Track.7-30「オレも悪でいいよな?」
数の有利があるとは言え、殆ど魔獣に何もさせずに一方的に暴力を振るうその姿には恐怖すら覚えるようだった。
そして
やがて、盛大な断末魔が荒野に響き渡り。
次いで、魔獣の巨躯が地に崩れ落ちる地響きが轟き。
同時に、膨大な乾いた土煙がその轟きとともに舞い上がった。
「――まだだ、気を抜くな」
「まだ一匹残っている」
思い出したように双剣の黒髪女騎士は声を上げ、赤髪の弓騎士にまでぎろりと睨まれた。
「逃げたんじゃないのか?」
闘士風の剃髪騎士が低い声で問いを放つも、無手の娘騎士は豊かな
「私の
「成程、
「そういう油断が手傷を生むんだ」
銀騎士の言葉に槍斧の騎士は溜息を吐きながら『またコレだよ』という
しかし“緩み”は必要だ。持続する緊張は疲れを生み思考力の低下の原因となる。戦場であっても
だからこそ銀騎士の口調も叱るそれではなく窘める程度のそれなのだ。
「アリエッタ――それで、突っ込む気満々の
戦鎚の娘騎士が問うと、アリエッタと呼ばれた娘騎士は遠い岩場を指差した。
「――間も無く、現れます」
その言葉に即応しそれぞれの騎士は臨戦態勢へと移る。岩肌の地面に突き立てていた武器を構え直し、重心を低め、そうしながら
よた、よた――――都合16個の目が映したのは、深手を負って力無く歩み寄る
◆
「
「……良かったな、理想の姿になれて」
「本気で言ってるのかよ!」
食い気味に発せられた怒号――憤怒に顔を歪ませ肩で息をする
「こんな筈じゃなかったんだ――こんな、化け物になりたいだなんて……」
項垂れ、開いた両手に目線を落としながら声を振るわせる。その姿は確かに化け物だけれど、心まではそうなっていない証左に思えた。
「……
「帰るって、……何処にさ」
「馬鹿かよ。家だろ――――お前の妹、心配してたぞ」
それを告げると
「
「……お前のことで相談された。あのコは事件のことも、お前の仕業だろうって――全部、見通してたよ」
そしてオレは彼女の意思を伝える。
彼女、鹿取心は言葉にはしなかったが確実に兄のことを心配し、助けたがっていた。でも自分はその役目には無いってことも重々理解していた——何故なら、兄を貶めたのは才能に溢れた自分自身だったからだ。彼女が暁を助けるということは、さらに追い詰める結果にしかならず――また、自分自身を苦しめる結果にしかならない。
彼女は鹿取家を継ぐつもりなんか一切なく。
彼女の兄は鹿取家を継ぐしかなかったからだ。
「アイツ――――僕をどこまで馬鹿にすれば――――っ!」
「それが解ってたからオレに頼んだんだろ。自分で手を出せばどうなるかってことくらい、あのコは知ってた筈だよ」
「違う!アイツはずっと昔から、僕のことを馬鹿にしてた。確かに僕はアイツよりも背が低いし、頭だってアイツの方が賢いし、魔術士の才能だって!――許せない、それなのに魔術士になんかなりたくないなんて言ってさ、家を継ぐのは僕だ、って……」
「お前は、家を継ぎたくないのか?」
「継ぐさ!立派な魔術士になって、鹿取家の血を繋げるんだ」
「だったら別に、妹さんがどうのこうのって関係無くないか?」
「だって僕よりもアイツの方が優れてるんだ!優れた人間の方が、歴史を紡ぐべきだろ!?それが正しい在り方だろ!?」
「よくわかんねーな――だって言うんなら、別に
頭をぼりぼりと掻きながら告げると、
オレは足りない頭を総動員させながら、目の前の
「お前は自分に家を継ぐだけの魔術士としての才能が無いことが
「それは――――」
「どう考えたって別物だよな?」
常盤さんは、もし
だからと言ってそれは“やらない”の理由にはならない。オレは現に暁に戻って・帰って来てほしいと思っているし、罪ならちゃんと償って、これからもずっと友達であり続けたいと思っている。
ならば語らざるを得ない。言葉を交わすしかない。相変わらずオレの脳髄を、誰のものか全く判らない“殴ってでも連れ戻せ”という強迫観念が滅多打ちにしているけれど。
「暁――お前がそんな身体になってまでしたかったことは、家を継ぐことなのか?」
「……僕は、強くなりたかった」
「何で強くなりたかったんだ?強くなって、何をしようって思ってたんだ?」
「強くなって――――悪い奴らを、懲らしめたかった。かつての君や、
それでもオレの脳を打つ強迫観念は“殴れ”と、まるで警鐘のように繰り返す。
その頭痛に顔を顰めたくなるオレは、どうにか歯噛みすることで耐えながら
「そうだ――――僕はアイツらを許せなかった。アイツらは悪だ。悪は、裁かれなきゃいけない。誰かが、アイツらに正義の鉄槌を下すべきだ」
抑揚は無く、語気に力も無い――だって言うのに、吐かれた言葉はまるで呪詛のようにオレの警戒心を高める。
指先がぴくりと動いて、拳を作るようにとオレの脳に逆に指令を出す。
「そうだ、僕は、許せなかったんだ。ずっと、ずっとずっとずっとずっと――何で僕が馬鹿にされなきゃいけないんだ、どうして僕がいじめられなきゃならなかったんだっ!」
「暁、お前――いじめられてたのか」
「煩いっ!馬鹿にされるのもいじめられるのも、僕に力が無かったからだ!どうだ、見ろよっ、僕は力を手に入れたぞ!僕は、僕はっ!」
「――じゃあ何で同じ天文部の2人を殺したんだよ」
「はぁ?」
「お前、6人殺したって言ってたよな――その中には失踪した
「馬坂、先輩と……濱堂、先輩は……」
「な?違うんだろ?オレはお前とその先輩たちがどんな深さの間柄か知らないけど――あの人たちは、屋上の鍵を唯一貸与されてる天文部という立場を利用して隠れてるお前に、気付いたんじゃないのか?それでお前はそこから自分のことが露見するのを怖れて、それまでの4人同様に殺したんじゃないのか?それは――――お前の中で、悪を裁いたってことになんのか?」
「……確かに、君の言う通りだよ。彼女たちは誰も傷つけていないし、そういう意味では悪じゃない」
「だったらおかしいのはお前だ、って話にならないか?」
「ならないね!何故なら先輩たちは僕を邪魔しようとしたんだ!正義の邪魔をするならそれは悪に他ならない!」
「……お前、もう化け物じゃねーかよ」
「化け物なんて言うなよ!この姿は、断罪者に与えられた正しいカタチだ!アステカでは鷲は戦士のトーテムだ!僕のこの姿は差し詰め――」
「もういい」
指が勝手に折れ曲がって、拳になった。
「もう、喋んな」
頭が痛くて仕方が無かった。“殴れ”という強迫観念はもはや、オレに由来する衝動に他ならなかった。
「正義を邪魔するのが悪だって言うなら」
「……言うなら、何だよ」
「————オレも悪でいいよな?」
もう、会話を続けたいとは思わなかった。そうしてしまうごとに、暁がもう暁じゃないんだと思い知ってしまうから。
言葉では、もう取り返せない。
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