Track.3-3「うちが君のこと守ったる」

 PSY-CROPSサイ・クロプスの横行は後を断たず、すでに新宿駅前、渋谷駅前でも同様の事件が発生していた。

 違うのは、事件の発生に対してその検知が遅れたために、物的被害と人的被害が発生し、そして首謀者が異獣化して始末されたことだ。


「事件は池袋から始まり、次いで新宿、そして渋谷と山手線を反時計回りに移っています」


 奏汰が率いる調査団の光学魔術通信を用いた遠隔定例ミーティングにて奏汰はそう切り出し、そして次の現場はおそらく品川駅前となるだろうと予測する。

 どの駅も乗り入れの路線が多く、利用客が多いことからそう推察したのだ。

 これまでの三件で首謀者となったのはどれも家庭環境や学校での立ち位置に問題を抱える青少年だった。おそらく次回も、PSY-CROPSサイ・クロプスのメンバーが直接出てくることは無いだろうと踏む奏汰は、冷静に分析を進めるもその実焦りを隠せないでいた。


「しかし……夜車ヨグルマ少年への接触が無いのはおかしい。引き続き、監視を徹底してください」

「了解しました」


 調査団員の一人、コダマ葛乃カツノは常磐総合医院東館の廊下にてそう答える。

 通信を切り、改めて病室へと入ると、そこにはベッドボードに凭れるように上体を起こして窓の外をぼんやりと見つめる夜車撥矢ハチヤの姿があった。

 撥矢の身体が僅かに震えているのを視認した葛乃は、おもむろに少年に近付いてはその手を握り締める。


「大丈夫。うちが君のこと守ったる」


 関西弁の混じったその言葉に、少年はただ泣きそうな表情になりながらも頷く。

 襲撃に失敗した少年は、いつか来るだろう制裁を恐れていた。そしてその制裁をこそ、奏汰たちは待ち望んでいたのである。

 病室内にはいつ襲撃が来てもいいように転移門ポートを設け、監視員として常駐する葛乃とは光学魔術通信で常時繋がっている。

 奏汰は万全を期したと信じていた。あとは現れるのを待つだけだと。ことはやさにおいて光に勝る魔術は無いからと。


 ふ、と病室の電気が消える。消灯時間にしては早いし、看護師による声かけすら無い。


「ぅ、ぅぅぅ――」

「大丈夫やって。うち、ちょっと廊下見てくるわ。ここにおっとって、な?」


 突如の暗闇に奥歯をがちがちと震わせる少年に安心させるような柔らかい物言いで握っていた手を離した葛乃は、腰のハーネスに備わるホルスターから、音叉のような形をした術具を手に取った。


 葛乃は、谺家という震動を操る魔術士の家系に生まれ、魔術士として可もなく不可もなく育った。しかしその実直さ・愚直さを買われ、魔術学会スコラにスカウトされ所属することになった。

 震動を物体に伝播させて放つ彼女の広域制圧魔術は、真空を身に包みでもしない限り防げない厄介な代物であり、ある種方術士の用いる魔術に特性が似ている。

 奏汰はそんな彼女の魔術士としての能力に信頼を置き、最も危険と思われる撥矢の監視役に抜擢した。彼女自身、自らを認めてくれた奏汰のために、何としても結果を残したい、またまだ幼さの抜けきっていない撥矢を守りたいと強く思っていた。


 廊下に出た葛乃は、電灯のついていない暗い廊下を【霊視イントロスコープ】で見渡す。

 震動を操る彼女にとって、【暗視オウルサイト】は不要だ。それよりも精度の高い周囲の状況を掌握する術を持ちうるからだ。


「“反響する座標の旋律エコー・ロケーション”――」


 その術は、周囲の空間に存在する霊銀ミスリルを震動させ、受信した反響から地形や活動体の有無を把握する術だ。同時に、現在魔術が働いている場所やその起点なども知ることが出来る。


「――っ!」


 廊下の奥から、こちらへと歩いてくるひとつの“音”があった。物音を立てないように息と気配とを消して歩み寄るその“音”は、確実に距離を詰めて来ている。


「あれぇ、もしかしてぇバレてますぅ?」


 ぴたり、と“音”が止む。代わりに聞こえてきた声は、聞き馴染みなどない。


「止まりぃや」

「止まってますよぉ」

「あんた誰や?」

「誰だと思ってますぅ?」

「答えや、さもないと撃つ」

「どうぞぉ、ご勝手にぃ」


 どことなく馬鹿にするような物言いに、味方ではないと判断した葛乃は音叉を指で弾いた。特殊な音波が周囲に反響し、霊銀ミスリルと共鳴する。

 廊下は暗闇に包まれてはいるが、しかし葛乃にはその人影の距離と形はおろか、その者がどのような格好をしているか、着ている服や身に付けている装飾品アクセサリーの材質までもを術によって把握していた。


 行使しようとしたのは【吹き荒ぶ魔笛の狂騒レゾナント・デストラクション】という術だ。

 複数の起点から一斉に特殊な音波を放ち、設定された特定の振動係数を持つ金属のみを爆発させる、というものだ。

 光術士によって鍛えられた術式の展開速度は音速を凌駕する。

 空間と地形とを伝搬する振動波は増幅し合い、敵影を捉えてその身の金属類を見境なしに爆発させる、筈だった。


(――え、本当にっ!?)


 しかし術を行使した瞬間に撃ち抜かれていたのは自分の方だった。

 葛乃は驚愕を隠しきれずに、穴の空いた左肩を押さえながらリノリウムの床に膝をつく。

 集中を途切れさせたことで、展開した術式はあっけなく霧散した。


 左肩から上がる、血が蒸発して肉が灼けた匂い。間違いなく、高熱で以て貫かれた。

 そして葛乃は思い出していた。


 ことはやさに於いて、光に勝る魔術は無い。

 しかし勝てずとも、負けないだけのはやさを誇る魔術は存在する。


「あんた――光術士やな」


 光なら、光に到達できるのだ。


「そうですねぇ、でも専門はぁ、瞳術ですよぉ」


 緩慢とした口調で言葉を紡ぐ敵影は、その右目にあたる部分を妖しく発光させている。

 おそらくその目から高圧の電流を真っ直線に放ったのだろうと予測した葛乃は、身を隠すため・通信を飛ばすために撥矢のいる病室へと即座に転がり込む。


「駄目じゃないですかぁ、病室に戻っちゃぁ。護衛対象はぁ、守らなきゃぁ」


 敵影は緩慢な言葉を投げながらも廊下を進む。

 そしてあと10メートルほどでその入口に辿り着く、というところで――


「病院で暴れないでくれますか?ここ、怪我人を治すところで、作るところじゃないんですよ」


 突如として眼前に立ち塞がった、常磐総合医院の検査技師にして異術士・小早川コバヤカワ春徒ハルトによってその進撃を塞き止められた。

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