Track.7-13「もしかして本当に付き合ってるの?」

「安芸君と鹿取君って、いつも一緒にいるよね」


 予鈴に慌てて教室に駆け込んできたオレと暁を見て、実果乃が笑って指差した。

 毛先が軽やかに波打つ艶めいた黒髪が揺れて、五月の風が教室内を通り過ぎる。

 オレは額の汗を拭って、こういう時だけはスカートを履いてしまいたい気持ちに駆られる。

 でも多分、オレは履かないと思う。うん、履かないんじゃ無いかな。


「いやまぁ実際一緒にいて気が楽だしさ」


 それは多分、こいつが男の子にしては小さくて童顔で、まるで女の子みたいな容姿みためをしているせいかもしれないとオレは思っている。

 オレ自身が男なのか女なのかよく判らない人間なのだから、同じくよく判らん人間の方があれこれ考えなくて済むんだ。

 暁は不躾に色んなことを言ってきたり訊いてきたりするヤツだけど、オレはオレでその辺は言及するけど別にそこまで気にするタイプでもないし、逆に言い淀まれるよりは心地いいとか思うタイプなのだ。


「え、もしかして本当に付き合ってるの?」

「付き合って無ぇよ――ってか本当に、って何だよ」


 追求しようとしたところで教科担任が教室に入って来た。オレたちも急いで席へと戻り、そこで本鈴チャイムが鳴り響く。


「それでは午後の授業を開始します――――」



   ◆



 放課後、最近は実果乃とよく赤羽駅まで歩くことが多い。

 うちの学校は部活動にも力を入れていて帰宅部は許されない。全生徒が何かしらの部活動に所属するのが鉄則だが、生徒の半分くらいは何かしらの部活に名前だけ登録している、というのが実情だ。

 かく言うオレも名ばかりの空手部員だ。一応、週に1度くらいは顔を出そうかな、とは思っているけど、半分以上がやる気の無い根腐れした吹き溜まりの環境に浸りたくはないなぁ。

 主将(兼・部長)はそんな空手部の再建を目指して躍起になっているけれど、オレは昨年の過ちから大会なんかの表舞台に上がることは自ら禁じているし、自分を律することで精一杯なんだ。わざわざたがが外れそうな場所に入り浸ることも無い。


「そういや比奈村は何部に入ったんだっけ?」

「え、ひどぉい、この間話したばっかじゃん!」

「あ、マジ?」


 結局、オレは翌日の朝に教室で顔を合わせる時までに思い出すように、と小言を食らい、改札を抜けて去っていく実果乃を見送り、バスが来るのをのんびりと待つ。


「安芸っ」

「ん?――――おぅ、鹿取じゃん」


 ぱたぱた、という擬音が似合いそうな所作で駆け寄って来ると、暁はオレよりもおそらく10センチ以上は低い背をしゃんと伸ばしてキラキラと見上げてくる。

 これはもう、アレだ。女子の動きだ。こいつ、自分が可愛いってことをしっかり理解してるんだろうな。


「今帰り?」

「登校に見えるんだったら眼衝めつき食らわすぞ」


 告げて、前羽の構えから両手を突き出して立てた親指を眼球に抉り込む動作を見せた。「わっ」と驚いた暁は慌てて跳び退くけど、勿論当てるつもりも無ければ間違っても当たる軌道じゃない。


「あ、安芸ってバス通なんだっけ」

「あー、そうだよ。お前は歩きだっけ?」

「うん。反対側ー」


 征英学苑は赤羽駅を基準にすると西側にある。暁の家は東側にあるらしく、そこそこ徒歩るらしい。

 暁は身体の大きさに見合った体力を持っているから、これから先の季節が心配だ、と言っていたのを覚えている。身体鍛えてやろうか、と冗談交じりに進言したところ、本気で迷うあたり何というか、天然だ。


「バスまだ待つ?」

「いや、あと3分後には来るよ」

「そっか。……バス来るまでお喋りしてていい?」

「おう。RUBYルビの素晴らしさについてまた花咲かすか」

「うん!」


 “文字友”もじとも――RUBYルビを敬愛してやまないファンである“おやもじさん”同士の繋がりを、公式にそう呼ぶ。

 最初のクラスでの自己紹介でRUBYルビが好きであると公言した暁に、オレはその後すぐさま自分もまた“おやもじさん”であることを告げた。


『えぇっ!?安芸さんって、そういうの興味ないタイプだと思ってた』


 というのが、暁の率直な感想だ。

 ただ、結成当時から“おやもじさん”である鹿取と違って、オレの“おやもじさん”歴は浅い。

 そもそもそういうのに疎いオレは、そういうのにさとい妹たちから紹介されてRUBYルビを知った。

 知った時期は、ちょうどオレが失恋した頃――去年のクリスマスあたりだ。今では何とも無いし、すぐに立ち直ったとは言え、訳のわからない恋心という奴に翻弄され浮足立ったところに『僕には、好きな人がいるからだ。そしてそれは、君じゃない』という強烈な一撃たちで構成された連続攻撃コンビネーションを食らいバッキバキのバキにぶち砕かれたオレは、その日に限り帰宅してから体中の水分が枯渇するんじゃないかってくらいに泣き暮れた。いや本当、脱水症状起こしかけたんだよなぁ。


 それを見かねた櫻が葵を説得して見せてくれたのが、葵が持っていたRUBYルビのCDに初回限定版の特典として付属していたBDで。

 当時の葵はオレのことを心底嫌っていたから、本当は貸すつもりどころか触らせるつもりすら無かったんだけど、コバルトさんと出遭ってからのオレがどんどん変わっていったことに段々心を許しつつあったんだろう、勿論櫻の頼み、というのが一番デカいんだけど。


 そのBDでRUBYルビの楽曲やパフォーマンス、キラキラとした輝き、落ちる影の切なさや儚さ――何よりも、こんなにも遠くに離れているはずなのに寄り添ってくれていると感じさせるぬくみ。

 それらを知ってオレは、そこからRUBYルビにのめり込んだんだ。


 その時は特に推し、なんてのはいなかったけれど、でもその当時行われていた2期生オーディションのことを知って、四次審査で候補生たちが行っていたライブ配信を見て、オレの推しは決まった。


 他の候補生たちの配信も見た結果、彼女たちの行うライブ配信の内容は基本的には彼女たちに任されている、ということが判った。

 歌うコもいれば踊るコもいるし、特技を披露するコもいれば、アイドルに対する持論を熱く展開するコもいた。

 4番のコはライブ配信に対して視聴者から投げられるコメントを拾ってレスポンスするのが上手くて。

 6番のコは単純に声が良いと思った。伴奏なしのアカペラでも目を瞑って聞き入れるくらい。だから逆に、まだ拙い技術が目立ったけれど。

 9番のコは身体が柔らかかった。関節を選ばず、可動域が広かった。物心ついた時からバレェを習っているらしい。


 でもオレは、誰よりも何も出来ない17番のコに目を奪われた。

 17番のコは不器用で、話も上手くなくて、いつだって慌てていて、そして焦っていた。

 笑顔さえ不器用なんだ、相当に不器用な類の人間なんだろう――でも逆に、『頑張れ』って叫びたくなる、応援したくなる不思議な魅力を持っていた。


 そのコは常に影を纏っていた。

 苦しい何かがきっとあるんだろう、誰が見ても解ったと思う。

 だからこそ、そのコが自分を変えたい、夢を掴みたい、っていう真摯で必死な想いを一途にオレたちに突きつけているんだってことも解った。


 “直向ひたむき”、と言うよりは。

 多分、“愚直”と言った方が妥当だったろう。そんな17番はどうにか四次審査も受かり、晴れてRUBYルビ二期生の1人という栄誉を勝ち取った。


 その17番のコの名前が、森瀬モリセ芽衣メイだった。

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