を望み、再戦に臨むため一人の魔術士は踵を返す。

 クローマーク社にもう一人の、しかしが新たに誕生した。


 ならば――は一体何をしているのか。


「……何だよ、そんな怖い顔しないでくれよって。折角のイケメンが台無しじゃんね」


 クローマーク社が保有する第三の異界内に幽閉された大神景は、目の前の暗がりに現れた影に顔を綻ばせた。


「お前は相変わらず――よく喋るのに、肝心なことは伝えてくれないな」

「ヨモさんの真似っすよ」

「はは、言えてるか……」


 航は景と同じように、石畳の床に腰を落ち着けて胡坐を掻いた。そして二人の間に二本のビール瓶を置き、その片方を差し出す。


「何すか?昼間っから酒っすか?」

たまにはいいだろ?まぁ付き合えよ」

「……しゃーねぇーっすなぁ。飲み過ぎてゲロるんじゃねっすよ?」

「気を付けるよ」

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