Track.7-22「掻い摘んでいいか?」
(こんなことなら、もっと厳選して小屋から調達しておけばよかった……)
路地の壁に凭れて頭を抱える
しかし過去を省みたところで仕方が無い。あの時は時間も無ければ、その時点で二人には“金”が必要になるという知識すら無かった。
だから
(奪う――しか無いか)
生きるために、命を奪って生きてきた。それ自体に躊躇いは無い。
懸念があるとすれば、少女の存在だ。“狩り”の場に、その矮躯は邪魔以外の何物でもない。
しかし守らなければならないという強い義務感が、少女と二人で戦うことを強く想起させた。
「……お前は、戦わなければならない」
「……はい」
驚きに目を見開くでも無く、ただ淡々と少女は小さく頷いた。瞳に宿る光の色はしかし、少女が到底それを受け入れているとは言い難い。
「オレが、教えてやる」
「……はい。よろしく、お願いします」
その頷きはどれだけの不理解を孕んでいるのだろうか。
それでも
◆
「掻い摘んでいいか?」
「どうぞ」
鹿取暁の半生。まとめてしまうと結局は“恵まれなかった者の悪足掻き”という言葉に尽きる。
妹、
アステカでは戦士の
その蛇を冠する由緒正しく歴史ある家に嫡子として生まれた暁は、しかし魔術の才能に恵まれなかった。
多くの魔術士の家がそうであるように、鹿取家もまた長子が嫡子であり、嫡子だけが家督を相続する権能と義務とを有すると定まっていた。
だから、
『父も母も、きっとはじめは兄に期待をしていたんだと思います』
暁の魔術の技量は、別段劣っているわけではなく――ごくごく一般的で、取り立てて発展を期待できるほどの並外れた何かがあるわけでは無いといった程度だそうだ。
オレはそれを、自分にとって解りやすいように“空手の地区大会なら優勝できるけれど全国を狙えるレベルではない”と嚙み砕いた。
オレが暁の立場なら――全国大会でズタボロにされる程度の実力で、けれど親が遺した道場を継がなければならない。それは、ともすれば悔しいだとか、悲しいだとか何かしら思うかもしれない。自分はこの道場を継ぐに値しないとさえ思うかもしれない。暁の葛藤は、そういうものかもしれない。
でもオレはオレで、暁じゃない。
オレはきっと、それでも道場を継ぐだろうし、オレの父親もきっとそれを許すだろう。
いつかは安芸の道場も廃れてしまうかもしれない――それでも、そこで育まれた誰かの空手が、自分では成し遂げられなかった高みに届いたり、或いはさらなる発展の広みに向かう。その
しかしやはり、空手と魔術は違う。
全ての魔術がそうじゃないとは言え、多くの魔術は血族にのみ受け継がれる。その
鹿取の家だってそうだ。嫡子である暁に特別な才能が無いという時点で、更なる発展を見込めない鹿取家は徐々に衰退していく。何も暁だけがそうなんじゃなくて、これまでの何人もの嫡子たちだってそうだった、だから鹿取家の魔術はその伸びしろの上限を削られてここまで来てしまった、って話。
それに抗うために。
暁は、秘密裏に自分を変えようとした。秘密裏にとは言っても、その行動は全て家族には筒抜けだったらしい。
それに対して父親も母親も何も言わなかったのは、暁に期待しているからだったのか、それとも真逆か。
そしてその行動はやがて、事件と結びつく。
事件だけじゃない。オレに送られた、あの『たすけて』というメッセージも。
『兄は――――
だから、オレは――。
「やぁ、久しぶり。どうしたの?」
「……訊きたいことがあって」
「へぇ。もしかして――――鹿取暁君のことかな?」
久遠会常盤総合医院に赴いた。
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