Track.7-6「へいへいどーした?」

 空手なんかやってると、女だろうがよく絡まれる。

 オレは中身がこんなんだし、特にこの頃は“オレは女なのに男よりも強い”という性差を超えた力に謎の拘りを持っていて、だから売られた喧嘩は出来るだけ秘密裏に全部買うことにしていた。


 最初はまぁ、レディースって言うの?中学生だっつーに毛羽毛羽けばけばしい化粧で金髪だったり茶髪だったりの、スカートの極端に長かったり短かったりする、言葉遣いと態度の荒々しい不良少女達がいちゃもん着けて来たんだけど。

 少し煽ってやったら口だけじゃなく手を出して来たので、それならってことで軽くワンパン見舞ってやったら――ほら、オレってば蹴りにこだわってたからさぁ。突きパンチはそんなに練習して無かったんだよね。当て勘とかイマイチって言うか――それが顎にいい感じに当たって脳震盪起こしたらしくって、まさかKOノックアウトするなんて思いも寄らなかった――表情には出しちゃいないけど、もう心臓ばっくばく。


 それから不良連中あいつらの絡みはエスカレートしていって、中2の秋の終わりには野郎も登場するようになった。何でもオレは、そいつの彼女を傷つけた憎き相手ということになっている。

 いやいやそっちが下手に絡んできたからでしょうが!とは突っ込む間も無く喧嘩を売られ、こっちが断る前に――まぁそんなつもりはさらさら無いんだけど――殴りかかってきやがんのさ。


 だから、オレの中で勝手に伝家の宝刀とかそういう風に呼んでいた右上段廻し蹴りライトハイキックをぶちかましてやった。


 するとどうもそいつは、不良の中でもそこそこまぁ弱ったらしい部類に属する奴だったようで。

 結果オレの右上段廻し蹴りライトハイキックは咄嗟につんのめって立ち止まったそいつの眼前で空を切ったわけなんだけども、それが逆に怖かったらしくて戦意喪失意気消沈。


 次の日の放課後は学校の正門前に5、6人の不良がたむろっててすっげー邪魔だった。

 多分オレなんだろうな、ってしゃしゃり出たら「安芸って奴はお前か?」なんてメンチ切られて、取り敢えず1人ずつぶちのめしてみたけどさ。


「やるじゃねぇか、でもオレはソイツよりつえぇゼ?」


 ――なんて、現実リアルで聞くことがあるなんて思ってなかったよ。だってここ東京だよ?板橋区だよ?高島平ってそんなに田舎臭い土地だったっけ?


 6人抜きをした次の週は、なんと全く知らないヒョロガリの男子生徒から“果し状”なるものを手渡された。とは言ってもうんざりしながらよく聞けばそのヒョロガリが挑んで来たんじゃなくて、ヒョロガリそいつは言い付けられたんだとか。オレに渡せ、って。


「あ、あ、あ、安芸さん……行かない、方が、いいよ……」

「え、そうなの?」


 ヒョロガリそいつが言うには、オレを呼びつけた奴、というのがまぁ悪くて強くて大きい奴らしく、オレはとんと知らなかったがここいらの底辺中学校じゃ有名な奴らしい。

 で、何か怪しいと思って根掘り葉掘り探ってみたら、どうやらヒョロガリそいつもカツアゲだの何だの、被害に遭っているんだとか。


 やっぱりオレは恵まれているんだろう。

 空手という武器を手に入れながら、オレは自己の研鑽という道を進めている。不良連中あいつらみたいに誰かに迷惑をかけることを善しとせず、ヒョロガリこいつみたいに被害を被っている奴に同情して助けてやりたいなんて――ものの見事に道徳的に育ったものだ。


 だから意気込み勇んで行ってやった。果し状だなんてレトロでスタイリッシュなことやる割りにはカツアゲだのパシリだのちゃっちいことやってるソイツに、どうもオレは正義ってやつを振り翳したくて堪らなかったらしい。


 正義は気持ちいい。――当時まだ14歳だったオレは、そのことをよく解ってはいなかった。

 どちらかと言えば合法で、でもそれはちょっとした弾みで違法になってしまえる麻薬みたいなもんだ。


 だから大柄なアフロヘッド野郎と対峙したオレはのっけからアドレナリン過剰分泌バリバリで、殴られても痛くなければ殴っても痛くない、という狂気じみた状態のままソイツとタイマンを張った。

 流石に他の不良連中と違ってワンパンKOとか、ワンキック戦闘不能とかにはならなかったし、ただの不良にしては研ぎ澄まされ過ぎた体捌きをしていた。


「うるぁああ!」


 とは言っても結局は不良だ。パンチは大振りテレフォンで、狙うのは頭ばかり。

 頭部は確かに致命傷にもなり得る弱点の宝庫だ。

 目を衝かれれば視覚を奪われ、鼻を打たれれば出血で呼吸を奪われる。

 耳の辺りは平衡感覚が狂うどころか顳顬こめかみは急所だし、顎もまた打たれ方によっては脳震盪の引鉄ひきがねになり、打たれた拍子に舌を噛み切れば出血多量で死にかねない。


 でもそれは、やっぱりって前置詞を置くべきだ。

 全身の割合に対して人間の頭というのは小さく、また中心ではなく外縁にあるためよく動く。

 当てるなら的は大きく、あとなるべく動かない方がいい――同じ外縁にあるは、身体構造のせいで稼働領域は狭い方だ。だから、徹底的に脚を攻めた。


「ぐっ――――」

「へいへいどーした?その程度かよ」


 相手は大柄で、そして重い。別にデブってるわけじゃないけど、身長はたぶん180センチを越していたし――まだ中学生だぜ?――骨太なのか筋量も贅沢なように見えた。

 ただ、悲しいかなそれを俊敏に動かす技術には秀でていなかった。格闘技かスポーツでもやればその肉の重さを速度に置き換えることも出来ただろう。


「てめぇぇえええっ!!」


 その技術も何も無いただの前蹴りヤクザキックが、しかしその巨体と重量のために十分な凶器に仕上がっている。ただやはり、当たらなければ意味が無い。

 こちらとしては、肉薄しない中距離ミドルレンジでのやり合いに落ち着いているのは多分に好都合だ。向こうとしては本来ならばその巨体ゆえの長い射程リーチを活かして遠間から一方的に嬲りたいんだろうけど、生憎とこちらは自分よりガタイのいい相手とは闘い慣れている。


 しかし闘い慣れているのはあくまで組手、の話だ。

 このビッグアフロに格闘技の経験が無いのと同様に、オレには喧嘩の経験があまり無い。

 だからオレは基本的にはの追撃は出来なかったし、また技術や速度はあっても筋肉量の無いオレの一撃一撃は重みに欠ける。

 ビッグアフロに損傷ダメージは蓄積するも、そのひとつひとつは微々たるもので、効果の程は定かじゃない。ぶっちゃけ、状況は膠着していると言ってもいい。


 そして膠着そうしてしまうと、今度はオレに大分不都合なことが起こる。

 直接打撃制フルコンタクトの組手というのは、勝負は割と早く決まる。寧ろ一番試合が動くのは試合開始直後であり、そこに全力を注げるよう瞬発力を鍛え集中力を研ぎ澄ましたオレの身体は一瞬に全てを懸けるように改造デザインされている。

 何が言いたいのかと言えば、オレには体力――持続力が無い。


「――どうした?ふらついてんじゃねぇか」

うるせぇよ――」


 受けと捌きに専念させていた両腕も、最早上げて構えるのでさえ億劫になり。

 移動と攻撃に専念させていた両足は、最早棒と言っても過言でない程の体たらく。


 勿論ビッグアフロも最初よりはペースダウンしているものの、消耗具合で言ったら完全にオレの方がヤバい。

 調子に乗って脚攻めに傾倒したのがまずかった――でもそのおかげで相手の足捌きは最早無いも同然なのだから、まぁしとしよう。


 さて。――――問題は、ここからどうするか、だ。

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