6.1 私&かえで:お仕事は?奴隷館の主人です
私、元は小料理屋の主人をしておりましたが、その後「奴隷館」の主としての仕事につきます。
ただ、ここしばらくは勇者様もいらっしゃらず、暇を持て余す日々が続いています。
そして今は女子高生の部屋にいます。
……ですから女子高生の部屋です。勇者様の世界の。
魔物に侵されて久しい私の国では、国民がすがる最後の砦として異世界の「勇者」を召喚していました。そんな勇者様のひとり、かえでさんの部屋です。
……誰か助けて。
いえ、ほんとに違うのです。決してやましいことなどありません。
朝起きたらなんだか見たことのない場所でして。慌てて飛び起きて周りをみて愕然とします。今度は私のほうが檻に入れられそうです。この世界のお上が用意しているであろう、なかなか出られないやつです。
ふがーふがー、と音がする先にはかえでさんがいるのです。
……いびきでかっ!
でもこれ本人も知らないはずなので黙っておきましょう。
唐突にそのいびきが止まります。
かえでさんが起き上がってこちらを見ます。
「あー、おじさん。おはよう」
「……おはようございます」
寝ぼけているのでしょうか。
「驚かないんですか? きゃー、とか叫んでみたり」
「まあ知ってる人だし、ってことで」
「すみません、朝起きたらなんかここに居たみたいで私もさっぱり」
「まあそんなもんでしょう。おじさん、ちょっとベッド入って」
「!」
「ふふ、違う違う」
「?」
「着替えるからさ。しばらく見ないでね、って意味」
「はい……」
若干からかわれている気もしますが、どうも九死に一生を得たような気がします。いえ、全くやましいことはしていないんですけどね。
これが桃さんの部屋だったら問答無用で刺されていたことでしょう。お上の用意する檻に閉じ込められるどころか、たどり着く前に事切れること請け合いです。
ああ。おふとん柔らかくていい匂いがします。決してかえでさんが寝ていたことについて言っているのではありません。
ぎっしりと綿が入ったいい寝具ですね、って意味です。……いや、ほんとですよ。……だってしょうがないでしょ。こんなの少しぐらい嗅いでしまいますよ、普通。
「終わったよー」
かえでさんが掛け布団を剥がしてくれます。さすがにずっとかぶっていると暑い。まあもう少し時間がかかってもよかったんですが。
「んじゃ下いこっか」
「ご家族は?」
「いるよ?」
「え。私のこと知っているんですか」
「知ってたらびっくりだよ」
「……」
「まあ不安なのは分かるんだけどね。こういう時は変に隠さない方がいいんだよー」
「肝座ってますねぇ」
「ふふ。だからおじさんもなにか聞かれたら正直に答えるようにしてね?」
「はぁ……」
気楽なかえでさんと一緒に階段を降りると、ご両親と思われる方々がいらっしゃいます。
「……誰?」
この世界の朝の挨拶……ではないですね。顔で分かります。
「知り合いのおじさん。ちょっと困ってて。おかーさん、朝ご飯一人分増やせる?」
「大丈夫よ。座って下さいな」
え。これだけ?
「お風呂沸かしますね。食べたらお湯使って下さいな」
お母様が優しく声をかけてくれます。
お父様も挨拶したあと無言ですが別に怒っているわけではなさそうです。
「まあ掛けて下さい」
そのお父様に再度促され、椅子にかけます。
「いただきます」
ごはん、おみそしる、あじの開き、おつけもの。
文字情報としては知っていても初めて食べるものです。ジャンにも食べさせたい。
「えーと、まずお名前は?」
は。私としたことがつい食べるのに夢中になって礼を失しました。
「失礼しました。私はタベルテ・イマ・マッツティーヨと申します」
「長い。おじさん、でいいよ」
かえでさんひどい。ようやく名前出せたのに。
「服はあとで洗濯しておきますね。かわりは用意します」
お母様お優しい。
「こちらにいる間はここにいて結構です」
お父様まで優しい。
かえでさんの言葉が思い起こされます。変に隠さないほうがいい、と。その通りなのかもしれません。ご両親のお心遣いが身に浸みます。
「ところで、お仕事はなにをされているんですか」
「奴隷館の主人です」
朝の和やかな食事が凍り付きます。
あれ?
「どれいかん?」
「ええ。人を仕入れて、高値で売ります」
正直に説明したつもりだったのですが、かえでさんが横で困った顔をしていました。
「さすがにそこは濁さないと……」
3杯目のおかわりを一旦拒否された後、かえでさんがご両親に事情を話してくれました。
……勇者様の中に「にーと」という方が結構いらっしゃいまして。仕事の話をされるのが本当に辛い、とおっしゃっていました。まさにこういう状況のことを言うのでしょう。
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