Track.1-23「あなた、成人してますよね?」

「お楽しみ中のところすみません」


 極めて冷淡な表情で、そいつは俺を見下ろしながらそう言った。

 俺は仰向けのまま、腕を組んだ背の低い魔術士を睨み上げる。


「お楽しみに見えるか?」

「完全に事後じゃないですか」


 言われて再度この状況を俯瞰する。

 森瀬は反り倒れた俺の上――胸の辺りに顔を埋めて一頻ひとしきり泣いた後でそのまま寝入った。

 着ている制服は、腹部が完全に露出している――当たり前だ、腹を貫かれ、あまつさえ貫いた槍が凶悪なドリル回転をしやがったんだ。上衣シャツはまだいい、胸が無事だからな。ただ、下衣スカートは腰を締め付ける部分が消し飛んだことで脱げ落ちたんだ。こいつ今、下着パンツ見えてる状態で俺の上に乗っかってやがるんだ。


 ああ、こりゃ完全に事後だわ。そらそうだ、そう見えるわ。


「この方、未成年ですよね?女子中学生ですか?あなた、成人してますよね?」


 まるで汚物を見る目で俺を睨み付ける魔術士を睨み返して、俺は「異世界で情事にふける趣味はぇよ」と切り返す。


「なるほど。では未成年に手を出す趣味がある、と」

ぇよ!」


 俺の怒号で目を覚ました森瀬は、ヘソ出し下着パンツ姿を気にしないといった表情で立ち上がる。

 間瀬と名乗った学会スコラの魔術士は応急処置――黒いワンピースの形状をした視覚情報を魔術で森瀬に投影して、あたかも黒いワンピースを着ているように見せる――を済ませると、瓦礫に溢れた、清廉な面影の無い壊れた大聖堂を見渡した。


「え、やだこれ趣味じゃない」

「施してもらってんだからそんなこと言うなよ我慢しろ」

うるさいですよ」


 黒いワンピース――応急処置なためデザインもへったくれもあったもんじゃない――に不満を言う森瀬を、間瀬は軽く苛っとした表情で睨むが、すぐに大聖堂の中心へと視線を戻した。


「……幻獣と交戦したんですか?」

「ああ。詳細は報告書でいいか?」

「そうですね――クローマークさんの報告書は、とても読み易く非常に整理されていると、私の上司も太鼓判を押しているくらいですから」

「あ、そうなの」


 持つべきものはナイスな同僚だな、と、俺は心の中で望七海に感謝した。


 ちなみにあの幻獣は、森瀬が泣き出した直後くらいにさらさらと霊銀ミスリルに分解されて消えてしまった。幻獣は異獣や異骸と違い純粋に霊銀ミスリルで構成されているため、その活動を停止してしまえば霊銀ミスリルに還ってしまう。


 だから、幻獣が還ってもその存在を保ったままのあの黒い槍こそが、この異世界のコアだと判る。

 間瀬が人が持つには大きすぎる槍に手を触れると、黒い槍はぎゅるんと空中に跳び上がり直径10センチメートルほどの球体へと形を変えて間瀬の手の上に落ちた。


コアも無事入手できましたし、どうします?我々と一緒に探索続けますか?」

「――いや、帰らせてもらう。こっちは後から出しゃばってきたお宅らと違って割りと満身創痍なんでね」

「そうですか。でもそうすると、この異界の調査権ならびに所有権は、我々に移ってしまいますけど?」

「お前分かってて言ってんだろ、このマセガキ」


 どこかお坊ちゃん感の滲み出る背の低い魔術士に悪態を吐くが、この程度は言われ慣れているとでも言いたげなしたり顔で間瀬は頷いた。


「ああ、そう言えば――ありがとうございます」

「何がだよ」


 呼び止めた間瀬に振り向くと、間瀬は深く下げていた頭を起こして、にこりと柔らかい微笑みを俺たちに向ける。


「あなた方があの機械を作動させていてくれたから、我々はこんなにも早く異界入りすることが出来ました」

「何か気持ち悪いな」

「正当な評価と感謝ですよ。正直に受け取っていてください」

「へぇへぇ。さんきゅさんきゅ」

「……では、また。御達者で」

「ああ、そっちこそな」


 そして俺たちは別れを告げて、調査団の一人が念のための護衛兼・案内役――正直、後者は必要ないんだが――として俺たちを先導する中、来た道を引き返していく。


 俺があのパイプオルガンを壊したことで、本来であればすぐにでもこの異界は破綻し、崩壊と消滅の道を辿るだろう。しかし今は俺たちの世界真界側から接続され、開いたゲートを固定するために霊銀ミスリルの供給を受けている。

 また、間瀬がコアの所有権を獲得したことで、この異界を保存することも出来るようになった。


 そういう風に学会スコラでは、所有者魔女のいなくなった異界を収集し、保管している。

 勿論異界の収集に手を出している民間魔術業者やソロの魔術士なんかもいる。

 魔女の理想の産物である異界には、常人では想像しえなかった技術テクノロジーや魔術理論が見つかることもある。

 言わば異界とは、ある種の宝庫なのだ。だからその分の危険リスクはあっても、学会スコラや魔術士は異界を探し、異界を巡る。


「ありがとうございます」


 ついて来てくれた調査員に、森瀬は丁寧に頭を下げた。

 お辞儀に対してお辞儀を返し、そそくさと早足で調査員は戻っていく。

 それを見届けて、俺たちは最下層である地下鉄の軌道上、俺が設置した最高傑作くんさいこうけっさくんが清廉な光を放つこの場所の壁に大きく開いた、直径3メートルほどのゲートに足を踏み入れた。

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