Track.3-18「クローマーク、めっちゃやるやん」

「起点座標、四点指定――確定」


 土砂降りの中、なだらかな坂道に落ちた雨粒は既に大河の予兆を見せていた。

 枯れ果てた筈の荒野の大地は、その罅やささくれの淵に泥を生む。泥濘ぬかるみの上を滑るように駆ける調査団の先頭には、クローマーク社チーム“WOLF”・“FOWL”そして四方月ヨモツキコウの九人が、やがて激突する巨人の軍勢を相手に体内に練り上げた霊脈を解放する時を伺っている。


右京ウキョウ!足場は任せたぞ!」

「了解。弥都ミト、杭が欲しい。何本行ける?」

「そっすねー、鉱脈も近いんで、たっくさん行けまっすよぉ!」


 答えるや否や、前方遥か彼方まで霊銀ミスリルの煌きをばら撒いた弥都は、駆けながら声高に【命を穿つ大地の尖鋭ミネラライト・ピラー】を行使した。虹色にちかちかと明滅する霊銀ミスリルの輝きは、巨人たちの隙間から大地に落ちると、地中深くに埋まる鉱脈を吸い上げて幾十本もの金属の槍を天へと突き上げる。


「VRWV!」

「GVRRRRRRRRR!」


 幾つかの槍は巨人を貫き、その進軍を阻む。身体に孔が空いた程度ではすぐに再生する幻獣ゆえの驚異の生命力を見せる巨人も、貫かれたとあれば再生できず、鉱脈を根こそぎ引っこ抜いて進軍を再開することも出来ない。

 しかし勿論巨人たちの進軍は止まらないし、その先頭をく“単眼の大巨人”に至ってはその強靭な皮膚で大地から突き出した金属の槍をへし折りひしゃげさせながら進んでいる。


 しかしあくまで槍は進軍を阻む目的には無い。弥都はあくまでも、要求された“杭”を戦場に散りばめたに過ぎない。


「冴玖!」


 航が吼える。すでに魔術通信によって冴玖に指示は伝わっている。だからこそ冴玖は応じず、自らの固有座標域から森林戦の時よりもさらに大量の水を召喚した。


「“召喚サモン海竜の棲処オケアノス――海竜王の大顎レヴィアタン”!」


 そして自ら喚び出した水に一つ、“荒れ狂う大波となって全てを飲み込め”という命令を込めて解き放った。

 土砂降りさえを飲み込んで巨大なうねりを見せながら大地に落ちた瀑布は、枯れた大地を削りながら巨人の軍勢を飲み込まんと爆ぜ進む。


「――“四点クァッド爆震ブラスト”ォォォオオオオオ!!!」


 そして地中に指定した四つの座標に向けて霊銀ミスリルの奔流を放った航。結果、巨人勢の足元深くで大爆発が起き、局地的に地盤沈下が起きた。

 そもそも【爆震ブラスト】という魔術は、本来であれば解体工事や地下トンネル掘削などの発破に使われるような魔術であり、規模を圧縮して拳に載せる航の従来のやり方は狂人の所業なのである。

 2メートルほど沈んだ大地の揺れに足を取られた巨人たちの進軍は一時止まる。そしてそこに、冴玖が放った濁流の大津波が襲い、地に伏した巨人や背の比較的低い三つ目の巨人などをし潰しながら軍勢を押し戻す。


「“綸繰いとくり蜘蛛くも楼閣ろうかく”」


 そして押し戻された軍勢の隙間を縫うように、突き出た槍と槍とを繋ぐ網目状の糸が張り巡らされた。

 戦場は整った。一人取り残された“単眼の大巨人”は憤怒の雄叫びを上げるが、すでに航は【二式並列思考デュアルシンク】によって思考を分割していた。

 肩に担ぐようにして構える“夜烏ヌエ”の柄を握る両手に力を込め直すと、【座標転移シフト】の魔術によって巨人の右膝の前に転移し、続け様に【空間固定ソリディファイ妖精の踊り場フェアリーステップ】によって足場を作成、そしてもう片方の思考で練り上げていた霊脈を解放する。


「“夜烏ヌエ換装トランスフォーム巨獣殺しギガントマキア”!」


 起動式ブートワードとともに、その鉄塊のような刀身は周囲の霊銀ミスリルを取り込んで刃渡りが5メートルほどの長大さに拡張された。


「斬術――“刃軋はぎしり”!!」


 そして刀身が含有する霊銀ミスリルは航の意思に呼応して微細な振動を纏い赤熱する。

 航は雄叫びを上げながら身体を限界まで捻り上げ、馬鹿げた大きさを誇るほこを横薙ぎに振り払った。

 振動により赤熱した5メートルの刀身は、分厚い皮膚に食い込んだ瞬間に細胞を溶断しながら骨に到達し、その重量と速度で断ち切ると巨人の右脚が太股ふとももから大地に落ちた。

 肉の灼けた不快な臭いが充満する中、再び【座標転移シフト】により後方の荒野の上へ転移した航は、元の斬馬刀の姿に戻った“夜烏ヌエ”を地面に突き立てると膝を着いて荒い呼吸を繰り返す。


 圧倒的な硬度と重量を誇る“夜烏ヌエ”を、剰え思考を分割しながら魔術を連発――その重量を人の身で自在に振り回すにはいくつかの躰術も必要だ――しながら一閃を放った航の体内は、すでに中毒になるほどの霊銀ミスリルの乱流が荒ぶっていた。

 しかしまだ“単眼の大巨人”は右脚を半ば失ったのみだ。死んでなどいない。

 昂ぶりを鎮めるように魔術士の呼吸を繰り返して霊銀ミスリルの循環を促す航の横を、その肩に手を置いて労いながらチームWOLFの四人が通り抜けていく。


 ほぼ同じタイミングで揺蕩う水面の戦場に到達したチームFOWLの四人はすでに、張り巡らされた糸の上を駆けながら、下半身を水に捕らわれ俊敏性を欠いた多眼の巨人たちを一体ずつ丁寧に屠っていく。

 弥都は地中から掘り起こした金属の剣や槍を射出して。

 冴玖は水流を操り水底に引き摺り込んだ巨人をその水圧で以て圧し潰し。

 澪冴は今だ降り止まぬ豪雨から取り出した氷刃を叩き込み。


 右京はそんなチームメイトの動きを注視しながら、巨人の反撃によって切れた糸を結び直したり、隙を見ては糸で捕縛、あるいは四肢や首を切断する。


「おいおい、うかうかしてらんねえな」


 太雅はWOLFのチームメイトに発破をかけると、実装した“天狼セイリオス”の能力を最大限に引き出して巨人たちの軍勢に肉薄する。

 続くチームメイトもまた、それぞれが着込んだ戦闘服コンバットスーツ型甲乙種兵装――木場キバ朱華乃アカノは同じ“天狼セイリオス”、イヌイ九郎クロウは“黒狗ブラックドッグ”、アドルフ・ヴォルフは“餓狼ルプス”――の持つ性能パフォーマンスを発揮させながら巨人たちを蹂躙する。


「“天狼セイリオス”、“蒼天に咆哮せよあおくさけべ”!」


 両の拳を前に突き出して太雅が言い放つと、その拳と拳の間に収束した霊銀ミスリルは極寒の温度となって氷結の渦を前方に投射した。その渦は直線状に水流と巨人たちを凍らせながら波濤し、巨人たちの一角の動きが止まる。


「“天狼セイリオス”、“熾天に咆哮せよあかくほえろ”!」


 別の一角では、朱華乃アカノが同じく両の拳を突き出し、収束させた霊銀ミスリルを超高温の熱波として放っていた。大気を焦がして進む波は巨人の顔の皮膚と目を焼いて脳内のコアを炭化させる。


「お前らァ!水から離れろよォ!弥都ォ、塩ォ!」

「あいよ合点!」


 地中の鉱脈から新たに塩の結晶を吸い上げた弥都は、九郎の意図の通りそれを大量に水に溶かした。


「でかしたァ、行くぞォ!――“黒狗ブラックドッグ”、“疾駆せよかけぬけろ”ォ!」


 そして九郎は両手を水に浸し、“黒狗ブラックドッグ”は青黒い雷電を水の戦場に放つ。それは瞬時に戦場一帯に伝播し、巨人たちは身体をびくんと痙攣させて麻痺に停止する。


「“餓狼ルプス”、“狂躁せよくるえ”――ウオオオオオオオオオオオ!!」


 そしてアドルフは“餓狼ルプス”が有する“狂躁機能バーサークモード”を起動すると、飢えた肉食獣の如く巨人から巨人へと跳び回り、篭手で守られた手刀を巨人の頭蓋に突き入れると、その脳内のコアを素手で握り潰した。


「クローマーク、めっちゃやるやん」

「僕たちも負けていられないな。魔術学会スコラの魔術士として」


 戦場の後方では間瀬奏汰の調査団十二名が範囲殲滅を進めていた。


「リリィ、包囲!」

「はい!」


 ウイの指示に従い、リリィは【距離を見失う次元牢ゼロ・ディスタンス】の魔術によって散らばった巨人たちを一箇所に集める。


「いいぜ、――“絶命を強いる死神の大鎌グリム・リーパー”!」


 そこに、鈴芽スズメが幾つもの斬撃を結集させた強大な一断ちを浴びせる。巨人たちの首や胴が真一文字に分断され、血飛沫は水面を紫苑に染めた。


「ちっ、“刈り残し”がいやがる――碧枝アオエぇ!」

「はいはい――お出で、“阿吽あうん”」


 初は自らの体内からふた振りの直剣を召喚する。たなびくほど長い飾り緒で連結した双剣は、右手の内に有るのが“斬り拓く阿形あぎょう”、そして左手に握るのが“断ちとざ吽形うんぎょう”という名を持つ霊器――自らの霊銀ミスリルで練り上げ編まれた固有兵装ユニークウェポン――であり、異術士・碧枝初はそれを用いた斬術を得意とした。


「――しぃっ!」


 紫苑の水面に浮かぶ巨人たちの体躯を足場に跳ね渡りながら、鈴芽が討ち漏らした巨人の残党を華麗な円舞のような斬撃で屠る初。

 葛乃もまた、【鎌鼬ゲイルリッパー】や【刃旋風スラッシュストーム】と言った切断効果のある魔術で遠隔的に巨人の首や四肢を落としていく。

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