Track.7-20「鹿取心と言います」

「鹿取の家を知りたい?」

「はい。一人の友人として、心配なので」


 傍から見ても実に面倒そうな顔をして、オレたちクラスの担任である40代になったばかりの男性教師は、その薄くなってきつつある頭頂部をポリポリと掻いた。薄毛の原因、それなんじゃねーの?


 担任は溜め息を吐くと、「規則上、教えられないことになっている」と告げた。大昔ならそういった情報は開示されていたが、現在は個人情報保護法の手前、ただのクラスメイトという間柄では教えられないそうだ。


「そもそも、お前たちなら知ってそうなんだけどな」

「そうなんですよね。オレ、実果乃の家なら知ってるんですけど」

「私も、茜くんのお家なら知ってるんですけど」

「何だよ、鹿取だけハブか?――まぁでも、知っていたとしても鹿取の家に行くのはあまりお勧め出来ないな」

「え、何でです?」


 長細く四角い眼鏡をくい、と持ち上げ、担任は神妙な面持ちになって告げる。


「鹿取の家、魔術士だって知ってるだろ?」

「はい、それが何か関係あるんですか?」

「……鹿取の欠席、家の事情らしい」


 魔術士の家庭事情には首を突っ込まない方がいい、と続けた担任に頭を下げ、オレと実果乃は職員室を後にした。

 煮え切らないナニカが頭の中に居座り、それが正常な思考を妨げているようで気色が悪い。

 実果乃もオレと同じ気持ちみたいで、オレたちは難しい顔をしながらテクテクと、いやトボトボと赤羽駅までの通学路をのんびりと歩く。


「……魔術士のお家事情って、そんなに厄介なのか?」

「おうちの事情って時点で、魔術士じゃなくても厄介じゃない?」

「――まぁ、そうだよな……でもさ、相談くらいしてくれてもいいんじゃね?」

「相談できない事情かもしれないじゃん」

「相談できない事情、ってどんな?」

「例えば……私たちに全く馴染みの無い、それこそ魔術の話とか」

「……そりゃあ、……相談されたところでさっぱりだな」


 オレで例えるなら、空手の話とかだろうか。突き指なら兎も角、捻挫・骨折しないように貫手ぬきての練習がしたいんだけどどうすればいいのかわからない、と相談したところで、暁が力になれるとは思えない。

 実果乃にしてたってそうだ。ダンスが上達しない、なんて相談されても、オレや暁には多分たすけられそうにない。そういうことなのだろうか。


「ただいま」


 玄関のドアを開け、脱いだ靴を揃えて自室へと入る。


「おかえりー」

「おう、ただいま」


 学習机の上で教科書を開き、ノートにペンを走らせている葵は何やら必死そうだ。ああ、そう言えば学期明けに模試があるって言ってたっけ。進学組は大変だな。


 壁にかけてある時計の針は午後6時を指している。今日は火曜日だから道場には空手キッズそして空手ヤングメン・アンド・アダルトメンが犇めく日だ。

 ペンを走らせる右手を止めない葵の後ろで急いで道着に着替えると、オレは部屋を出て道場へと続く板張りの廊下を駆けた。



   ◆






『たすけて』






   ◆


 次の日も、暁は学校に来なかった。

 その次の日も、そのまた次の日も。


 暁が登校しなくなって一週間が経過した。


 今度は、同じクラスの小薗井おぞのいレオがいなくなった。担任の話では行方不明だってことだ。

 オレは小薗井とそこまでの面識は無い。小薗井はうちの学校で半分くらいを占める“中学校でやんちゃだった奴ら”に属していて、所謂ヤンキー上がり、って奴だ。

 ヤンキーの間でオレの知名度はそこそこ高い方だったが、高校に上がった途端に全く喧嘩をしなくなったことでヤンキー間のオレへの興味は薄れていった。

 別段、クラスで必要最低限の会話――それこそ挨拶とか――しか交わさないし、向こうは向こうでつるむ奴らとつるんでいて、そいつらはオレがつるむグループと交わらない。

 だから小薗井がいなくなったことは、ヤンキーが調子乗って家を出ていったか、何かの事件に巻き込まれたんだろうって何とも思わなかった。


 だけど今度は、その4日後に隣のクラスの於保沼おほぬま晁生あきおが。

 そしてその3日後にひとつ上の学年の元木もとき真主良ますらが。

 そしてその10日後に3年生のもり生弥なれやが。

 そしてその6日後に2年生の馬坂うまさか倫子のりこ濱堂ひんどうエリカが行方不明となった。


 いなくなった彼ら全員に共通することなんて無い。

 ただ、於保沼と元木、森の3人――うちのクラスの小薗井を入れれば4人だ――は、どちらかと言えば素行の悪い、もっと言えば“所謂ヤンキー”の部類だ。

 2年生の馬坂と濱堂に関しては、多分ヤンキーでは無いと思う。


 それまでヤンキー風情がいなくなった程度の認識しか無かった警察も――それはあくまでオレの所感でしか無いんだけど――ヤンキーじゃない女生徒2人すら行方不明となったことをきっかけに重い腰を上げたようで、校内であちこちをうろつく警察官――私服だったけど多分そうだろう――を見るようになった。


 オレは。

 メッセージアプリに届いた、暁からの不穏なメッセージを誰にも言えないまま、暁の不登校とこれらの行方不明が結びつく理由を探し続けた。


 確証は無いって言うのに、予感だけがチリチリと胸を焦がしていく。


 暁の家の事情って言うのは――例えば、そいつらを始末することなんじゃないか、とか。

 それをあいつは、嫌々ながらやらざるを得ない状況にあるんじゃないか、とか。


 でもそれを確かめる術が無いままに――――その日、そいつはオレの目の前に現れた。




「――安芸、茜さんですか?私は鹿取暁の妹で、鹿取ココロと言います」

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