Track.7-14「別に……残念じゃ、無いけど」

「箱推しって何?」


 6月になり、梅雨が近づくに連れて辺りの湿気が鰻かよってくらい爆上がりし出した。先月の心地よく吹き抜ける風が忘れられない。


「箱推しって言うのは、単推しと違って特定の誰かじゃなくてグループ全体を推してるってこと」


 今日も今日とて、放課後の赤羽駅までの道程みちのりをオレは比奈村実果乃と共に歩く。実果乃は友人も多い方だってのに、その友人たちがこぞって部活動に精を出す生徒たちばかりで、放課後は取り残されてしまうんだとか。


「比奈村もさぁ、ダンス部、やる気出してみたら?」


 実果乃が入部したのはダンス部だ。オレは結局思い出せずに、頭を下げて小言を食らいながらその二度目の情報を聞き出した。


「そりゃあさ、部活がちゃんと活動してるんだったら私も行くけど……」

「あー、野球部パターンね」


 つくづく、この私立征英学苑高校の部活動はてこ入れのし甲斐があると言うことだ。


「それにほら、私、個人でダンスレッスン通ってるし」

「え?そうなの?」

「うん――こう見えても、私、アイドル志望だからさ」


 確かにアイドルに向いてそうだな、と思ったけど――まさか、本当にアイドル志望だったとは驚きだ。

 まぁでも、言うだけなら誰にだって出来る。その点、実果乃は本当にアイドルを目指しているらしく、ダンスレッスンは週に2回、加えて週に1回のボイストレーニングに通っていると教えてくれた。


「実はさ――安芸君と鹿取君が嵌ってる、RUBYルビの二期生オーディションも受けたんだ」

「マジで!?」

「うん。でも、二次審査で落とされた――他にも色々受けてるんだけど、中々難しいんだね……」

「んー……比奈村ってさぁ、グループよりソロ向きじゃね?グループでいると、他のコ食っちゃうとか思われてんじゃね?」


 こじんまりとした清楚で可愛らしい花束の中に咲き誇る薔薇が一本あるようなものだろうか。薔薇に霞んで周りの花々は見向きもされないどころか、全体の調和すら崩れてしまう。

 そういう理由で落とされることも、あってもいいと思う。勿論一番いいのは受かることなんだろうけど。


「もしくはさ――そこよりもいい居場所がきっとあるってことで」

「……ありがと。安芸君ってさ、やっぱ男らしいよね」

「女なんですけどねー?」

「あははっ――知ってた?安芸君って、女子から結構人気なんだよ?」

「はぁ?」


 実果乃の話だと、男子よりも男らしいし、背も男子並みだし、サバサバしていて余計な気を使わせないし、話してて面白いし――何だ、本人が気付かないうちに評価が鰻上りどころか鯉の滝登りだ。

 ただ言わせてもらうなら、それは征英学苑うちの学校の男子が、その3分の1がヤンキー上がりのオラついてる奴かチャラってる奴か、で、残りはヤンキー上がりじゃ無いにせようちの学校の学力レベルで考えればそこそこ頭良くない、っていうのがポイントだろう。

 これでも昔はちょっと名を馳せた進学校だった、ってんだから。良くも悪くも歴史は物事を変えてしまう、ってことだ。


「性別的には男子から人気出ろよ、って叫びてーわ」

「え、本当に?」

「いや、前言撤回。別に男子にモテなくていい」


 くすくすと笑う実果乃。そしてその色付いた唇から、つい先月聞いた言葉が漏れ出てくる。


「――安芸君って、さ。……本当は、男の子が好きなの?それとも、女の子が好き?」


 どことなく艶めいた静かな言葉にオレはかしこまってしまって、何の気無しに歩く足を止めてしまった。

 隣を歩く実果乃もまた、やはりオレの隣で目を合わせずに髪の毛を掻き上げている。

 湿り気を帯びた風がオレたちの間を通り過ぎて、やがて静寂が耳に充満する。


「……鹿取にはさ」

「え?」

「オレの初恋は年上の男の人だ、って言ったけど――思い返してみればそれ、初恋じゃなかったんだよな」


 そう。オレの初恋は、コバルトさんじゃない。アレが一番、恋らしいと言えばそうだけど。

 オレが始めて誰かを好きだと認識したのは、コバルトさんが初めてじゃなかったんだ。


「比奈村には、……比奈村だから言ってもいいか。オレの初恋は、女の子だ」

「え――っ」

「小5の時だな。転入生だったんだけど、結局転校してったな」

「そっか……どんなコだったの?」

「んー、正直あんまり覚えてないぜ?」


 嘘だ。今でもはっきりと思い出せるくらい、そのコの記憶は鮮明だ。

 でもこっ恥ずかしいから、思い出す振りをしながらオレは歩行を再開する。


「体形は少しふっくらしてたかな、背もあまり高くは無かった。人見知りで、物静かで、今だったら陰キャって言われてたかも知れない。休み時間は誰かといるより1人で本を読んでるタイプのコだったな」

「何で、好きになったの?」

「何で、って言われたら――判んねーな。でも、何処が、って言われたらはっきり言える」

「何処?」

「そのコはさ、自分の言葉がしっかりあった。嫌なことはちゃんと嫌って言えるし、好きなことはちゃんと話せたんだよな。芯がある、って言うの?」

「ふぅん……」

「だから転入してきたばっかで友達も碌すっぽいなくって、しかも友達も作ろうとしないしさ。だから何か目ぇ付けられて、寄ってたかって叩かれてたんだよね」

「うん、」

「それでも自分の意見はあるコだからさ、そういうのはやめてくれ、あなたたちの邪魔はしないから、静かにさせてくれ、って言ってさ。そしたらえらいまた叩かれ出してさ」

「う、うん……」

「それでも結局、自分を曲げないってところがすっげーかっこいーって思って……」

「……それで?」

「ああ、本当に1学期間くらいしかいなかったけど、つきまとってやった」

「つきまとっ?」

「うん。休み時間とか放課後とか、ぴったり寄り添って。別に何か話したとかそういうのは無いけど、おかげでそいつを叩くやつはいなくなった」

「何で?」

「その頃のオレって、結構やんちゃだったからさ。言葉よりも先に手が出るタイプで、結構手が付けられなかったんだよ。でも別に悪いことをしてるわけでも無いから。そりゃ最初はめっちゃ煙たがられたし付きまとわないでくれ、って言われたけど――最後の学校の帰り道で向こうからさ、手繋いでいい、って訊かれた時は心踊ったね」

「えー、めっちゃ青春じゃん」

「でも休み明けて登校したら転校だぜ?オレ的にはここからじゃん、ってのがさ、もう終わりじゃん、ってさ」

「……そのコ、どこ行ったの?」

「一度だけ、小6の夏休みに手紙が来たんだよ。エアメール。ロンドンだってさ」

「今も手紙、遣り取りしてるの?」

「いや――1通来て、1通送って、それっきり」

「……そっか」

「たぶん、それが初恋になるんじゃないかなー。というわけで、オレの初恋は残念ながら女の子でしたぁー」

「別に……残念じゃ、無いけど」

「え、何?」


 西日に陰らう実果乃の表情はうまく読み取れない。

 オレの初恋が同性相手だと知って、気持ち悪いと思われてはいないだろうか――そう思われたなら、それはそれで、そこまでだ、って話で。

 オレはもう、オレがこういうオレなんだと、諦めてると言ったら言葉が悪いから、頷いていると言うことにしている。


 しかし、男子アキラには初恋が男だと言い、女子ミカノには初恋は女だったと言い――何だか自分がたらしめいている気がしてきて気持ち悪い。


「んー、まぁー、……うん。オレはさ、自分でも結構まだよく判ってないんだよね。自分の身体が女性だってことは判ってるし、それでもやっぱり男性の肉体に憧れてる自分もいる。あの、筋肉の付き方とか量とかに、って意味ね?」

「ふふっ、判ってるよ」

「で、女の子のことを好きになったこともあれば、男性に恋をしたこともある。ジェンダーだのLGBTだのってのは正直よく判らない。ただでも、出来ればそういうごちゃごちゃしたことに悩まずに、毎日笑って過ごせればいいなー、なんて思ってる。だから、ぶっちゃけ相手が同性だろうが異性だろうがどっちでもいいじゃん、って思うよ」

「何か、安芸君らしいね」

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