第6話 川岸の市場
丘を下り終わって、平坦になった通りをそのまままっすぐ進むと、しばらくして人々の声が響く賑やかな場所につく。川岸の市場だ。以前は丘からかなり遠くにあった河川も運河の開発によりアッパー外の街中に張り巡らされるようになっている。ここは、いくつかの河岸にある市場の中でも最も盛況な市場で、外国から来た多種多様な品々が店先にならんでいる。合図をおくり、料金を渡して降りる。この市場とアッパーを行き来するルートは、いくつかある中で最も頻繁に使われており便数も多く便利だ。乗合馬車から降りると、色々なものがまじった複雑なにおいに襲われる。魚の生臭ささや、肉の焼けた香ばしさ、どこかで焚かれた香やカビた紙のにおいなど市場に集まった人とその文化を混ぜこぜにしたようなそんなにおいが市場全体を覆っている。城周りの大通りも賑やかなのだが、どちらかといえば秩序や静謐といった言葉が似合う。川岸の市場はそれとは真逆だ。混沌と喧騒が全てを支配している。この街に新たなものが持ち込まれ、そしてこの街にあったものがどこかへと運ばれていく。私は城のテリトリーから抜け出した時は用がなくても、自然とこの市場に足が向いてしまう。ここは決して心地の良い場所でもない、むしろ来るたびにゾッとするような悪寒を覚えるこのにもかかわらずだ。わたしは目の前にある市場を眺めて、立ち眩みのようなものを感じながら、吸い込まれるように奥へ奥へと歩いて行った。
なじみの書店の前で立ち止まり、新しい本は来ていないかじっと眺めていく。大通り沿いにも書店はあるが、品揃えはいまいちであるうえに店主の趣味が私とは合わない。ここは雑多に色々な本がおいてあり、店主はろくに目利きもせずに適当に仕入れているのだが、その中に光る一品があったりする。右の棚から左の棚へとなめるように眺めていく。本を引き出して中身をいたずらに見ると、店主にとがめられるのでそこは必死だ。いくつか、気になったものを店主に言って中身を見せてもらう。今日の収穫はいまいちのようだ。店主に会釈して、軒先を離れる。次は面白そうな手芸品でも見てみることにしよう。
私が、川岸の市場を好むのは幼いころの生活環境によるところが大きいのかもしれない。私の父は旅の商人、私が赤子の頃に母を亡くしたためにずっと私を連れて各地を旅していたらしい。各地で開かれる市場でのやり取りを父の背中で見聞きしていた私はついついこういった場所に惹かれてしまうのかもしれない。
昼食をとるのも忘れて数時間の間、市場の中を歩きとおした。戦利品は今一つだが今日のところはこれまでにしようと、市場の外に向かう。先ほど、入った書店の方をちらと眺めるとなにやら奇妙なものが目に入った。普段ここにおいてある書物とはちがい、芯に1枚の長い紙が巻き付けられた形で置かれている。店主に尋ねると、ちょうど先ほど入手したものらしい。いわゆる巻子本の類らしく古い書籍ではこの形式のものが多い。だが、装丁の仕方や見た目が私のよく知っているものとは大きく異なる。入っている模様は西方の国の服にみられるものに似ているので西方のものかも知れない。こうした掘り出し物があるからやめられない。私は高揚感を覚えながら、しかし顔は平静をよそおったまま店主にいくらか聞く。店主も仕入れたばかりで値を決めかねているらしい。私は、帰りの乗合馬車の運賃だけ差し引いて有り金全部を店主に押し付けて
「これで頼みます。」
と一言いって半ば無理やりにこの巻子本を手に入れることに成功した。
星守の城 @wiww
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