第29話

 耳の穴から取り出されたのは、桜子のチップ。

その体は操縦者を失い、崩れ落ちた。

 

「桜子!」


 崩れる体を抱きとめるティファールに、サニーが言った。


「その体は桜子の本体じゃねぇ。 そこに捨てておけ」


「でも……」


「それより重要なのは、手に握られてるチップだろうが。 犬っころ、おめぇの望みのクラウディの匂いのついたアイテムだ」


 さーてぃーんは恐る恐る手のひらに近づき、匂いを嗅ぐ。


「……す、スン、スン、スンスン。 大丈夫だ、臭くはない」


「やめてよ、さーちゃん。 女の子はみんなラベンダーの香りなんですから」


 腰に手を当て、説教するティファール。

サニーが、耳くそに匂いなんてねぇだろ、と呆れる。


「で、どうだ、分かったか?」


「ああ、こっちだ」


 さーてぃーんが前を歩き、サニー、ティファールが後へと続いた。









 やって来たのは、地下にある機械室。

そこには巨大なボイラーがあり、この船の動力源となっている。

ボイラーは水を沸かし、その蒸気を利用して船を動かすタービンを回すが故、扱うのには資格を有した作業員が必要となるが、それと思しき者が数名、地面に伏している。

その現状を見て、サニーは嫌な予感がした。


「クラウディのやつ、まさか……」


「そのまさか、のようだ」


 目線の先に、巨大な煙突。

そこにかけられているタラップ(梯子)を誰かが上っている。

段ボールの剣を背負ったクラウディだ。

クラウディはタラップを上ると、中間辺りにある格子状の鉄の足場に降り立ち、煙突についているバルブを閉め始めた。


「マズいぞ。 あれは蒸気を送るバルブだろう」


 さーてぃーんが呟く。

ボイラーを沸かし始める際に閉め、蒸気が出来た際に開けるバルブ。

もし、蒸気を送っている最中に閉めれば、タンク内の圧力がどんどん高まり、いつか爆発するだろう。

サニーは、上っていたら間に合わないと、馬鹿でかい声で十数メートル先のクラウディに向かって叫んだ。


「おい、クラウディ! やめろっ」


 クラウディはその声に気付いたが、振り向きもせず、バルブを閉め続ける。

サニーは諦めずに声を張った。


「お前、自分のことを黒歴史だって馬鹿にされたのかよ! ったくよ、気にしてんじゃねぇって!」


「……」


「おめぇがそれをやりゃあ、1000万はパーなんだぜ? それどころか、取り返しのつかねーことになんだ。 いい加減、キレて不貞腐れんの、やめねぇか? 損するのはお前とオレだろうが」


 ティファールも一緒に声を張る。


「クラウディ、聞こえる? あなたたちがやってること、試験の答案を手に入るのって、誰かの助けになることでしょ? 大事なのは、格好いいとか、そういうとこじゃないよ。 助けるって行為自体、それで救われる人、沢山いるんだよ。 その人にとって、その出来事は白歴史、胸に刻まれるの。 桜子だって、そう言ってたんだから」


 クラウディはずっと背を向けていた。

いつの間にか、バルブを閉める手は止まっている。

一体、何を考えているのか。

その様子を、2人はしばらく見守っていた。 

 


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