第5話 共謀

朝日で目覚めると、矢部はもう身支度済みで、その隣には島田がいた。

「先生。おはようございます。昨夜はよく眠れましたか。」

いつものセリフである。

「ああ。おはよう。島田君も。」

「おはようございます。先生。今日はお願いします。」

「先生。今日の食事は準備しておいたので後で食べてください。私は、これにて。明日の朝また来ますので。島田、申し訳ないが頼む。」

そう言い残して、矢部は城内にある学校の寮へと戻っていった。まだ少し幼さも残る年齢で、今日あたりは友達と楽しく遊ぶのだろう。

「先生の今日のご予定は。」

島田がぶっきらぼうな口調で聞いてくる。

。今日は、書斎でずっと作業ですよ。君も楽にしていてください。」

そう答えて、矢部が用意してくれた朝食を二人で食べる。

「やっぱり、矢部が作る料理はうまいな。今度教えてもらおう。」

「矢部君は直観派だから参考になりませんよ。体系立てて料理をしたのを見たことがない。」

そういったあたりさわりのない話をしながら手早く朝食を終えて、準備にとりかかる。準備といっても私は大したことはしないのだが。島田が準備を終えるのを待って、二人で目配せをして家を出る。


私と島田は共犯者である。城外での教団関係者の活動は著しく制限されており、街に両親をもつ学生もー年に一日しか実家に帰るのを許されていない。卒業後にに行くとさらに厳しくなり城壁から離れての活動は禁止である。実際、私が生活しているのも城壁からすぐの大通りの裏手の家で、屋外での活動は登下校と生活品を大通りで購入する以外は認められていない。矢部が住み込みで私の家にいるのは、第一には私の生活の補助だが、第二にはが私の活動を監視するためだ。たいてい、教団の関係者は矢部のように城内を好むのでこのような制限を気にすることはない。その中で珍しい学生が島田である。品行方正な学生がほとんどの学校において、島田は問題児として教授陣の間では知られている。授業での居眠りは当たり前で、座学の単位はぼろぼろと落とし進級が危ぶまれるなど、よくぞ選抜に受かったなという話をよく聞く。私の授業でも、ほとんど話を聞いていないのは明白な答案を試験でよくよこす。そういった性格のためなのかわからないが、島田は自由と城外を好む。私と共謀する前から城外への脱出を頻繁に試みていたらしい。2年前に矢部の友達として紹介されて以来、互いの行動を関知しないしないという約束でこうして城の領域から抜け出している。

二人とも顔を覆った状態で下へとつながる階段を下りていく、ぎゅうぎゅうに建てられた家の隙間を縫うように階段が走っている。赤い布切れがいつも軒先にかかった家を通り過ぎたところで、二人してふっと息をはく。

「何度やっても慣れませんね。先生。」

「大丈夫のはずとは分かっているのですが。島田君、くれぐれもトラブルに気をつけて。夕日が落ちる前には家に帰ってきましょう。」

「分かりましたよ、先生。そちらこそ気をつけて。それじゃ私は向こうに行くので。」

島田は、北の方へとふっと走り出していった。私は、そこからさらに下ると少し広い通りに出た。この街の構造はこの繰り返しだ。街が城を中心として発達したため、丘のふもとまで同心円状に広い通りが走り、通りを隔てて住人の階層が異なる。同心円状の通りの内部とその住人はアッパーと呼ばれている。アッパー達の多くは、約200年前の築城時に城との通商を求めた商人達や城を信仰する信徒の子孫だ。都市の拡大につれてアッパー達の生活を支える職人や商人など直接城との交易をもたない住人が増えていき、彼らやその子孫は基本的には同心円状の外に住んでいる。もちろん夜道を歩くのは危ないものの、アッパー層内部の治安は城の威光のおかげかそれほど悪くない。一方、アッパー層の外は基本無法地帯で出歩くときには注意が必要だ。アッパー達で、徒歩で移動する人間はほとんどいない。そういうわけで、しばらく歩いて何層か下り傾斜が緩くなったところでちょうど走っていた乗り合い馬車に乗る。

傾斜のゆるやかになったこのあたりでは、アッパーの中でも最も裕福な者たちが住む。もともとは、最上層がもっとも裕福であったが都市の発達にともなって下働きの人間が通いやすく、比較的大きな邸宅を立てられるこのあたりが現在では都市国家で最も裕福な場所の一つだ。馬車で下へと向かえる大きな道は南に集中しているのでこのまま道沿いに馬車は走っていく。このあたりを走る乗り合い馬車や辻馬車はより上層に住む住民にとっては不可欠な交通手段だ。上層は、家が密集しており馬を飼うスペースも馬で通れる道も少ないので住人のほとんどは、徒歩でこの辺りまで下りてきて乗合馬車か辻馬車を利用している。馬車は城門からまっすぐと下へと降りる大通りまでたどり着くと、右に曲がって降りだす。その角にはひときわ大きく華美な邸宅が立っている。現在この街で第一の実力者である、南大路家の邸宅だ。城が全体的に簡素で白を基調としている一方、青と緑のタイルで構成された曲線的な形をもつこの邸宅は、城と並ぶ街のランドマークの一つとなっている。南大路家は、もともと南方出身の商人でこの邸宅には故地の住宅様式が色濃く出ているのだろう。南大路家を始めとした七つの家が、200年前に城との通商を開始した商人の中で現在でも街に強い影響力をもつ。財力を背景としてアッパー内の治安や各種の事業は七つの家が担っており、事実上のアッパーの支配者となっている。城近くの上層部が城の影響を受けた簡素なつくりのものが多い一方で、このあたりでは各家の由来を反映した建築様式がモザイク状に見られていて面白い。城内の繰り返しの生活では見られない多様性を楽しめるのも私が頻繁に抜け出す理由なのだろう。


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