Track.2-15「いや、それ無理っすよ」

「“空の王アクロリクス”――“君臨者インベイド”」


 自身の異術を開放した茜だが、その実何が起こるというわけでもなく、警戒する鬼は二の足を踏んでしまっている。


「来ないの?」


 そんな鬼を嘲笑うかのような表情で、構えたままの茜は口を開いた。


「じゃあこっちから行きますよ?」


 告げ、踵で地面を蹴って奔る茜。その動きはこの試験テストが鬼に両手で同時に触れられたら失格アウト、という根本的なルールを失念しているかのように直線的で、そして潔い。


 勿論向こうから来てくれるなら、と鬼は両手をややたわめて前に出し、膝を曲げて腰を落とした。

 その迎撃態勢が整うかの刹那――ちょうど鬼が膝を曲げ始めたところで茜は角度をつけて右前方に飛び込むように踏み出す。

 左足を前に出していた鬼はその急旋回に反応が遅れ、しかも半身の外側に敵が移ったことにより体勢を崩してしまう。


 安芸が狙ったのはよろけたその背中側からの右下段廻し蹴りローキックだ。蹴り込むことよりも蹴り払うことに主眼を置かれたその蹴りは掬うように鬼の左足をさらに前方へと放り、さらに茜は足先の引き込みと膝の回転で以てそのまま右の足刀蹴りを鬼の空いた左脇腹に差し込んだ。


「ぐぁあっ!」


 体勢を崩したことで腰が浮き、左足をさらに前方に開かされたことで重心がズレたところに真横から突き放すような蹴り――当然、鬼は飛ぶように地面に倒れ込む。


「――こんの野郎っ!」


 いきり立って両手を前に突き出して突進してくる鬼に、どこかつまらなさそうな表情を見せた茜は逆の構えレフティのまま、右足を軸とした鋭い前蹴りを放つ。

 ほぼ予備動作なしノーモーションで繰り出された左前蹴りはマスクに包まれた顎をかち上げ、しかし茜は追撃せずに素早く伸ばした左足を引き戻すと、軽快な足運びステップで鬼の右側に回り込む。


 一瞬刈り取られた意識を取り戻した鬼はその影を追って振り向き、左手に嵌めていた手袋グローブに意思を込め、掌部分に刻まれた幾何学模様に光を点す。


「“意志を刈る雷鳴ショックボルト”!」


 瞬間、左の掌から青白い雷撃の帯が迸り、その先端が鋭角に蛇行しながら一瞬の間に茜の鳩尾みぞおちに突き刺さり、電流がその全身を突き抜けた。


 【意志を刈る雷鳴ショックボルト】はダメージを負わせることよりも身体を麻痺させ意識を失わせるための光術であり、激しい衝撃を伴うものの火傷や後遺症が全く発生しないため、警察が犯人逮捕などに用いる魔術具の術式に採用されたりもしている。

 光の速度で飛来し、狙いも正確、対象を傷つけすぎず、対象以外を傷つけることも無いこの術は、その特性から多くの信頼を勝ち得ていた。

 鬼もまた例に漏れず、術に貫かれた茜を見て己の勝ちを確信していた。


「はは、やっと捕まえた……」


 言いながら両手を差し出し、茜の身体に触れようとした鬼は――直後、両の廻し受けで突き出した両手を外側に払われたかと思うと、中国武術の震脚を思わせる力強い踏み込みで放たれた諸手突きを両肩に受け、たたらを踏んで悶絶した。


「な、何でぇっ!?」


 残心しながらゆっくりと元の構えに戻った茜は、やはりつまらなさそうな顔で鬼に告げる。


「あんたさ、演技するの忘れてんよ」

「――っ!?」


 確かに青い雷条は茜の胸に突き刺さり、全身を駆け抜けてその自由を奪った筈だった。

 しかし実際には、何でもないような顔で茜は反撃に転じた。まるで、当たったが一切効かなかったかのように。


「ヨモのおっさんって方術士なんだろ?にしてはいきなり真下から地面ぶち破って現れるしさ、オレたちの姿が見えるのに転移魔術じゃなく走って追っかけてくるしさ、緊急回避しないしさ、――しないんじゃなくて、出来ないんだよな?」


 マスクに包まれ鬼の表情は茜には確認できない。しかし鬼――眞境名マキナ恒親ツネチカは、早くも自身の正体が露見したことに驚きを隠せなかった。

 対する茜は――実際には真下からの襲撃を受けた時点で、鬼に対する違和感を感じていた。それをより強く感じていた芽衣は走りながら茜にそれを告げ、今回の分断作戦を立てていたのであった。


「声は完璧にヨモのおっさんなんだよな。で、それって、そのマスクのせいだったりする?」


 そしてそれもまた事実。――クローマーク社製、丙種兵装“ウグイス”という、変声機能のついたマスクにより、恒親は航を演じていたのだ。


「ちっ――バレたもんはしょうがない。でも、僕が四方月さんじゃないってことは、イコール僕が鬼じゃない、ってことにはならないぞ!」

「ああ、鬼は一人、っては言ってなかったもんな。となると、ヨモのおっさんはもう森瀬んとこに向かっててもおかしくないよな」

「その通りだ。そして僕はここで君を、捕まえられはしなくても抑え続ける。仲間のところには意地でも行かさない――」

「いや、それ無理っすよ」


 立ちはだかる恒親を前に、嘲笑の笑みを浮かべた茜は言い放つ。


「“空の王アクロリクス”――“飛躍者ヴォールト”」


 そしてひとつ跳躍すると、


「ま、そーいうことだからさ。悪いね――抑えてんのはオレの方なんだわ」


 驚愕し動けないままでいる恒親余所よそに。

 茜はまるで地面を駆け抜けるように、空中を蹴って走り去ってしまったのだ。

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