第3話 最初の授業

導師が金砂を手から生み出したという伝説はおそらく嘘であろう。というのが私の見解である。第一に同時代に著された城内にある資料には、手から金を生み出せるという話は一切出てこない。無から有を生み出す力は、導師を神格化する上で格好の材料であるにもかかわらず、である。第二に、現在のこの都市国家で導師の後継者にあたる者たちは(私の知る限りにおいて)金を生み出す力をもたない。無論、導師とその周囲が純粋な信心者で金に無頓着であり、そのような文言を資料に残さず、その能力も後継者に伝えず、あるいは導師だけが使える能力であったと意見するものもいるかもしれない。

しかし、事実は違う。確かに導師達は城からほとんど出ることはなく、城外に基本的に無関心で税の取り立ても行わなかった。だが、商館がすぐに城の周囲に建てられた通り、商いを行っていたし今もそれは継続している。導師達は故地の工芸である金属細工を作って、それを金と交換していたのである。つまり導師達は金を生み出すのではなく、むしろ集めていたのだ。恐らく、金を手から生み出したという伝説は、交易によって莫大な金を持っていた導師達が領主を買収するために献上した金と、その後の攻城戦で見せたな力があいまってつくられたものであろう。―

私の、新入生への歴史の授業はこうして始まる。実際にはもう少し導師への敬意を含ませた形になるが、黄金の街という響きに引き寄せられてきた親をもつ子どもたちは、当然この話にショックを受ける。「教育というのは、素朴な固定観念を事実によって剥ぎ取る行為である。」というのは父親からの受け売りであるが、その通りであると私は思っている。したがってショック療法としては最適なこの話を授業の最初に持ってくるわけだが、幾人かの同僚やにはすごぶる評判が悪い。もともと無い評価なので気にする必要もないのだろうが。


授業を終えて、学校にある私の居室に戻るとすでに矢部ともう一人の従者である亀田が在室していた。

「2人とも、授業はもう終わったんですか?」

「ええ。今日は2人とも午前で終わりです。先生のお手伝いができると思いますが、何かあるでしょうか?」

「ありがとう。それでは資料の整理を手伝ってもらいましょうかね。」

矢部と亀田はこの学校の生徒であり、からの命で私の従者として働いている。学生は在学中に修業の一環として教授に従って、身の回りの手伝いや研究の一部を行うことになっている。私に就いてから亀田は5年、矢部は2年で、現在亀田はもっぱら研究の手伝いを、矢部は身の回りの手伝いをしてくれている。

私は学校では歴史の授業を担当としているが、専門は導師のの解釈である。

「矢部君。ここにある書物を写して年代順にならべてもらってよいですか。亀田君はここにある書物をの図書館に戻してきてほしいのですが。あ、あとここに書き留めてある書物をついでに取ってきて下さい。」

色々と不自由な私にとって、2人の存在は研究・生活の両面で不可欠である。特に私はに行くことは至難の業であるから亀田の存在は重要である。亀田は、この春でこの学校を卒業する予定で矢部には次の試験でなんとしても合格してもらわなくては、と思いながら書物を手に取るのだった。「矢部君。写しにあるこのフレーズにすべて線を引いて下さい。」

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