第一章 フルショット
真上から降り注ぐ光が、ミニのドレスを
数枚の
わずかに顔を上げ、シャワーを浴びるような姿でアンは立つ。だが、彼女が浴びているのは
祈るような眼が、光源に向けられている。
アンは、口を少し開けている。シャッターを切ったとき、アンは短く
半年前、リンは、アジアの
リンは上海からの国際電話で、取材の日時と場所を指示してきた。
「
「大丈夫、ワタリはつけてあるから」
ジャーナリズムの
「君が自分で取材しなくていいのか?」
「経費の無駄よ。手配師がね、その質問はいいがこれは遠慮してくれ、これは撮影してもいいがそれは困る、といった具合に、どこかの国のお役人みたいなことを言うのよ。当たり
狭い通りの端に在る広さ八坪ばかりのスナックで、手配師は待っていた。
「なんだ、あんた日本人じゃないか」
リンが手配師とよぶ
「カメラは
写真は既に用意してあるからと、手配師はカメラをシートの反対側に置いた。
「あの
女たちが店に来るまでの間、手配師は
「あの娘たちはそれほど純情じゃないぜ。ワルだとは言わねえが、かなり
欲望を増殖することによってしか維持できない社会の価値観を、
「まあ、俺なんかが偉そうに言うこっちゃないがね」
約束の時刻
鞄の中を探るふりをして、ボイスレコーダーの録音ボタンを押す。
女たちはアルコール類を注文しない。
「みんなミセイネンだから。わたしもそう」
その二十五、六才の女が言うと、
「そうそう、ミセイネン、ミセイネン」
皆、大きく笑った。
米国の通信社の取材に英語で応じようとしていたらしい。女たちは、事前に用意してあったであろう答えを日本語に訳しながら、
家が貧しい。ちゃんとした仕事をしたいが、働き口が無い。だから日本に
五人が五人、同様な物語をした。
最年長の女は、名をマリといった。「マリー」と復唱すると「マリーじゃなくてマリよ」と言って、テーブルの上に指で「まり」と
女たちは、何か話す度、マリに
マリの雰囲気は、他の女たちと少し違っていた。若い
女たちの当たり
店の入り口付近で、電話が鳴った。
「マリ、カワグチのおとうさんから」
店の女主人が、カウンターの内側からマリを呼んだ。
マリはこの店の
取材は三時間ほどで終わった。今晩ホステスの仕事は休みだからこのまま店に残る。そう言って、女たちは席を立とうとしない。
「ホステスのシゴトじゃなくてゲイノウのシゴトでしょ」
マリが言うと、
「そう、わたしたちゲイノウジン」
皆、再た大声で笑った。
全員分の
店のドアを開けたとき、店内へ流れ込む冷気に混じって歌声が聴こえた。
女ひとりの
「中国語ですね」
「そう、一応北京語だが、あれはマレーあたりの華僑の言葉だな」
音が街の各所へ均等に伝わるのか、それとも歌う者が近くを歩いているのか、僕等が移動しているにもかかわらず、その音量は曲が終わるまで変わることがなかった。
「ボイスレコーダーのスイッチを切り忘れてるぜ」
駅前まで来ると、手配師は簡単に別れの挨拶をし、
駅の玄関は南北に走る線路の下にあり、東西二つの出入り口をもっている。
改札口の向かい側に
駅の構造物によって
街灯の
水銀灯の光は、冬の色をほとんど反射させない。建物は色を失い、
「世界中、どの街を歩いても迷うことはないわ。どんな街も似たような
リンの言葉を憶い出した。
整い過ぎた無彩の街並みは、放浪者のような通行人から方向感覚を奪った。リンと違って、角をひとつ曲がるなり
僕は短く笑った。
僕は三脚をバッグから出し、歩道に立てた。
街は穏やかだった。その落着きは、
広角レンズをつけたニコンを三脚の
「
構図を決め、シャッターをリリースするとき、写真家はそう
レリーズを押そうとした瞬間だった。ファインダの左端で、
影は
急いでレンズを
街灯の光で
シャッター音が、低温で
「アンは『ママ』と
僕がそう言うと、
「ママ?」
窓硝子の向こうで、二人の視線が触れ合った。
「ママ……じゃないと思うわ」
窓硝子に映るリンの瞳は、再び闇の中を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます