2.2 ゆう&桃:奴隷の証
「お願い!」
桃さんを見つめる勇者様の目が真剣です。冗談で言っているわけではなさそうです。
「どうしても駄目っていうなら・・」
ちらっとわたしの方を見てきます。え、なんでしょう。
「ご主人に言って奴隷紋を施してもらう」
「どらえ○ん?」
「どれいもん!」
奴隷紋! ・・なにそれ。首輪なら一応おもちゃのやつがありますけど・・。ていうか今までそんなもの要求してきたろくでもない勇者さんとかいないんですけど・・。
入れ墨みたいなイメージでしょうか。それっぽいシールぐらいならあったはずなのであとで差し上げましょう。腕とかにこう、ぴたっとはりつけてこすりつけると転写できます。
「え、なにそれ」
「桃ちゃんが僕の奴隷であることを証明する黒い紋章を刻むんだよ。」
黒ですか。ピンクしかないです。ラメが入ったファンシーなやつなんですけど、これじゃ駄目ですかね。
「ええ・・。お風呂でちゃんと取れる?」
「取れない」
取れますよもちろん。石けんで十分です。
「僕の命令に背くと、こう全身の力が抜けて動けない、みたいなかんじで抵抗できなくなるよ。ですよね?」
なにそれ怖い。
「効果についてはなんとも申し上げられません」
中身のない返答でごまかします。
「ね? 簡単には説明できないほど強力なんだ」
「・・で、言うこときかないとおしおきされちゃうんだ」
「ああ。仕方がないんだ」
「私なんにもわるくないのになー」
「まあそうなんだけどね」
「ゆうくんってそういうことするんだー」
「この場合はしょうがないっていうか」
「うーん・・」
これ以上好感度が下がりようのない状態で勇者様がさらにしょうもない質問を始めます。
「えとさ。この際、折角だから客観的な評価とか聞いておきたいんだけど。僕って順位とか偏差値でいうとどれぐらい?」
「なにが?」
「女の子の人気」
「え。もちろん最下位だよ。それと偏差値は0。あれ、偏差値ってゼロってあるんだっけ」
「それは今の桃ちゃんの評価でしょ」
「もちろん」
「普段の学校の僕、なかんじで」
「この世界にくる前ってこと?」
「そそ」
「えー。よくわかんないよぅ。ゆうくんはかえでちゃんの彼氏、ってだけだし。それ以上の興味とかみじんこほどもないし」
「うーん。じゃあクラスで何番目とか」
「上から16番目?」
「うちのクラス、男子15人だよ・・」
「そうだった、女の子入れなきゃ。上から31番目だねー」
「うちのクラス、男女合わせて30人だよ・・」
「担任の先生忘れてるよ」
「ええ・・そのさらに下なの、僕」
「かえでちゃんの趣味がおかしいだけだからね? たで食う虫も好き好き、のたでなんだよ。ゆうくんは」
また勇者様がこちらをちらっと見ます。
「・・やっぱり奴隷紋しかないね」
「や、それは困るっていうか! そう、ゆうくんかっこいい! 偏差値ひゃくまんだよ! だからそんなの使わなくても、もてもてっていうか!」
「だいじょうぶ。奴隷紋を施されると、僕のことが好きでたまらなくなるんだ」
「やめて! そんなの絶対いや!」
ふう、と息をついて勇者様がうつむきます。
「それじゃこうしよう」
「やめてくれるの?」
「うん」
「ほんとに!」
「そのかわりと言ってはなんだけど」
「うん?」
「・・このあとちょこっとえっちなことしてもいい?」
勇者様、話がループしてますよ。
ループついでにもう一度言わせて下さい。勇者様サイテー。
「なんでもー、ゆうくんはそーなのっ!」
「ちょっと! ちょっとだから! 彼女になってくれなくていいからっ」
「かえでちゃんに言っちゃうから!」
「え、でもほらどうせもう元の世界に戻れないんだし」
「さいてー! さいてー!」
「・・・」
勇者様がぐっと目をつむってうろうろと歩き始めました。さすがに少し反省したのでしょうか。
「あーそーですよっ! 最低上等だよ! こーでもしなきゃもう女の子と接する機会なんてないんだよっ!」
足を止めて高らかに宣言します。
開き直りやがりました。
「え? ゆうくん?」
「いまさらどう思われたっていい。 とにかくお願い!」
「えええ・・」
しまった、という顔を桃さんがしています。かえでさんと違って勇者様を手玉にとって事を運べるタイプではないのでしょう。
「・・なにすればいいの?」
「え・・そんなのは自分で考えて下さい」
まさかのタイミングで勇者様がへたれます。こいつはほんとに・・。下さい、ってなんだ。
「ぱんつ見せろとか?」
「それもいいね」
「ちょっと違う? じゃあブラ見たいの?」
「惜しい!」
惜しい、じゃねーよ。
ここで勇者様がまた私のほうを見ます。お役目なので我慢していますがもうさっさとお開きにしたい。
なんか勇者様が手を動かしてジェスチャーしてきます。なんでしょう? しきりに桃さんの値段が書いてある黒板を指さしています。
・・まさか前回のように何言えばいいか指示しろというのでしょうか。
かえでさんの時は「俺のたくましい如意棒を君の蜜壺に入れたい」でした。いや、あのときは私も勢いでつい指示してしまった、ってだけで。しかも勇者様がへたれたのでかえでさんに笑われて終わってしまいました。
渋々チョークを手にとって黒板をつんつんすると、勇者様がこくこくと首を縦に振ります。
まあ勇者様がなにをしたいのかは分からなくもないです。かえでさんにはない立派なおむねに興味津々なのでしょう。気持ちは分かります。うちの女房もできればあともう少し、あ、いえ、なんでもないです。
しばし考えて、文言を書きます。
『おっぱいもませて』
えっちしたい、みたいに直接的なのはどうも勇者様にはハードルが高いらしいのでこのあたりが妥当なところでしょう。
あと前回勇者様に表現が古くさいと言われたのがショックだったので、今回はもうちょっとキュートなかんじにしました。
私の書いた黒板の文字を見て、勇者様がきょどりながらまたうろうろします。親指と人差し指の間に少し隙間を作ってアピールしてきます。あれ、ちょっと違いましたか。この辺がご希望だと思ったのですが。
一方桃さんは黒板の文字を読み、蔑んだ目で私を見ます。いえ、これはあくまで勇者様の希望です、私ではなくて。こんなのと一緒にしないで下さい、お願いします。
勇者様がなんかまたジェスチャーを始めます。・・ほんとこいつめんどくさい。なんか希望があるなら自分で直接言えばいいじゃないですか。
なになに?
両手を正面に出してわきわきと動かしたあと、大きくばってんを作ります。
えーと、揉むんじゃない、ってことですかね。
次に両手を自分の脇の前あたりにあてて、ぎゅうぎゅう中に押し込む動きをします。
あー・・。挟んで欲しいってことですね。うわぁ・・引くわ・・。
また一生懸命黒板を指さします。こんなの書くの? やだなぁ・・。でもまあ勇者様のご命令ですからね・・。
『おっぱいではさんで』
黒板の文字を書き直して勇者様に見せます。
勇者様がめっちゃいい顔で親指立ててきます。そして桃さんにあれ読んで!、ってかんじで黒板を指さします。なりふり構わないにもほどがあります。
ところが桃さんはきょとんとしています。あれ、もしかして意味通じてない?
「・・なにを?」
可愛く小首を傾げて桃さんが勇者様に聞きます。
親指を立てたまま勇者様が固まり、目が泳ぎ始めます。
「ちん・・」
「ちん?」
「じゃなくてにょ、にょい・・」
「にょい?」
これはもう勇者様いっぱいいっぱいですね。
「・・うん。やっぱりこういうのよくないよね」
ヤッパリ。
「桃ちゃん、今まで言ったことは忘れて」
「・・彼女になれとか、えっちなことしろとか、なしにしてくれるの?」
「もちろんだよ」
「ほんとに! やったー!」
またへたれましたね、勇者様。でも今回はこれでよかったと思いますよ。控えめに言って今回の勇者様は生ゴミでしたし。
「よかった! もう死んでもやだったんだ。やーもー、ゆうくんほんと気持ち悪いからさー、こまっちゃった!」
勇者様の気が変わらないうちに。というか、勇者様のメンタルがゼロになる前にあわてて桃さんの檻を開けます。あとはもう勇者様のほうでなんとかして下さい。
・・これ間違ってまた元の世界に戻ったりしたら勇者様どうなっちゃうんででしょう。まあそう何度も同じ事はないと思いますけどね。
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