Track.5-21「受け身になるな!考えろ!」
麓の町から2~3時間に1本出るバスにタイミングよく乗りつけ、終点の奥多摩駅から電車に乗り継ぎ、立川駅からはJR中央本線に乗り換えて一直線。
しかし所謂東京23区に初めて出向いた夷は、実にきらきらとした目を輝かせて「新宿でお買い物しよう!」と息巻いた。
そっち方面に疎いわけでは無い、寧ろ一介の女子高生としてファッションやコスメは一通りチェックを入れている愛詩もこれには賛同し、新宿駅で下りた二人は少しだけ駅構内を彷徨いながらどうにか隣接する
「夷ちゃんって、ビッグシルエット好きだよね」
「大きくなりたいって願望の現れかもしれないね」
夷の適当な返答――なんなら夷は愛詩よりも背は高く、165cmはある――に苦笑した愛詩だったが、まだ顔を合わせて二日目だと言うのに、この眼前の少女ともう何度も一緒にこういった時間を過ごした錯覚に捉われていた。
新宿駅に舞い戻った二人は、再びJR中央本線に乗って東京駅を目指す。そして北陸新幹線で新潟駅へと向かうのだ。
「新幹線の車中でまた修行するからね」
「え?新幹線の中で?」
中央線のホームから階段を下りて緑色の新幹線改札を目指す中で愛詩は夷に訊き返す。
平日の昼間ということもあってか、新幹線の座席は自由席だが空いていた。
「修行って言っても、夢の中でやる感じになるけど」
「びっくりした。まさか新幹線の中で跳んだり跳ねたりしないよね、って思ったからさ」
山道の修行では結果、
しかもそれだけではなく、それらの躰術を弦術を用いて再現したというのも特筆すべき事項だ。体内に筋繊維と腱そして神経の代わりとなる弦を張り、脳および脊髄からの電気信号ではなく弦を通じて発せられた魔術信号を用いて身体操作を行う――
しかし夷は驚かない。その程度のことは自ずから出来るようになってもらわなくては困るし、糸遊愛詩はそれを難なくこなせるはずだ。もっと言えば、彼女という器はその程度では無い。もっと高みに手が届く筈だと夷は確信している。
新幹線かがやきの座席に横並びで座った二人――窓側に座る愛詩の額に掌を翳した夷は、その指先が触れると同時に愛詩の脳内に魔術で偽造した電気信号を送って催眠状態にすると、その脳機能を“思考・記憶・反射”の三つに分割して
そして周囲の状況や
「何か、不思議な感覚……」
「体感が残っているから輪郭は保っているけど、今ここにいるわたしたちは意識が剥き出しになっている状態。慣れちゃえば疲れも無いし痛みも無い。ここでの体験は身体の方が起きないとフィードバックしないようになってるから」
「う、うん」
「だから時間も気にする必要は無いし、思いっきりバトれるってことだよ」
そう告げた夷が合掌すると、奥行や広さ・高さの不明瞭だった無色透明の空間に、地面と空中を隔てる境界線が碁盤の目状に張り巡らされた。
その網目模様が盛り上がり、幾本もの樹木の輪郭を
「すごい……」
「この空間は限りなく現実を模しているけど、結局は剥き出しの意識だけが存在する夢の空間だよ。ぶっちゃけ言うと何でもアリ」
言葉の端が切れると同時に、雑木の影から黒い泥を練って造られたような人影としか言いようの無い存在がぬぼっと現れる。全身が真っ黒で、しかしこひゅぅ、という息遣いが聞こえ、また眼窩にあたる部分からは突き刺す視線のような意思を感じられる。
「いとちゃんの霊基配列は、いとちゃんを本能的に護るように創られている。だからいとちゃんが何もしなくても、外部からの攻撃は霊基配列が勝手に判断して術式を発動していなしてる。でも、それは戦うじゃない」
人影たちが殺到し、重油が固まったようなぬらりとした剛腕を振り翳す。
しかし無意識的に働いた防衛機制は本人の意思に関わらず霊基配列を自動的に組み変えて周囲に切断する鋼線を張り巡らせる
愛詩の身体から幾つも迸る
「傷ついて傷つけるのが戦いだよ、いとちゃん。傷つかないように無意識に頼ってちゃ何も勝ち取れない。――いとちゃん、きみはゆげくんを奪うんでしょ?」
しかし人影の勢いは止まらない。木々の影から溢れるその数はすでに軍勢と言っていいほどの規模だ。
愛詩の防衛機制が行使する
そして盤上の支配権を持ちうるのはやはり夷だ。再び合掌した夷は木々に茂る鬱蒼とした葉の影から、今度は黒い烏を幻創した。それらは空中で翻ると、鋭く太い嘴をまるで槍のように突き出して降下する。
平面にしか効果を及ぼさない
「受け身になるな!考えろ!」
その最中に響いた怒号が、愛詩の逡巡を阻んだ。
自分の脊髄の中で組み変わって行く霊基配列。その形から術式を即座に理解する。
それは悪手だ。効果に対して
今この瞬間はそれで凌げるかもしれないが、それを続けるとなると流石に厳しい。愛詩は自分の魔力が桁外れに膨大だということも聞いて知ってはいたが、それでも限界は訪れることも知っている。
咄嗟に行使した
目的を履き違えるな――夷の言葉が浮かぶ。
目的は何だ?この修行の目的は、私が強くなることだ。じゃあ今この場における目的とは――答えを弾き出した愛詩は、先程のように幾つもの弦を迸らせるのではなく、ただ一本だけを遠く離れた雑木の太い幹に伸ばして括り付けると、即座にその弦を収縮させた。
まるで弾かれたように愛詩の身体が雑木の幹に到達し、愛詩はそうして離脱を完遂した。
直後、それまで自分がいた場所にはまるで隕石のように何羽もの烏たちが地面に特攻して弾け飛ぶ。
それを無表情に見流して、ぶつぶつと思考を言葉に置き換えて強く想起しながら、今度は中空に幾つも浮かぶ“矢”を弦創する。
その矢の先端からは、合掌を解いた夷の身体を目掛ける軌道を描く
「――
「――
無数とも思える矢が矢継ぎ早という語義通りに襲来すると、夷は自身の周囲にやはり無数とも思える掌を幻創する。
幻の掌はその中心にひとつの眼を有しており、飛来する矢を掴み上げ、或いは叩き落として防衛するも、貫かれて矢もろとも消し飛んだり、または防御が間に合わずに夷を貫く矢もあった。
しかし貫かれると同時に赤黒い灼けた肉塊のような泥へと変貌した夷は、
だから愛詩は、矢の射出を続けながら自身も弦の収縮による移動を繰り返し、そして異なる探査用の弦を幾つも伸ばした。
当然、探査対象は“四月朔日夷”だが、検索結果が複数存在することで夷が幻像を創り上げていることを察知した愛詩は検索条件から“幻”を除外して探査を続ける。
現れては消え、貫かれては消える夷の実像を追って次々と愛詩も移動を繰り返す。
凄まじい速度で実戦の経験を積み上げていく愛詩は、そして最後に夢の空間全体を覆うほどの包囲網を敷くと、雁字搦めになった夷の目の前に現れてにこりと笑った。
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