Track.2-10「昨日ぶりですね」

 民間魔術企業、株式会社クローマークの本社は、フロアによって本社フロアと中央支部フロア、そして技術開発部フロアとに分けられている。

 六階建てのビルはその上の二階層――六階と五階とを執行役員や本社社員がいる本社フロアとしており、四階と三階を技術開発部フロア、二階と一階とを中央支部フロアとしている。


 森瀬芽衣、安芸茜、鹿取心の三人は、そのクローマーク本社ビルの四階層――技術開発部フロアへと案内されていた。


試験テストって何するんですか?」

「まぁ待てよ」


 エレベーターから出て先導する航が心の問いを一蹴し、金属製のドアの横に取り付けられたパネルに手を重ねた。すると電子音が鳴り響き、パネル上部のランプに青色が灯る。


「入りな」


 ドアノブを回して中へと入る航に続く三人は、部屋に入るや否やその風景に感嘆と驚愕とを表した。


 薄暗い部屋にいくつも灯る、乱雑に並んだ機材に灯る青白い光。

 地面には大小さまざまなケーブルが這い回り、最早埋め尽くす勢いだ。

 そしてそのケーブルたちは徒広だだっぴろい部屋の壁際に立ち並ぶ、三枚の金属板に繋がっている。

 幅1メートル、奥行10センチ、高さ3メートルほどの大きな金属板の表面には何らかの文字が規則正しく配列された幾何学模様と、“1”“2”“3”のナンバリングが刻まれており、“1”と“3”の金属板の紋様は薄く白い輝きを放っている。


「お疲れ様」


 その輝きを放っている金属板の足元で地べたに座り、ケーブルで金属板に接続したノートパソコンを叩いている男に、航は声をかける。男はよほど集中していたのか、声をかけられたことで航たちの存在に気付いたらしく、慌てて立ち上がっては航に向かって頭を下げた。


「ヨモさん、お疲れ様っす!」

「紹介する。技術開発部うちのエンジニアの、真境名マキナだ」


 清潔感のある短髪に度の強そうな眼鏡をかけた印象に残らなさそうな相貌の青年は、芽衣たち三人に再び頭を下げる。


「真境名恒親ツネチカです。――ヨモさん、こちらの方々は?」

「あ?言ったろ?これから採用試験だよ。三番ポートの準備出来てるか?」

「え、若くないですか?」

「ああ、16が一人と、17が二人だよ」


 恒親はその情報に目を丸くさせ、手に持ったままのノートパソコンを落としかけたが、危ういところで持ち直す。その恒親の態度を、航は訝しげに睨みつけ、三人もまた合点のいかない表情で眺めていた。


「ちょ、18歳未満じゃないですか!?」

「お前本部長からのメール読んでないのか?10月1日一昨日から法改正なっただろ」

「え、そうでしたっけ?」


 魔術士という職業の社会における認識とは、「責任感が必須であり、肉体と精神の両方を酷使する業種」とされている。これは日本に限らず、ほぼ全ての国家で同様の認識であり、それに対する異論は無い。

 そのため日本では18歳以上にならなければ魔術業に携われないという取り決めが魔術士法によってなされていたが、今年の8月に魔術士法の改正があり、年齢による条件は10月より緩和されることとなった。

 

 人間に備わる霊基配列はそれを使わぬまま長い年月を経ると固着してしまう。

 魔術士は自身の霊基配列を霊銀ミスリルに意思を通し共鳴させることで組み換え、それによって魔術を行使する。

 固着した霊基配列はそれ以上組み替えることが出来ないため、魔術の行使に支障を来すのだ。

 そのため、魔術の訓練は比較的若いうち――遅くとも、思春期には初めておかなければならない、というのが魔術学会スコラの見解であり、魔術が日常となる時代に向けて、学会スコラは各国に魔術の教育を推し進めるよう提言し続けている。


 日本においてもその提言に従い、段階的に魔術士を多く排出するための基盤を作り上げてきた。それは十年前の大学校における魔術学部の新設に始まり、七年前の高等教育における魔術教科の選択科目化、四年前の義務教育課程への魔術基礎教育の追加に続き、そして今年の魔術業における年齢制限の緩和に繋がっている。


 寧ろその法改正が無ければ、面接の予約を入れた時点で三人は断られている筈だった。


「すみません、ちょっと最近業務量多くて――メールチェックまともにしてませんでした」

「ああ、いい、いい。悪かったな、確かに多く仕事回しすぎてるかも知れんな」

「あ、いえ、――すみません。あ、でも、三番ポートの準備は出来てます」

「おう、さんきゅ」


 そして航は三人を振り返っては、並んだ三枚の左の金属板を指差した。


「これはうちの会社で開発した転移門ポータルだ。指定した座標に接続し、距離を無視して空間を繋げる魔術道具、って言って解るか?」


 心はしっかりと頷き、芽衣は小首を傾げ、そして茜は欠伸を噛み殺した。


「――まぁ、機械で擬似的に作った異界の門ゲートのようなもの、と思ってもらって構わない。実際、今からお前たちに行ってもらうのは俺たちの会社が所有している異界のひとつだ」


 異界を創造することは重罪だが、すでに存在する異界に接続し行き来することについては何ら問題の無い行為として扱われる。無論、主体的に異界入りするためには、まずその行き先である異界の所有権を有しているかその所有者に許可を貰う必要があり、そして所有者は異界入りする日時と人員の詳細についてをその都度学会スコラに報告し、許可をもらっておかなければならないという決まりはあるが。


「うちの会社は全部で三つの異界を所有してる。一つは機材持ち込んでメンテナンス部屋として使ってる。で、残りの二つが訓練用だ」


 今回の異界入りに際して、申請は受理されたが入界目的が採用試験ということもあり、学会スコラから監督員として魔術士が派遣される予定であった。

 その魔術士を待つ間、航は三人――芽衣は試験を受けなくてもいいが、本人の希望もあり受けることになった――に訓練着ジャージを渡し、更衣室に案内して着替えるよう指示した。


 三人の着替えを待つ間、恒親とポートの設定の最終チェックを行っていた航だったが、内線で来客の旨を聞き、部屋の外に出てエレベーターホールで待ち構える。


 ――チンッ。


「昨日ぶりですね」


 エレベーターのドアが開いて出てきたのは、昨日の飯田橋での異界事件で世話になった光術士、間瀬マセ奏汰カナタだった。

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