Track.7-35「もうやめようぜ?」
ぶっちゃけて言うと、オレはその続きを知らない――聖女と別れた
だから帰ったら、じっくりとその続きを読もうと思う。そして借りてたその小説を返しながら、感想談議に花を咲かせようと思う。
「来いよ、暁――――っ!」
三階の廊下を折れ曲がったオレは一目散に昇降階段を目指す。
背中の遥か後方で盛大にガラスがぶち破られる轟音が鳴り響き――
そりゃあいつにしてみれば、オレが何を考えているのか判らないはずだ。オレはオレで
突如、オレの右耳に鋭い痛みが走る――オレを追い抜いて前方へと風切り羽根が飛んで行った。
七色の銀色線はオレの味方だ。この力が何なのかは一切不明だけれど、思った場所に思った通りに足場として固められ、それを踏んだオレは長細い廊下を実に立体的な機動で走り抜けることが出来た。
実際、校舎の中を走るのはかなりリスクの高い行動だった。何せ直線が多く、あんな風に後ろから追いかけられると先程みたいに風切り羽根のいい的になる。
しかしそれも、階段まで到達してしまえば終わりだ。上りならともかく、下りは全ての段差を抜かして
そして階段を下りてさえしまえば正面玄関がすぐ目の前で、さらにその目の前には
オレは実果乃に目で合図をし、実果乃はそれを受け取って確かに頷くと塀に身を隠す。
「
「お前、頭の中身まで化け物になったのか?」
「
「……マジでそうみたいだな」
もう言葉すら通じない正真正銘の化け物が両翼を広げて飛び上がる――目を凝らせば、その巨躯は何となく先程よりも一回りほど大きくなっていることに気付いた。
更なる獣性の獲得の代償が、理性の喪失なのだろうか。それともやはり、
「いいぜ、来いよ
「
遥か上空に浮かび上がった巨躯は大きくそして真っ直ぐに広げられた両翼が風を切り裂いたことにより急降下し、墜落の寸前でまた
速度も速ければ、その巨躯の重量もすごいのだろう。しかしそれはいくら何でも直線的過ぎた。起こりさえ見逃さなければ躱すのは容易い。
「どうした
「
それに、三階の廊下で試運転を終えたオレの“銀色線の能力”をオレはある程度使いこなせていた。
まるで階段や飛び石を駆け抜けるように足元に収束させた線を踏み、
『空の王よ。我ら馳せ参じ、共に戦う』
また、あの声が頭の中で響く。
『我、飛翔に至らずしかし跳躍を超える者――
「ああ、頼むぜ――
心で呟いた筈の言葉は口を衝いて出て来ていた。その盟約が元々は誰と誰の間で結ばれていたものかは一切判らないが、とにかくオレの中で呼びかけているんだ、たぶんオレの前世とかそういう感じだろう――前世論者じゃないんだけれどなぁ、なんて、今はまぁどうでもいい。
風を切って進む
どうやら飛び上がっている間はあの風切り羽根は撃てないらしい――そりゃそうだ、羽搏きとも滑空とも違う翼の使い方だからな。
とは言ってもオレも何か遠隔攻撃が出来るわけでも無い。銀色線はオレの身体から離れると途端に固さを失って
ただ、
めき。びき。
遂にその顔貌までもが猛禽類のそれへと歪み、羽毛に覆われた。もはや人間の言葉を発さない其れはただの化け物となった。
それを酷く冷めた視線で眺めるオレは自分に恐怖する。でも今はその感情を切り捨てる。
「ギョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「知らねえよ」
じぐざぐに走り回り、その旋回を先読みして死角から上空に回り込んだオレは、上下逆さまになった足元に作った足場を蹴って墜落を超えた
瞬間、働いた防衛機能は全身の羽毛を硬化させて俺の左手に無数の針が突き刺さったけれど、逆にそれを握りしめて離さないように、そして振り落とされないように細かく足場を作っては身体を制御した。
その時に、その羽毛を絡めるように足場を作ることで、その足場を解消させない限り自分自身も
そして5秒が経過すると、左手を貫いていた羽毛は途端に硬さを失い――――その時を待っていたオレは、全身を覆う銀色線の一部を解除して、地面に対して水平という奇妙な姿勢のままで中段正拳を繰り出す――それは
その身体を留めていた足場は羽毛が柔らかくなった時点で解消したから、
そしてその上に、またも逆さまに足場を蹴ったオレは身体を反転させながら強烈な
「ガボッ、ギュバァァアアアッ!」
新たに撒き散らかした涎には血が混じっていた。
ざくざくと砂を踏み、オレは横たわる顔に生えた嘴を蹴り上げる。
「ギュルッ!」
「おいおいどうした正義のヒーロー?ほら、悪はまだぴんぴんしてんぞ」
ごろごろと巨体を転がしながら砂に塗れた
「ギュオ、ボギュワ……」
嘴の上下の隙間からだらしなく舌を垂れ下がらせた
「どうしたよ正義のヒーロー。悪が栄えんぞ」
だからこそ滅多打ちにした。15秒置きに距離を取って砂利を投げた。身体を捩じるのでさえもう儘ならない敵の死角に入り込んで拳を・肘を・膝を・足尖を・踵を捻じ込んでやった。時折、
「ギュブ、……ズギュルバ……」
「いやだから判んねーんだって」
もう200くらいは打ち込んだだろうか。気が付くと俺の両拳は皮がズル剝けて真っ赤に染まっていて――そう言えば途中から面倒になって砂利投げるのやめたんだったっけ――
「……
「……グ」
「もうやめようぜ?」
「痛いんだよ。右手も左手も、右足も左足も全部痛い――」
かじかんだように感覚を失った両手両足に目を遣ると、きっとオレの代わりにそいつらは震えていて。
でもそれすらも、何の感慨も沸かずにただ見つめているオレを、やっぱりオレは映画館で映画を見ているみたいに俯瞰していて。
そんなオレが眺めるオレは、持ち上げては震える両腕をだらりと放るように垂らして、もう持ち上げる気なんて起きないみたいだった。
「何でかな――――でも全然、胸が痛くないんだよ。
「……ヴ、ヴァ、……ギュア、ヴェ……」
「オレ、お前の言う通り全然悪者だよ。こんなになるまでぶん殴って、全っ然、……心が痛いとか思って無いんだぜ?」
気が付いたらオレの隣に実果乃がいて、泣きながら背中を
実果乃は
そこで、声が響いた。
『我、
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