Track.7-41「無理はしないでくださいね」

「……兄の霊基配列は壊れ、魔術士としての未来は断たれていました。おそらく――霊珠オーブを埋め込まれて無理やり拡張された結果なんだと思います。無事、兄は元の姿に戻ることは出来ましたが、魔術士としての兄は死んだんです」


 結果、アキラは自殺した。魔術士で無くなってしまった自分に絶望したんだと言う妹の言葉を、オレは俄かに受け止めることが出来なかった。


「安芸さん――――私、安芸さんにとても感謝しているんです。兄をヒトに戻して頂いて、本当にありがとうございました」

「――でもオレは、結局あいつを……」

「救えなかったなんて言わないでください。……元より、救いなんて無かったんだって思えば、」

「ふざけんなよ」

「え?」

「ふざけんな、っつってんだよ!」


 いつか語らった駅ビルの喫茶店カフェの同じ席で、オレは脊髄反射でテーブルを叩いて怒声を放った。

 一瞬一帯が静まり返り、直後ざわめきといぶかしむ視線がオレたちに向けられる。


「……悪い」

「いえ……私の方こそ」


 アキラの葬式は家族だけで密やかに行われるそうで――と言うのも、魔術士の家系だと基本的には大っぴらに告別式とかはやらないらしく、だからオレは最後にあいつの顔を見ることも出来なかったし、借りた本も返しそびれたままだった。


 自殺だということは教師の口からは語られなかった。ただ“亡くなった”とだけ告げられた。

 ニュースでは頻りに6人の高校生の行方不明事件が報道され、学校の表には特ダネを狙うライターやリポーター、TVクルーが詰め寄っていた。でもそれも数日経てば大人しくなり、暁の死と同様に次第に風化されていった。


 沈痛さが消えないのはオレだけだった。そんなオレの傍に、実果乃はいつもいてくれた。


「……しょうがないよ」


 実果乃もきっと、オレをどう励ませばいいのか判らなかったのだろう。彼女の口を衝いて出てくるのはそんな言葉だらけだった。


 しょうがなくないんだ――――だってオレは、知ってしまっているのだから。


 あの時――化け物アキラと対峙した屋上でオレが吹き飛ばされた時。

 オレの脊髄では何かが組み替えられていくような忙しい音がずっと鳴り響いていて――そしてそれが鳴りやんだ時に、きっとオレのその能力ちからが開花したんだろう。


 そのの名を、オレは自分の内側から聞き取った。


 霊銀ミスリルの移動をゼロにして固定し、跳躍の足場として活用する――“飛躍者”ヴォールト

 オレの体表に触れた霊銀ミスリルの働き・意味をゼロにして無効化する――“君臨者”インベイド

 蜷突きに載せてオレの霊銀ミスリルを相手に叩き込む――“簒奪者”ランペイジ


 暁の魔術士としての生命いのちを奪ったのは常盤さんが施した霊珠オーブのせいなんかじゃなく――オレが放った、“簒奪者”ランペイジのせいだ。

 “簒奪者”ランペイジはたぶん、相手の体内の霊銀ミスリルの働きをゼロにする。今はまだ大雑把にしかその特性を掴み切れて無いからもしかしたら詳細は違うかもしれないけれど、凡そそういうものだろうっていう確信がある。


 その“簒奪者”ランペイジによる一撃が、あいつの霊基配列の働きを阻害し無力化したんだろう――だから暁は、魔術士じゃなくなった。そして、死んだんだ。


 じゃあ、オレが殺したってことじゃないか――――そう思考がまとまり上がると、途端に吐き気が込み上げてきてオレは昼休み直後の授業中に早退することになった。

 それからどうしても家から外に出る気力が湧いてこなくて、学校に行けなくなってしまった。

 学校には色んな思い出が詰まっている。

 昼飯をよく一緒に摂っていた屋上や馬鹿話を咲かせた廊下。

 ふざけて駆け回った運動場グラウンドに、一緒に授業を受けた教室。

 駅前のバス停までの帰り道。


 そこにいると罪悪感が吐瀉物と共に込み上げてきてどうにもならなかった。学校に近づくにつれて喉の胃液の逆流は激しくなり、どうにか堪え切れても教室に入った途端にぶちまけるしか出来なかった。


 オレは、オレがあいつを殺してしまった事実から目を背けられなかった。

 そして、オレがあいつを殺してしまった事実を誰にも打ち明けきれずにいた。


 学校で配られたプリントや授業の内容、試験の範囲などを持ち込んでくるのはいつも実果乃だった。塞ぎこんで部屋から出られないオレの代わりに、実果乃はほぼ毎日のようにオレの部屋まで上がりこんで色んな話をしてくれた。

 二人でRUBYルビの楽曲を聞いたし、家族の目を盗んでこっそりキスもした。


 あいつの妹――心とはメールでの遣り取りを続けていた。とは言っても、特別何らかの会話があったわけじゃない。

 風の噂であいつもオレが塞ぎこんでいることを知ったようで、何かと心配そうな質問を繰り返した。

 今日は学校行けましたか、とか、体調はいかがですか、とか。

 オレはその度に、行けてない、とか、元気じゃない、なんて正直だけど不躾な返答をしたけれど、オレたちの遣り取りは決まっていつも「無理はしないでくださいね」というメッセージで終わった。


 それから。


 コバルトさんが時折、様子を見に来てくれた。その頃にはオレの中にはもうコバルトさんに対する特別めいた感情はあまり無くて、逆にそのことが気まずさを呼び起こした。

 でもコバルトさんはこれまでと何も変わらない様子でオレに接してくれた。オレがもう少し元気に――少なくとも学校には通えなくても外を出歩けるようになったら病院へ訪ねておいで、と言ってきた。


 だから12月に入って少し元気を取り戻した頃、オレは常盤総合医院の西館へと足を運んだ。

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