Track.5-28「そーゆーとこが下の中の下の下なんだよなぁ」
例外的に。
2つが対となる
夷の持つ錫杖は正式名称を
しかしそれと同時に、
錫杖の柄を握り込んで引き抜くことで
そして
異界の機能を停止させる
だから夷がアリフの右腕を切り捨てたとて、そこに
そして。
右腕を
「あー、まぁそうだろうね。――そーゆーとこが下の中の下の下なんだよなぁ」
冷めた呟きを吐き捨て、夷は踵を返して周囲を見渡す。
自らの
「んーっと……あっちか」
その足取りは軽くも重くもあり、紅い川面を細身のスニーカーが踏み付ける度にちゃぷりと仄かな水飛沫が立った。
再度、絲士とその両親の三人が磔になっている櫓の麓まで戻って来ていた愛詩は三人を視上げる。
三人を木組みの櫓に磔にしているのはそれぞれの両の手に深く突き刺さった釘だ。傍目に見ても五寸釘よりも太く、長く思えた。
「――よし」
意気込むと、愛詩は自らの両手を高く掲げた。開いた掌からは
向けた掌を返しながらぎゅっと握り締める。その合図により、太い
「ふぅ。後は、――」
返した掌を再び三者に向ける愛詩。彼らの身体の内側に弦を張り巡らせ、その弦それぞれを筋肉の代わりに収縮し動きを齎す命令を組み込――――もうとして、それを阻まれた。
「っ!?」
クッションを跳ね飛んだ三人の身体が肉薄すると、凡そ人のものとは思えない太く鋭い爪で以て愛詩の肉を抉ろうとしたのだ。
迂闊。
愛詩は咄嗟に自身の背中から後方の木へと弦を繋げると高速の離脱を遂げ、襲い掛かる三人に対しても弦を繋げた。
三人の身体はすでに異形めいて変貌してしまっている。胴体の前面と背面がぐるりと入れ替わり四つん這いになると、蜘蛛を思わせる四肢の動きで再度接近しようと土を蹴る。
首も180度回転し、その顔貌も口が耳元まで裂け、額にはもう二つの更なる眼を生んでいる。
跳躍を主体とした機動は横並びの双眸を持つ人間にとって捉えづらい。
しかし愛詩は真理の一端へと到達し得る弦術士だ。蜘蛛のような相手よりも蜘蛛めいて弦を張り巡らせると、その包囲網で以て三人の動きを静止させた。
つい先程組み上げたばかりの、対リニ戦で見せた繭を創る術式を軽量化したものだ。包囲網は三人の四肢と首、そして胴に巻きつき、最低限の本数で完璧に動きを止めている。
三人から伸びる弦で彼らが
それを見届けた愛詩は、無意味だと解っていても両手を合わせて黙祷を捧げた。
それは敵として立ちはだかり襲い掛かってきたかもしれず。
それは魔術によって編まれた仮初かもしれないが、確かにこの世界に生まれて来たのだ。
それが偽物だろうと、命には敬意を払うべきであり。
そしてその命を散らしたのは紛れもなく自分なのだ。
だから愛詩は、無防備にも黙祷を捧げる。
今度は、自由意思を持った本物の命として、生まれ落ちますようにと。
「面白いことやってんね」
「――夷ちゃん」
黙祷を捧げ終えた頃を見計らって出てきた夷を、紛れもない本物だと弦を通じて確認した愛詩はにこりと微笑んだ。
「
アリフの行使した魔術は、術者が瀕死の状態になると自動的に発動する
「あいつがどこに転移したのかは気になるけどさ。この異界にはもういないと思う」
「うん。探査網にも引っかからないよ――たぶん、リニちゃんを連れて帰ったんじゃないかな?」
探査網はリニの不在すらも愛詩に教える。この
うんうんと頷いた夷は自身よりも少しだけ背の低い愛詩の頭を撫でた。夷は物理的に接触することで、
「……ねぇねぇいとちゃん。この異界の
虹色の煌めきを放つ弦が導いた先で、鬱蒼と茂る森の一本の木に擬態していたこの異界の
球体の大きさはソフトボールとほぼ同じだ。異界の広さや規模は
どうやらこの異界は大した広さや大した機能を持ってもいない最低限レベルのものだと夷は嘆息したが、
所有権を獲得した異界を夷は閉じる。まるで紙に火が燃え渡るように空間がちりちりと焦げ落ち、二人は弓削邸の客間に降り立った。
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