Track.5-22「魔術師としての将来は安泰しかありません」

「メンバーは一期生と二期生合わせて16人おりまして、その1人ずつに1名を宛がっていただけると助かります」

「マンツーマンでの警護体制ですか……四方月君、どう?」

「――チームに属している調査員全員と、控え、それから機関員も合わせればいけますね。チーム分けや担当は今後の話になると思いますが」


 そこまで厳重な警護体制を敷くのには理由があった。先日の小火騒ぎだが、実は“予告”がされていたのだ。

 それは運営チーム宛に封書で届いた。アイドルに対するファンレターに悪意の篭った手紙――例えば殺害予告など――が混じっていることは少なくない。ただしそれは中身をあらためるために本人には届かない。

 しかしその予告状は趣が異なった。宛先はあくまで運営チームだったからだ。


 ――握手会で火の手が上がる。

   それは狼煙に他ならない。

   聖夜には魔女が生まれるだろう。

   誰一人として欠けてはならない。――


 文面はただその4行だけだ。

 こういった文書は毎回保管される。何かあった際に警察に提出するためだ。

 しかし小火騒ぎの握手会会場で霊銀ミスリルの残滓、魔術反応が確認されたのと同様に、その手紙にも同様の魔術反応が確認された。


 だからこそ、最後の“誰一人として欠けてはならない。”という一文を遵守するためにも、メンバー1人につき1名の魔術士を配備することをリーフ&ウッドは要請し、クローマークはそれを受諾した。

 実際には日勤と夜勤とで分けられ、それらを取りまとめて有事の際は指揮を取る配置ポストも必要なため、手配する人員は36名にまで膨れ上がった。クローマークとしても総動員して配備できる限界ギリギリの人数だった。


 魔術警護は日本では請負業にあたる。そのため綿密な業務のやり方については請け負った会社に一任される。

 今回の打合せで焦点となるのは、後は各メンバーの住所とスケジュール。その一覧を紙面で受け取り、クローマークの三人は席を立つ。


「それではこちらも配備態勢が整いましたら改めて打合せのご連絡をいたします」

「ええ、どうぞよろしくお願いいたします」

「契約書ならびに契約請書についてはご用意をお願いします」

「畏まりました。急な申し出なのに引き受けていただいて、本当にありがとうございます」


 クローマーク中央支部長石動森造と、リーフ&ウッド煤島健吾とが微笑みあい、握手が交わされる。

 その両方の斜め後ろで、芽衣とRUBYルビリーダー土師はららも互いに見詰め合い、頭を下げ合った。



   ◆



「泥人形を無視してそれを生みだしてるわたしを狙ったのはいい判断だったと思うよ。ちゃんと弦で幻像じゃない実像のわたしを見つけ出したのも」


 かがやきから下りた新潟駅の構内で乗り換えるホームに案内されながら、夷は夢の空間での実戦訓練の講評を端的に述べた。

 しかし愛詩は疑似脳から経験をフィードバックしたことによる激しい頭痛でそれどころじゃない。夷は【罪業消滅】サンスカールラを行使して痛みを取り除いてもいいが、痛みが無いことに慣れてしまうといつか後悔することになると告げて選択を迫った。


「んぅ……我慢する」

「いとちゃんは偉いなぁ。あとエロいなぁ」

「エロくないよっ!」


 二人の遣り取りはまるで友達同士のそれだ。傍から見て、その二人が昨日初めて会ったなどとは判り得ないだろう。

 しかし体感上の二人の付き合いは実際の時間の経過よりも長い。先程のかがやきの車内での夢の修行は、実時間に換算すると丸一日、24時間に相当する。それだけの時間を手を変え品を変え、何度も何度も交戦したのだ。もはや戦友と呼び合っても差し支えないほどだ。


 そして夷は確信した。

 愛詩の魔術士としての適性は桁が違うとか外れているとかの次元ではない。

 夷が施したのはちょっとしたきっかけだ。その小さな糧を100%を超えて吸収し、小さく芽吹いた子葉は大樹にまでなろうとしている。高く真っ直ぐ天を貫く幹は際限なく枝葉を広げていく。


 そんな夢想の情景を瞼の裏側の隅に追い遣って、案内されるがままに夷は銀杏いちょうの並木が街路を飾る住宅街を歩く。


「ただいま」

「お邪魔します」


 昼下がりの糸遊家。専業主婦である母は勿論のこと、昨日から万が一に備えて有給休暇を取って自宅で待機していた父も二人を出迎える。

 男子三日会わざるば刮目して見よ、ということわざがあるが、愛詩の両親が一日ぶりに愛詩を見た感想は、まさしくそれそのものだった。


「愛詩――何だか、大人になったな」

「えっ?」

「まぁいい。おかえり――この方が?」


 父が神妙な面持ちで訊ね、夷は交差した視線の主に頭を下げ、自らを語る。


「初めまして。糸遊愛詩さんの魔術の師を務めさせていただく運びとなりました、幻術士・四月朔日夷と申します」


 被った猫の分厚さに愛詩だけが吹き出した。


 客間へと通された夷は、愛詩とともに両親とは対面のソファに掛け説明を始めた。


「そもそも糸遊家という一族は、今では絶えてしまっていますが、元は弦術、いとを用いる魔術士として栄えたと聞いています」


 その話は確かに愛詩の父も聞いたことがあった。ただ、大人になってからは流石に与太話だろうと気にかけていなかった。

 父の務める紡績会社は、元は糸遊家という弦術士の一族が片手間で始めた製糸工場がその発端である。今では家督が会社を継ぐ元来の方式スタイルは失われてしまったが、それが存続していれば数世代前から糸遊家は紡績会社の代表取締役である。

 その歴史から、愛詩の弦術士としての才能は先祖返りであろうと続けた夷は、愛詩がどれだけ弦術士としての才能を有しているか、昨日から今日にかけての短期間でどれだけの成長を果したかを実に解りやすく説明した。


「彼女はすでに、“魔術師号”ワークスに到達しています。魔術学会スコラに申請してそれを証明することが出来れば、魔術師としての将来は安泰しかありません」


 その系統の魔術を全て修めたことを評して“魔術師号”ワークスという称号が与えられるが、魔術が持つ可能性の全てを明らかにすることは出来ないと言われている。

 では何を以て魔術を修めたとするのか――魔術学会スコラの規定では、それは“真理の一端に到達”することがそうだとしている。


 世界のありとあらゆる存在と現象は真理に記録されており、真理に無い存在・現象は生まれない。

 それが、魔術学会スコラの祖である1人、ピエール=シモン・ラプラスが“或る知性”スキエンティアとの邂逅の果てに得た解だ。


 真理とは多面体であり、魔術の系統とはそのひとつの面である。

 魔術士の本懐とは魔術を極めることで真理に到達し、いずれその全てを解明することだった。


 結局それを果せないままラプラスが逝去した後、その遺志を汲み取ったジェームス・クラーク・マクスウェルが世界中の魔術士に呼びかけ生まれたのが、魔術を研究しそれを共有してかつてのラプラスの本懐を成し遂げようとする魔術学会スコラという組織だ。


 しかし現在の魔術学会スコラは、真理を探求しようとする派閥と魔術を実利に変換しようとする派閥に分かれている。

 片方は真理を探求することで人間に出来ないことは無いんだと言うことを証明する、ラプラス派、或いは穏健派と呼ばれる派閥。

 もう片方は魔術を研究して永久機関を生みだし、また魔術を文明に根付かせようとする実利主義のマクスウェル派、或いは過激派と呼ばれる派閥だ。

 無論そのどちらにも属していない無閥派もいれば、蝙蝠こうもりのように両派閥を行き交う者もいる。


 そういう風に、魔術学会スコラ高々たかだか1世紀半もいかない短い歴史で変わってしまったが、それでも変わらず在り続けるのが“魔術師号”ワークスであり、その称号を冠す魔術師ワークスホルダーへの讃美だ。


「もっと解りやすく現実的な話をしますと、魔術学会スコラに所属する魔術士の月収はピンキリですが、それでもキリで15万から、ピンで役職にもよりますが200万とか300万くらいですかね。魔術師ワークスホルダーの月収は、それにゼロを1個足してください、って感じです。あ、手取りの話ですけど」

「はっ?」


 愛詩の父親が間抜けな声を漏らし、母とそして愛詩本人は言葉さえも出せないほど呆けてしまった。


「ただし勿論、人生は魔術漬けになります。多くの弟子を抱えて、より多くの魔術師ワークスホルダーの育成に明け暮れることになるでしょう。若しくは異端審問官インクィジターとして同じ魔術士の監査や、魔術学会スコラそのものの運営に携わるか。よほど魔術が好き、って人じゃないと嫌気が差すお仕事です。逃げ出したり、禿げあがったりするかも知れません。後者だとまだいいですが、前者だと漏れなく追手がついて処分されることもあります」


 にこにことした可愛らしい笑みで毒に似た言葉を吐く夷はさらに続ける。


「今のは魔術学会スコラでの話です。ですが魔術士には民間企業の道もありますし、どこにも所属せずフリーランスで活動する魔術士だっています。その場合は収入は結構減ることになるのは覚悟せざるを得ませんが、それでも普通の企業に務めるよりは全然裕福です。この国は、これからもっと魔術が発展していく見込ですし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る