Track.2-9「あたしたちはここに、強くなりに来ました」
「どうぞ、お掛けください」
言われて、あたしたちは席に着く。石動さんと四方月さんの二人も、あたしたちが座り出すと席に腰を落ち着けた。
そして受付のお姉さんに渡しておいた三部の履歴書を机の上に、あたしたちの並びに合わせて並べると、石動さんはあたしたちを一人ずつ確認する。
「鹿取、心さん」
「はい。よろしくお願いいたします」
呼ばれ、深く頭を下げる心ちゃん。とても余所行きの顔をしている。
「安芸、茜さん」
「はいっ。よろしくお願いしますっ」
心ちゃんとは違う気色だけれど、安芸も丁寧に頭を深く下げる。軽く開いた両腿に軽く握ったそれぞれの拳を重ね背筋を伸ばす様は、大河ドラマで見た侍を思わせた。
「そして――森瀬、芽衣さん」
「は、はいっ。……よろしく、お願いします」
来ることはわかっていたはずなのに、緊張のせいで声が軽く上擦ってしまったあたしの頬と耳は、きっと赤くなってしまっているのだろう。それが鏡を見なくても分かるくらい、熱くて、心音が煩わしい。
「――昨日は、お疲れ様でした」
「え、あ、はい。こちらこそ、ありがとうございました」
頭を下げ、伏せた目でちらりと四方月さんを見る――四方月さんは何でも無いような顔で、安芸みたいに背筋を伸ばしながらあたしたちの履歴書に目を通している。
「森瀬さんがうちの会社に面接の予約を取り付けた、と聞いた時は
「あ、はい。無事でした」
音を立てないように安芸があたしの左腿を叩いた。たぶん、言葉遣いがよろしくなかったのだろう。
「これも何かの縁だと思いますからね、確りと、面接をさせていただきたいと思います。――それで、鹿取さんが、16歳で、森瀬さんと安芸さんは17歳。鹿取さんと森瀬さんは通っている高校が一緒で、安芸さんは、」
「はい。オレだけ別です。正直、勉強が出来ないので、二人が通うようなお嬢様学校には行けませんでした。だから私立の、頭良くない高校です」
安芸は物怖じせずにはきはきと喋り、石動さんはそれに笑顔で頷いて、再び質問を紡ぐ。
「三人は、どういう間柄なのかな?」
思わずあたしたちは顔を見合わせた。でもこういう時に決まって、――特に、安芸が――言う言葉がひとつだけある。
「戦友です。ともに、死線を潜り抜けました」
安芸が諭すように語ったその言葉を受けて、石動さんと四方月さんは顔を見合わせ頷いた。
この二人は、果たしてその言葉をどう受け止めたのだろうか――少なくとも、馬鹿にしているとか、子供の
「知っての通り、株式会社クローマークは魔術業者です。三人は、魔術業がどのような業種か、というのはご存知ですか?」
「はい。魔術を通じて暮らしを豊かにするという側面と、魔術によって
ここは心ちゃんが達者に返す。余所行きの言葉が多少気持ちわるいけれど、その答えは的を射ている、と思う。正直、あたしはよく解っていないけれど。
「では
「はい。魔術士では無い方でも容易に使える魔術道具の開発が主な業務であり、特に警備業者へ魔術道具を卸したり、一般市民用の防犯用魔術道具を販売したり、またそれらの使用方法・操作要領についてのレクチャーなどをしている、と伺っています」
「素晴らしいですね、我が社のことをよく勉強しているようだ」
こんなのはホームページ見れば大体載っている、というのは、あたしたちが履歴書を書いている間に勉強していた心ちゃんの弁だ。その口ぶりは、とても付け焼刃とは思えない凄みがある。
「それでは、そんな我が社に入社してあなた方が一体何をしてくれるのか、我が社で何をしたいのか、一人ずつ教えてくれますか?」
ごくり、と思わず喉を鳴らしてしまうが――予想の範疇だ。予想したのは心ちゃんだけれど。
そしてその予想した心ちゃんが、この質問に対してもいの一番に口を開いた。
「――私たちはそれぞれ、とても稀有な術を有しています」
心ちゃんの台詞に、四方月さんが履歴書に落としていた視線を持ち上げる。
「私は宝術士です。宝石を介さないといけない制約はありますが、炎術と氷術、その両方を併せた双術士として機能しますし、限定的にですが器術と斬術を会得しています。先輩は、」
「あ、はい。あたしは、――たぶん知っての通り、異術士です」
「……オレも異術士です」
「私たちは、尊敬する一人の魔術師から、クローマーク社の解析技術が凄いと聞いています。その技術で以て私たちが提供する術の仕組みを紐解き、それを使った新たな魔術道具を開発出来るのではと、私たちは私たちを雇う
「あー、ごめん、鹿取」
凄まじい余所行きの連撃を、さっきから何だか不機嫌というか腑に落ちない顔をしていた安芸が遮った。
心ちゃんは目を見開いて安芸を見つめたけれど、対する安芸は一度伏せた目で石動さんと四方月さんを交互に見比べる。
「やっぱ駄目だわ――それがオレたちのやりたいことかって言ったら、たぶん違うだろ?」
石動さんと四方月さんの二人を見つめたまま、安芸は顔を向けずあたしたちにそう言った。
「オレたちがやりたいことは、正直言って死線を潜ることです。魔術業者で異界調査をしない業者は少数派だと聞いています。昨日の話を聞く限り、クローマークさんも異界調査に手を出していると考えました。オレたちは、その調査員になって、死線を潜りたいんです。――森瀬も、そうだろ?」
台本から外れまくった挙句、急に話を振ってくる安芸。――でも、それは本心だ。
あたしは、あの魔女を××したい。そのためには強くならなければいけない。
昨日の異界入りで、嫌というほど自分の無力さを痛感した。あたしに足りないのは、覚悟とそして経験だと知った。
不足している、と感じているのはあたしだけじゃない。
あたしに強くなる目的があるように、安芸にも、心ちゃんにも、目的がある。
あたしと安芸は異術士として、心ちゃんは魔術士として強くなる目的だ。
だからあたしは、まるで脊髄反射のように安芸の言葉を肯定してしまった。
「――そうです。あたしたちはここに、強くなりに来ました」
これみよがしな盛大な溜息を吐いた心ちゃんは、少しだけ眉根を寄せて虚空を睨んだかと思うと、すぐに持ち直してあたしたちに続いた。
「だ、そうです。でもって私も安芸さんと、森瀬先輩の言葉には諸手振って大賛成です。――でも、私が話した
「いいよ」
そこまで静寂を口に咥えていた四方月さんが口を開いた。
「確かにうちは、異界調査に名乗りを上げてる。それでもって、近々新しくチームを増設しようって話もしてたくらいだ。だから、そういう風に俺たちを利用しようって
「四方月くん」
「支部長、先程も話しましたが、俺は元々森瀬に声をかけるつもりでいましたよ。それが向こうからやってきてくれたんです。縁、ってやつじゃないですか」
石動さんは四方月さんの言葉に項垂れ、静かになってしまう。
そんな石動さんを気にしない風に、四方月さんは再びあたしたちに向き直り、口を開いた。
「でもまぁ、俺が引き入れたかったのは森瀬ただ一人だ。お前らがどう自己紹介しようと、言葉だけじゃ話にならない――
そういう、まるで喧嘩を売るような煽り文句は本当にやめてほしい。
だって、あたしの両隣に座る二人は――安芸も、心ちゃんも、どっちもそういうの、すごく燃える
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